摩珂十五夜 山口黒露 正当八月十五夜(三)
見し影の恋しおしまのいその月 黒 露
秋霜の香秋草の花
からり/\何むく鳥のむく起て
とうからし昧噌摺て置はや
小頭の小とり通しな小足軽
うきて菖の節供居風呂
芸者なら奈良は降ほと有る所
わしや洗濯屋御まへ寺子屋
隠元はやくはんにうき名立にけり
きんたん円とは手て匂ハセ
下馬札の気はつまれとも花の道
いさはや椿いさと誘はれ
浄瑠璃の元祖のつらて傀儡師
をらか女房ハ蕎麦もうち候
袖の香もりんと名護屋の古手店
傘に百番と見しらせ
待てしはしならにたち待居待とて
早稲かり初る言も来初る
柳ちる片岡寺の風の音
四十七騎の塚の夕くれ
とどろかすとはしほらしき牛車
雪はけろりと朝日てりつく
小間物屋比世て掛はとらぬ顔
這入れは右へはいる江戸町
かきつはた佐野にも橋の次郎左衛門
水のむ音の若いては有る
何くれと煮て上ウにもつい豆鮭
馬ふん淋しき柴垣の外
染紙と忌む野の宮のもみち迄
きよし/\とさかつぎのかけ
秋もはやみよしはつして屋形舟
大根を洗ふ岸のしら浪
払ひ状もつや羽織もこもち筋
鐘楼の障子明ケて掃出ス
したれてはよれては花の老さくら
苔の谷中の春のあけほの
大根を洗ふの句は、隠士のセられし也、今は昔、宝永年間の比、
鈴木三左衛門と云し大夫、浅草にて、勧進帳興行セしを、
翁(素堂)の供して小舟して行く、竹町の渡わたりて、往来の舟とすり合せける、
長月の末世しが、発句云とも不覚つぶやきしを、聞付給ひて岸のしら浪と、
付んやとて、笑ひ給ひし俤の、五十有秋をふれとも、忘れやらぬを、
かの手向のはしくれにもやと、ここに出す
素翁は倭漢才に富て、風月の風流人の知る所也、あるは俳諧に遊て、能狂句をなす、
其比の友とち桃青(芭蕉)句を語て慰す、桃青はこれを力として行脚して名を広し、
素隠は句を成して独狂する而巳、深詠人不知、明月来相照、生涯を閑室にすまして、
五十年の昔、良夜の清光を詠て、月の宮古人と成給へり、
比道に志あらむ人は、先哲と指折る姶に置へき翁也けり、
ことし其の回忌に当て、我師露叟(黒露)の吊ひ給へるに、鄙章をとなへて百拝す
目に曇る月のかつらを手向草 白米
十五夜を五十によむや恩かえし 聞牛
明月を先ぬかつくや薄の手 山町
蝶々の花野も夢か五十年 泉布
月に翁かけほし拝むこよひかな 魚道
はいかいの壜も五重や軒の月 魚髪
名月や似た人もなきかけほうし 渡久
手向草三十三周の古に随て供す
なけけとてことに比秋五十雀 久住
五十橋いさ打わたせ月の宮 菊町
也
後ろ手に引つる杖や花のやま 闇如
てる月や碑もあさやかに五わかし 糖丸
三日月のひづミ危し岩のうへ 渭関
紅葉より花には寂し鹿のつら 瓢女
ふるとしの後ろ姿そけふの月 麦秀
月はれて露の罔両見付たり 馬式
ぬれて啼蓑むしの句や月のかさ 夏軸
塩竈へ汲残しけり磯の月 百也
月満て空も海なり海も空 江助
かつしかと啼名もあかし月の秋 菊年
死ならは秋も桂の花の下 龍吉
名月や雷に唐絵の竹の絵 甲斐韮崎 宇石
かんたんの郷の夢もことふりにたれど
女郎花さく間も泰子五十年 甲斐上石田 芹戸
雁かねの羽築もよしけふの月 唐柏 盛来
ほとゝきす富士は裾野もよい高さ 五橋
名月やほたるてよめぬところ迄 千極
浄き石や月に残して五十秋 甲斐上石田 守芳
手向けとも
果のあるとは思ハれすこなの山 甲斐東小原 石牙
砧打夜てなうてよしほとゝきす
陽炎の底は明るし花の山 甲斐石森 百兎
名月や翌へ出て行人の声
咲花に解やこゝろの笠の紐 甲斐下曽根 釈雲里
来る人を帯にむすふや花の山 甲斐宮原 雨月
明月や頭らを低て磯の松 甲斐高室 二橋
甘露ともしら露しろしけふの月 甲斐貢川 来々
たゝむ時折るゝ音あり傘の雪 甲斐乙黒 雨朝
時高節のまくらはまたくさし 薮田村 莪月
見かへれは山崎しや山ほとゝきす 李蝯
郭公ふり向く方も初音松 沙明
卯の花の砂糖かけたか子規 箱原 竹先
名月や波の音より松の音 田謝
けさの雪啼は鴉と成にけり 蛙谷
あら行の天意の上や郭公 ぬか丸
舟やろう梅花へきけ時鳥 字石
ほとゝきす仰けは高し杉の上 山町
水車米つくとしらてほとゝきす 黒露
下腹を杉にすらすな子規 柯雲
藤の花夏へかけるか不如帰去 盛木
聞たこの嘘も鳥の名時鳥 筠戸
ほとゝきす今咲虹の橋の上 渡久
郭公跡は寂しき星月夜 魚道
七月雨の闇の礫(つぶて)やほとゝきす 雨朝
梅の後やみに聞香に時鳥 自来
明る空へ染こむ月や杜宇 久住
鷭のあとたゝいて居はる水鶏哉 聞斗
ほとゝぎす下にも鳴や鸚鵡石
月
薪積ておしや桜船の片目見 糠丸
名月やこゝを合点の梧柳 久住
名月や瀬多の夕日も行なから 魚髪
名月や墨よりくろき不自(富士)の山 黒露
めい月や探れハ勢田の海老尾 筠戸
明月や品川に雲砕くなり 黒露
一ひらも散るとは見えし月の花 々
明月やてもよき程の波の音 柯雲
雪
雪降りや町へ千鳥のまきれもの 聞牛
一合の酒価も寒し夜の雪 久住
初雪や並むた嶽もみな白根 泉布
ひとり行又二人りゆぎ雪の道 守芳
卯の花も月も及はしゆき女 黒露
鳥付るほとには折し木々の雪 ぬか丸
はつ雪や名月に見た庭の隅 自来
時雨より初の宇重しけふの雪 魚髪
華を谷中にて
さくら咲日も團子売て真也 坊芹坊
古城や夕日を花のうしろ楯 泉布
花さかり鳥にも逢ぬ山路哉 網戸
米積り花の御寺の台所 久住
茶の中へちつては寒き桜哉 黒露
隆はなを仏のとけし糸さくら 糠丸
雉子なくや花にミとれる後より 聞牛
馬せめる小姓に桜ちりにけり 菊町
康頼入道の詠には引たかへて、おもひし程の板間より、
蓑むしの音もしたはしかるへき草庵の、
昔々の翁達の交りをなつかしみ、懐み率りて、再ひここに
蓑むしや思ひし程の板間より 素堂
ちり/\草の低き秋風 闘牛
露しくれなから長柄をまはらせて 久住
すむもにこるも儘の世の中 糠丸
五六万鰯かとれて月夜よし 菊町
しら鷺の松しら鷺の森 黒露
すゝき乱るゝなみた一もと 黒露
椅待に鹿も狸も打むれて 魚道
其三
素堂忌や祠堂に影をうけて萩 魚道
はせを必隣有けり 聞牛
早船に雁もほういと声上て 黒露
素玄翁ハ往昔家富、壮ナリシ時ヨリ好レ学、従二春斎先生一、
人見竹洞叟を学友とし、和歌ハ清水谷家及書ハ持明院家の門葉たり、
聯歌俳諧ハ、寄二宗因並ニ信徳一、生得牡丹の富貴を不レ好、
遠ク塵烟を出、蓮の君子なるを愛して、東叡山下ニ住、人称二蓮池ノ翁一ト
其の聞を畏れ、葛飾郡阿武に結レ廬、芭蕉翁モ隣並面、
玄墻の交り深川の深く、阿武の飽ク事なかりき、
素ハ禅庭ノ柏、蕉ハ法界ノ蕉、誠両叟近世風流の骨髄、
共に路傍の土となるといへと、其名不レ朽二千敬一、
素翁既二今泉酉八月十五日、正当五十回也、
黒露老人、頻リニ応二ジテ追福之句ヲ求一メル、
少(イササカ)著二意趣一述二半卑懐一耳
是やこの藁屋の阿武秋の月 百庵
十五夜の月やはものを五十年 おなじく
この翁は吾祖吾父兄のよしはむ緑を思て
名月や猶光ります素堂堂 因斎
良夜
幽斎は伽羅さし炷てけふの月 松庸
名月や大間の花の咲りけも 神魚
挨拶に昼は曇るかけふの月 夏若
十六夜や少小倉の山?りき 泉川
更行や名月しミす海の面 窓雪
二千里の外
月今宵他阿上人はいつくにそ 買明
名月やきのふは秋の月なるを 文尺
当テの有る物の当なき月見哉 六窓
明月や恋情の口をまもるのみ 菊陽
閑 坐
紹息もたはむやけふの月の雪 桜川
名月や浦の笘屋も昼てゐる 駿河 鐘山
雪折をけふの涙や松の月 相州 尾跡
鎮守へと切火ちよつきり小豆飯 筠
髷をいらうて見る四十過 住
恋もなく財布へ文をさらひ込 町
たい所までの無?宰相 丸
鳥籠に音呼あふむさみたれて 牛
風追つはらふ陳皮甘草 町
江戸に江戸難波に難波橋柱 住
薩摩の喧嘩鞘師見てゐる 牛
師走とて昼さえ月のすさましき 露
まはり炭して又廻り花 町
さはされは恵方にあたる大徳寺 丸
あるき日和の蝶のひらつき 住
酸の物はこんな所がいのち也 町
すゞみ台から遠い連ひき 牛
恋の山秀は恋のふもとにて 露
今度の羽織ちら見ても唐 丸
杉の木にいつの縄やら引かゝり 住
穴か明てもまだ関の門 戸
桃灯て来る掛乞の紋尽し 牛
翌の仏はよい男也 露
剃刀の先は乃々字に研て置 丸
そこらは聞いてもの言傳 町
蕎麦に月信濃の姨(おば)も捨られす 住
一歩の銭の霞と消つつ 牛
ちよろ/\とかゝるタ部の火焼鳥 露
山姥に成さうな古桶 町
長持に隙てゐる手をかりたり 牛
膝もならへて畏りけり 住
石ふみの花も匂ふて五十周 丸
かの風流の松の春風 戸
今月今日比夕 露
素堂忌や我のみ知りて過る秋
しら露なから野ら花野の菓子 魚道
紅葉々のにた山駕にかつかれて 聞牛
其二
素堂忌やおもひ儲し月の秋 聞牛
すゝき乱るゝなみた一もと 黒露
椅待に鹿も狸も打むれて 魚道
其三
素堂忌や祠堂に影をうけて萩 魚道
はせを必隣有けり 聞牛
早船に雁もほういと声上て 黒露
素堂翁ハ往昔家富、壮ナリジ時ヨリ好レ学、従二春斎先生一、
人見竹洞叟を学友とし、和歌ハ清水谷家及書ハ持明院家の門葉たり、
聯歌俳諧ハ、寄二宗因並信徳一、生得牡丹の富貴を不レ好、
遠ク塵烟を出、蓮の君子なるを愛して、東叡山下ニ住、
人称二蓮池ノ翁一、共闘を畏れ、葛飾郡阿武に結レ言、
芭蕉翁モ併並而、友牆の交り深川の深く、阿武の飽ク事なかりき、
素堂ハ禅庭ノ拍、芭蕉法界ノ蕉、誠両説近世風流の骨髄、
共に路傍の上となるといへと、其の名不レ朽二千戴一、
素堂翁既ニ今歳酉八月十五日、正当五十回也、
黒露老人、頻リニ応二ジテ追福之句ヲ求一ルニ、
少(いささか)著二意趣一連述二卑懐一ヲ耳
百庵
是やこの藁屋の阿武秋の月
十五夜の月やはものを五十年 百庵
この翁は吾祖吾父兄のよしはむ緑を思て
名月や猶光ります素堂堂 因斎
良夜
幽斎は伽羅さし炷カてけふの月 松庸
名月や大詰の花の咲りけも 神魚
挨拶に昼は曇るかけふの月 夏若
十六夜や少小倉の山?りき 泉川
更行や名月しミす海の面 窓雪
二千里の外
月今宵他阿上人はいつくにそ 買明
名月やきのふは秋の月なるを 文尺
当テの有る物の当なき月見哉 六窓
明月や恋情の口をまもるのみ 菊陽
閑坐
紹息もたはむやけふの月の雪 桜川
名月や浦の苫屋も昼てゐる 駿河 鐘山
雪折をけふの涙や松の月 相州 尾跡
明月や其の葉に遊ふ松の露 相州 麦由
名月や扇をかさす昼の癖 豆州 里杏
もの干て無は夜る也今日の月 同 年雪
名月や茶さし銭葉の遣ひ時 駿河 三遅
明月や花盤に遊ぶ根の風 相良 徳魚
杜賜
相坂やこ羽すり違ふほとゝぎす 桜川
郭公初音つきぬく滝の中 閑樹
師走なら目にはたゝまし子規 夏若
杜宇かきつはたには啼もせて 松庸
出てきす鯉も車の続あはせ 半宵
時鳥初音も森の一雫 因斎
曳船の旅江も名所時鳥 神魚
ゆき
鴨のかけ菜に付やけさの雪 得魚
初雪や緑に紙燭もおしまるゝ 鐘山
竹の宿根も折たき風情かな 窓雪
雪の日や土橋の裏に鳥の声 三遅
六塵の境に迷ふ
初雪に一寸はかり浮む哉 買明
はつ雪や傘の人より笠の人 寒哦
対にして旭へ与ん雪まろけ 文尺
花
ちに成る土に寝て見ん花の陰 六窓
推は散り敲けは寂き花の門 里杏
かつらきの岩はしも
夜かける橋のあかりや花盛 尾跡
椎茸の俵崩すや花さかり 麦由
黒叟の稲中庵を融しは二十余年前、旧り行ケぞ、
変らぬ交りを、おもひ出て
花莚とりつき古し菊のけふり 文尺
花上野唐に上野の有とても 王燕
花さくら雲は鐘楼へ引上たり 抵葉
牛の背や黒木餅草山さくら 神魚
花に人ふもとの蓮は銭もななし 黒露
ちる桜見て居なくは咲さくら 素丸
明和二乙百年八月
明夜の陰晴さへはかるへからすと、有をすいて、其秋もしるへからずと、
此とし、明和元年申秋南呂の月、この一冊をつゝる
彫工江戸 石井八右衛門
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