<春の夜の 夢ばかりなる 手枕に
かひなく立たむ 名こそ惜しけれ>
(春のみじか夜の
夢のような はかないおたわむれ
あなたの手枕を借りたりしたら
つまんない浮名が
ぱっと立ってしまいますわ
冗談じゃないわ
いやぁねぇ)
・『千載集』巻十六・雑にあり、
詞書がついている。
「二月(陰暦では春である)の月の明るい夜、
関白教通(のりみち)の邸で、
女房達が集まって一夜中語り明かしていたとき、
周防内侍(すおうのないし)がふと横になろうとして、
<枕が欲しいわね>とつぶやいたところ、
それを聞いた大納言忠家が、
<どうぞ、これを枕に>
と御簾の下から自分の腕を差し入れた。
そこで周防内侍は、
<あら、いやだわ>という感じで、
この歌をよんで返した」
この歌は「かひな」に二つの意味がかかっていて、
<甲斐な>く、という言葉に、
腕のかいなを透かせている。
しらべが流麗で、言葉が美しく、
しかも男をへこませて喜んでいるという、
いかつい感じではなく<フフフ・・・>
という含み笑い、
男の大胆な挑発や、ぎりぎりの冗談を、
弾んだ気持ちで受け止め、
楽しみつつ拒む、
そんな女の花やぎが出ていていい。
王朝の女であればこそ、
こういう風に、艶に、品よく、
たのしい大人の語らいになる。
こういう反応が即座にかえってきたら、
王朝の男も楽しかったことだろうと思われる。
で、大納言忠家はどう答えたかというと、
<契りありて 春の夜ふかき 手枕を
いかがかひなき 夢になすべき>
(春の夜ふかく、
あなたにいとしく差し出す手枕を、
なんではかない夢に終わらせましょうか、
一夜の浮かれごころとお思いなさるな、
真剣ですよ、真剣、私は)
忠家も巧みにかえしているが、
返歌のほうは分が悪いようである。
周防内侍は生没年不詳、
十一世紀末~十二世紀初めごろの人。
周防守・平棟仲(むねなか)のむすめという。
後冷泉・白河・堀河天皇に仕えた。
王朝末期のの才媛であるが、
このやりとりには、
かなり文化爛熟したころの頽廃の色が濃い。
周防内侍も、
御簾の下からにゅっと出てきた男の手を見て、
どう思ったか分からない。
それが日頃、好意をいだく男性であればいいが、
きらいな奴だったら・・・
かねがね、忠家がきらいではなかったのね。
だから、きれいに詠んで受け流したのですね。
男の方も下地がなければ、
そう無遠慮なこともできなかったはず。
二人は常々、仲よしだったのかもしれない。
(次回へ)