物語の教訓はシンプル 「金より命」「マニュアルより直感」
私達はどう生きて行けばいいのか『朝日新聞「エアラ臨時増刊」2011
内田 樹(うちだ・たつる)1950年生まれ。3月末まで神戸女学院大学教授。専門はフランス現代思想、武道論、映画論など。阪神大震災で被災
パニック映画の登場人物たちが直面する究極の選択は、「カネを取るか、命を取るか」あるいは「マニュアル通りにふるまうか、ルール破りを辞さないか」である。「ジョーズ」では、巨大人食い鮫が出没しているから海水浴客を避難させろという警察署長の訴えに、観先取入滅を案じた市長が耳を貸さない。市長が先走って「安全宣言」を発令したせいで、人々は鮫に食われてしまう。「ポセイドン・アドベンチヤー」(古い方)では、船が転覆したときに「想定内の事故ですから、マニュアル通り、じっと助けを待ちましょう」というパ-サ-、「想定外の事故だから緊急避難的な対応が必要だ」と自力脱出を主張する牧師が対立。パーサーたちは全員溺死する。 原発を鮫に、原発推進派を市長に置き換えると、今原発で起きている出来事は「ジョーズ」の構図とほとんど同一であることがわかる。おそらく津波直後の原発でも、現場の技術者と経営陣の間では、「ポセイドン」のパーサーと牧師の間の議論に似たものが展開していたのではないか。
パニック映画を侮ってはならない。これらの物語はおそらく人類史の黎明期から繰り返し語り伝えられてきた原型的な説話を再演しているからである。 平穏な時代にどうふるまうと自己利益が増大できるかのノウハウについては、書店のビジネス書コーナーに有用な知識を満載した本が山積みしてある。
けれどもいったん秩序が失われ、マニュアルもガイドラインも無効になったときにどうふるまえば生き延びられるかについて書かれたものは、ビジネス書コ-ナ-はたぶん一冊も存在しない。それは物語の書架に見出す他ない。
私たちが胸躍らせる物語のほとんどは「予想もしなかったトラブルにいきなり巻き込まれた主人公が、限られた情報と手持ちの資源だけで窮状を脱出する話」である。『城』から『ロング・グッドバイ』までその点では変わらない。それらワンパターンの物語を私たちは太古から倦むことなく服用してきた。そこに「危機的状況を生き延びるための知恵」があったからである。 物語が教える教訓はまことにシンプルである。「金より命」「マニュアルより直感」。
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