はぎやまのりへいの日常

読書、映画、美術展、そしてキャリア教育。
好奇心と愛で書き綴ります。

Vol.114 岡本かの子 「老妓抄」

2011-03-31 16:52:35 | 文学


岡本かの子。
岡本太郎の母親で作家である。

今年、岡本太郎生誕100年を記念しての展覧会が開かれ、またNHKで「TAROの塔」というドラマが放映されている。
僕は「TAROの塔」を見て太郎の母が作家であることを知り、興味を持って、作品を探した。
もしかしたら一生出会わない作品であったかも知れない。

それでも、実際にはこうして読んでいるのだから、仮に生誕100年でなくても、「TAROの塔」を例え見ることがなかったとしても、いずれきっとたどり着いたのではないかとも思う。

題材の選び方、言葉の選び方、突然終わる物語に美学を感じる。
上品といって良いのか、粋と言う言葉が良いのか、あるいは作家の教養の豊かさなのか、
僕の言葉では表現し尽くせない味がある。

今年、岡本太郎とともにブレイクしそうな予感。


Vol.104 妖怪アパートの幽雅な日常

2011-01-28 16:42:11 | 文学
最近は、お化け、妖怪ブームにあやかっての低レベルな作品も少なくない気がするので、タイトルに「妖怪」とついているからと言って、そうそう何でも読むわけではないけれど、それでも「妖怪」とあると気になるので、やっぱり読んでみた。

水木しげるの漫画に登場するようなみんなが知ってる妖怪のキャラクターを借りてのストーリーじゃないので好感が持てる。読み終わると、「ああこれはキャリア教育、人間教育の本だ」と思った。愛があるし道徳がある。そしてお化けたたちは熱いハートを持っている。登場人物のキャラクターも活き活きとしていて素晴らしい。やばい、僕の好きなタイプの小説だ。たぶん、続編も読むね、僕は。

Vol.84 西巷説百物語

2010-11-04 06:06:33 | 文学
京極夏彦の巷説百物語シリーズ。シリーズの中では比較的に薄い方であるが、それでも持ち歩くにはかなり困難なので暇を見つけて家で読み切った。

今回も面白い。さすがだなあと思う。
最近は京極と伊坂幸太郎くらいしか小説は読んでいないのであるが、両作家共通して言えるのはキャラクターがよく描かれていること。主役が魅力的なので感情移入してしまう。
桂男、遺言幽霊、鍛冶が嬶、夜の楽屋、溝出、豆狸、野狐と、事件を桃山人夜話に描かれた妖怪になぞらえた話が7話。家族大好きの僕は「豆狸」の話では思わず涙してしまった。
パターンが同じだなあという印象は多少あるけれど、さすが京極夏彦、楽しませてもらいました。
決め台詞もいいしね。

Vol.69 東京タワー

2010-09-01 04:51:59 | 文学
 今さらではあるが「東京タワー」を読んだ。

 この「東京タワー」や「おでんくん」が大当たりする前からリリーフランキーには注目していて、家の本棚には4冊の文庫版のエッセイがある。
 「東京タワー」はリリーフランキーが家族のエピソードを中心に自分の半生を小説にしたもので、エッセイで既に書かれている話が多いので僕は内容をほとんどあらかじめわかっていた。
 キャストがリリーフランキー本人とギャップがあり過ぎるし、美化された過度な脚本なんじゃないかと思って、映画やドラマは興味が持てずに結局は見ていない。
 そんなわけで、何で今さら「東京タワー」なのかと云うことなのだけど、理由は簡単で最近ようやく小説が文庫化されたのである。

 小説の後半でリリーさんの最愛のオカンが病気で亡くなってしまう。僕はやはり父が亡くなった時のことを思い出す。
 
 僕が実家に帰るのを待って、いよいよと云う感じで病院に父を連れて行くとそのまま入院となった。弟も来ていて個室の病室に家族、親戚皆揃った。
 「個室になったらもういかんぜよ」とリリーさんのオトンは言った。その通りだと思った。
 母親は看病で疲れきっていたし、僕は二度と良くならないのが分かっていながら苦痛を必死にこらえる父親の姿を見ているのがつらかった。
 父親がこの世を去るその日、近くの百貨店で新しいパジャマを2着買ってきた。弟は一旦自分の家に帰った。
 僕の長男はまだ幼稚園にも行っていなくて、母親は疲れていたので僕らもその日は家に帰ることにした。明日はタッパーと何とかを持ってこなくちゃね、と母親は明日持ってくるべきものをメモに書き出していた。
 僕はなんとなく今日が最後になるんじゃないかなと薄々思っていた。母親と長男と妻を家に送っていったら、病院に戻って父親の側にいてやれば良かったとずっと後悔している。
 その夜はいつ呼び出されても大丈夫な様にお酒は飲まずにいた。
 夜中を過ぎて僕の思った通り、病院から電話がかかってきた。母親と僕とで病院に駆けつけると、既に父親はこときれていた。苦痛とまでは行かないけれど、少し苦しそうな表情をしていて、おそらく亡くなる寸前には必死で「お母さん」と母親のことを必死で呼んだんだろうなと想像できる。うちの父親は仕事から帰ってきて母親の姿が見えないと、ただいまを言うより先に「お母さんは?」と言った。亡くなる間際は自分の身体が思う様にならなくて相当母親にわがままも言ったようだけれど、とにかく何をするにも一番は「お母さん」で生きがいは家族だった。でも、そんな父親を一人で逝かせてしまった。本当に申し訳なく思う。
 
 伊坂幸太郎のデビュー小説に死んでいく人の手を握る役割の女性と云うのが登場する。
 「東京タワー」では、オトンも見守る中、息子に手を握られてオカンは旅立つ。
 僕が亡くなる時は妻に手を握っていてもらいたいと思う。
 親父にそうしてあげられなかったことが悔やまれる。親父ごめん。

 人は満月の時に生まれて、三日月に死ぬ とリリーさんのオトンが言っていた。
 そういえば、うちの長男が生まれた日は満月だったし、下の子の時ははっきりは覚えていないけれど満月かそれに近い月だったはずだ。
 親父が死んだ日はどんな月だったんだろう。もうすぐ春がくる、風が強い日だった。
 
 
 

Vol.63 砂漠

2010-08-09 17:26:25 | 文学
最近はビジネス書を読むことが多く、小説を読む機会が少ない。
でも、まあ、伊坂幸太郎くらいは読もうかなと思っている。
お金がないので文庫化されないと買えないのだけど。まあ図書館という手はあるが。
それで、ついこの頃「砂漠」という小説を読んだ。
実は最近、自分でも特殊な小説を書いていて、「もしドラ」でさえ100万部を超える発行部数なので、自分だってもしかすれば、案外良い線行ってるんじゃないかななんて内心思っているのだけれど、考えてみれば、「もしドラ」は小説としては稚拙でも、秋元康氏はかんでいるし、戦略がきっと一流なんだろう。だいたい伊坂幸太郎あたりの筆力と比べると、自分の文章なんて、まるで子供の作文レベルだなとがっかりする。

登場人物のキャラクターの作り方、ストーリーへの伏線のはり方、言葉の言い回し、クライマックスの盛り上げ方、いつもいつもさすがだと思う。
何しろ、面白い。
あんな風に書けたらと思う。もっともっと勉強しなくちゃ。