ラジオでニュージーランドの特集をしていたとき島に伝わる伝説の紹介がありました。向こう岸に住む恋人に会うために湖を泳いで渡る娘のお話です。
それを聞いていて焼津にも似た伝説があったことを思い出しました。焼津ではなかったかもしれませんが、小泉八雲が焼津に住んでいたとき下宿先の主人、乙吉から聞いた話だったと思います。
ニュージーランドのお話は艱難辛苦の末のハッピーエンドのようですが、焼津の(伊豆だったような気もしてきました)伝説は悲惨です。
やはり、恋しい男性の元に毎夜、泳いで渡るのですが、こちらは片思い。娘は山の上の灯明を頼りに泳いでくるのですが、男は「これから百日毎晩通ってきたら結婚してやる」というようなことを言います。
娘は雨の日も風の日も嵐の日も通い続けます。百日目の夜、男は娘が岸に泳ぎ着かないよう山の灯明を消してしまいます。
確かこんなお話だったと思います。どちらも女性が恋しい男性の元に泳いでいくというのも面白いですね。それにしても焼津の伝説は酷いですよね。
ニュージーランドのお話はロトレア湖に伝わる「ヒネモアとツタネカイ」。
小泉八雲の方はやはり焼津ではなく、伊豆の初島に伝わるお話のようです。百日目ではなく、九十九日目のことで「お初と右近」だそうです。山の灯明ではなく、男が目印に付けていた明かりということですが、私が覚えているのは「山の上の灯明」なんだけどなあ・・・。
それを聞いていて焼津にも似た伝説があったことを思い出しました。焼津ではなかったかもしれませんが、小泉八雲が焼津に住んでいたとき下宿先の主人、乙吉から聞いた話だったと思います。
ニュージーランドのお話は艱難辛苦の末のハッピーエンドのようですが、焼津の(伊豆だったような気もしてきました)伝説は悲惨です。
やはり、恋しい男性の元に毎夜、泳いで渡るのですが、こちらは片思い。娘は山の上の灯明を頼りに泳いでくるのですが、男は「これから百日毎晩通ってきたら結婚してやる」というようなことを言います。
娘は雨の日も風の日も嵐の日も通い続けます。百日目の夜、男は娘が岸に泳ぎ着かないよう山の灯明を消してしまいます。
確かこんなお話だったと思います。どちらも女性が恋しい男性の元に泳いでいくというのも面白いですね。それにしても焼津の伝説は酷いですよね。
ニュージーランドのお話はロトレア湖に伝わる「ヒネモアとツタネカイ」。
小泉八雲の方はやはり焼津ではなく、伊豆の初島に伝わるお話のようです。百日目ではなく、九十九日目のことで「お初と右近」だそうです。山の灯明ではなく、男が目印に付けていた明かりということですが、私が覚えているのは「山の上の灯明」なんだけどなあ・・・。
ニュージーランドのお話のようにハッピーエンドだったら良いのに。
でもそこまで苦難を与えると言うことはよっぽど嫌われていたのかな~。
女の人も途中でやめて他にいい人探せばよかったのに・・・・。
あまりにも悲しすぎますねーー!!
本当に許せない!! 私がお初だったら呪ってやるのに。
だいたい、始めのその言葉からして気にイラン!!
・・・私ってかわいげのない女なのかしら(爆)・・・
どうしてなのか、日本の伝説は大多数が悲劇ですね。
かぐや姫にしてもあまりにもかわいそうすぎるし、稲葉の白ウサギにしても・・。
浦島太郎でもそうですよね。
特に海や大河付近の地には女性が死ぬ物語が多いのですが、一般に台風が来たとき、若い汚れのない女性を殺して神に人身御供として捧げたり、橋を造る際、土台に若い女性を人柱として埋めたりした事から来ているのかもなんて思ったりもするのですが・・・。
最もイソップ物語にしても、実際は子供用に改ざんして訳されていて、実際は相当激しい物と聞いていますので、何処の国の物語でも原作は過酷な物語だったのかもしれませんが、なんでこんなになるんでしょうね不思議です。
内田康夫さんのミステリーの中でも、伝説の多くは、みなん悲劇で過酷な物と書いていますが、何時も不思議に思います。
関係ないかもしれませんが、明治の子供達向けの歌で、「歌を忘れたカナリアの歌詞で御背戸の山に捨てましょうか」とか、「照る照る坊主の歌詞で、晴れない時には、お前の首をちょん切るぞ」なんて・・・。何となく、昔の人たちの考えに関係有るのかななんて思えてなりません。
色々、地域にまつわるお話は多いですよね。
今、私が、そんなことを言っても、
おお怒りして、あしらわれる女の人は
多くても、泳いでくれる女性は一人としていません。
うちの妻でも無理です。
だって、かなずちですから、、、。
というより、男性が優柔不断なんじゃないかと思います。はっきり断れよ!!って思います。
もっとも女性も気づけよ!!でしょうかね?
いずれにしてもなんだか割り切れない物語です。
絶対呪っちゃいますよね。こんな男!!
もっとも私はそこまで一途になれないけど…。
どうしてなんでしょう?
「幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」のお話でも途中ではかなり残酷なことをやってますよね。
人間の本質をえぐっているのかしら?
世界中に似たようなお話があるということはそういうことかしら?
でも、たしかヒネモアはいかだを作ったんだったかな?
恋しい人のためなら女はどんなことでもやり遂げるものです。
きっと奥様も手作りいかだで渡っていきますよ。
佐渡島でも同じような話を聞きました。
方々の場所で同じ話が語られているのですね。
ニュージーランドのロトルア湖は傍に温泉が有って素敵な所でした。
佐渡にもあるんですね。佐渡のお話はハッピーエンドかしら?
日本のお話にはなかなかハッピーエンドはありませんね。
ロトレア湖に行ってらしたんですね。ラジオでお話を聞いていただけですが、なんだかとってもロマンチックな印象でした。素敵でしょうね。