・黄葉に彩られた山が、
ある所からズボッとえぐられ、
土をむき出しにし、
それはでこぼこの原野となり、
うず高い丘になって、
あたり一面何もなかった。
道は大きく迂回してまた村に入る。
とそこからまた、何ごともなく、
村の家と農協、青い山々が続く。
つまり村の中央部、
目抜きの部分が六百メートルにわたって、
こんもりした砂漠になっているのだ。
ぺしゃんこの塀の一部、
車の尻などが、ちょっと見えたりしている。
秋月さんたちは、
「何ごともない」村の端のほう、
田んぼの一部にプレハブを何十軒と建ててある、
そのうちにいる。
板を渡して田んぼの中を歩くようになっている。
電話をしておいたので、
秋月さんと奥さん、
それに中学生のさつきちゃんが道までやってきて、
私たちが車のトランクから取り出した荷物を運んだ。
夫は「友人はベタベタするもんやない」というが、
「この荷物もそうかいな。
これもか。また沢山やなあ」
といいながら運ぶ秋月さんたちを見ていると、
ほんとうに親戚の見舞いにきた気になる。
プレハブは中へ入ると小さいが、
ガラス戸越しに秋の日がいっぱいあたって明るく、
難民テントという感じはない。
電気ごたつがまん中にあり、
タンスも水屋も仏壇も、
小型ながらちゃんと備わっていた。
局長もやって来た。
みんないい血色をしていて、
以前に見たのと同じように元気だった。
お見舞いを出すと、
男たちは実弾を押し頂き、
うしろの引き出しへしまい、
奥さんは、セーターや洋服の山が嬉しそうだった。
そのうち、センセもやって来た。
「よくまあ、みんな一人残らず、
逃げ切って、さすが、はしっこい秋月さんの指揮や、
思うたわ」
「あれで、声が嗄れてしもうた。
まるで鶏や牛を追うように、追い立てたんや。
みな、山を見とらへんから、
まさかここまで崩れるとは思わんからなあ」
秋月さんは、生き埋めの現場の救助に行っていた。
子供二人はすでに助けられ、
あとは足を建物に挟まれた主婦を救おうとしていた。
その間も、土がパラパラ落ちてくる。
現場の話はなまなましいわけである。
第一回の山崩れで家が埋まったあとも、
ひっきりなしに、小さい崩れがあって、
救助している消防団はその度に肝を冷やし、
「ワッ!」と逃げ散っている。
主婦は血に染まって呻いているのに、
なかなか救出できない。
「ワシ、見てて歯がゆうてなあ。
手が使えんさかい」
と秋月さんはいう。
去年の冬に拇指を落としたばかりである。
「いや、小指も突き指したばかりで」
「何で突き指した」
「バレーボールやって」
「そんなもん、することあらへんがな」
「いや、とにかく、右手が全然使えんのやが、
腹立っての。弟のトクゾー使うて、
その奥さん掘りだしにかかっとったんや」
とうとう秋月さん兄弟だけになってしまった。
消防団はドサドサと土が落ちる度に逃げてしまう。
秋月さんは奥さんの耳に口を寄せ、
「最後になったらの、
わるいけど足ちぎってでも助けてあげるでの。
ちょっと間辛抱しときなよ」
と力づけ、トクゾーさんを叱咤激励した。
トクゾーさんは山崩れも怖いし、
奥さんも気の毒なし、
もう無我夢中で掘りだし、
やっとのことで兄弟で奥さんを車の所へ、
連れ出すことが出来た。
秋月さんがふと山を見上げると、
緑の山頂に、ツツーと赤い線が走り、
それは土のむきだしの線で、
見る間に太くなっていったそうである。
「山が抜けるぞ~~っ!」
秋月さんは咽喉いっぱいに裂けそうな大声を出した。
区長の山本さんもその時、一緒に叫んだ。
「逃げろ~っ!すぐ逃げろ~っ!」
むき出しの土の線は、やがて太くなり、
大木がかしぎはじめた。
秋月さんが血相変えて村へ走ったとき、
村の人々は何も知らず、のんびりしていた。
家々の屋根や看板に遮られ、
あるいは部屋の中にいて、
異変を知らない人が多かった。
秋月さんのスタンドでは、
女の子が客の車に給油していた。
「バカッ!やめろ、逃げろ!」
秋月さんは叫んだ。
消防団が西深橋を渡って対岸に逃げる。
ゴ~ッという山鳴りが聞こえるのに、
農協では若い職員が頬杖ついて往来を眺めている。
村の有線の緊急放送が叫んだ。
「緊急避難、緊急避難、山が抜けるぞっ!」
郵便局では、
現金書留を持ってきた人があり、
局長の奥さんは応対していた。
「逃げなっ!おくさん」
「でも、郵便局、どうしましょ、閉めましょか」
「そんなどころやない、はよ逃げなよ!
山が抜けようぞ!」
とわめく声に、
女たちはいそいで家へとってかえし、
子供たちを連れ出した。
「橋を渡れ!」
区長が叫んでいる。
秋月さんは北へ誘導した。
三方へ逃げたから、
二百人が助かったのだ。
婆さんは耳を引っ立てられて逃げていく。
子供は脇に抱えられ、
となりの爺さんであろうが赤ん坊であろうが、
みな手に手をとって逃げた。
「貴重品が」という女たちに、秋月さんは、
「取りに行く間なんかあるか」と叱りつけ、
ランドセルという子供に、
「早う早う、逃げんか!」と追い立てた。
住民が逃げて三分後、
ゴ~ッと唸りをあげて山がすべり出し、
あちこちに赤い破れ目を見せながら、
家を吞みはじめた。
濛々とあがる土けむり、
傾いた家に、バリンバリンとガラスが割れる音がする。
小学校の校舎に土が「ドシ~ン」という感じで、
当ったそうである。
校舎はしばらく持ちこたえていたが、
やがて次々押し寄せる土砂に、
たまりかねて、ゆっくり傾ぎ、
ぐにゃりと曲がりはじめた。
べつのところで家が吞まれ、
メキメキと悲鳴を立てて消えてゆく。
「そらあ、早かった」
と局長がいった。
プレハブの仮設住宅の窓ガラスから入る日ざしは、
ポカポカとじつに暖かい。
私は、
みんながいったん辛いところをくぐり抜けて、
また、もち前の明るい気分を取り戻してるのにホッとして、
はしゃいだ気分になった。
業腹であるが、
夫のいうように、しばらく時をおいて見舞いした方が、
やはりよかったのかもしれない。
(次回へ)