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経済は
魂のこもったモラルを
中核としないと
いけません
byマイケル・ムーア
ずいぶん前に、NHK・BSの何かの番組(なんだかすっかり忘れました・・)に、マイケル・ムーアが出ていて、このようなことを述べていた。
「うん、そうだな~その通りだな~」と思って、さささっとメモした紙が、本棚の隙間から、ぴらっと舞い落ちてきました(笑)。
経済の真ん中におくべきは、「お金」じゃなくて、「魂」と「モラル」。
自分だけ良ければ、自分たちさえ儲かれば、他人がどうなろうと知ったことじゃない、・・・そんな仕事は、たとえ一時、利益があったとしても、きっと長続きしないでしょう。
自分の良心に恥じない仕事をする、自分の仕事によって困っている人に喜んでもらえる、自然や社会に貢献できる、そして結果としてそれに見合った報酬がある。
いつの世も、最後は、魂のこもったモラルを持っている人や仕事に対して、良い成果がもたらされる、そんな社会でなければならないと思います。
>経済は魂のこもったモラルを中核としないといけません
経済を、政治、宗教、教育、科学、制度、組織などに変えてもおそらく同じことが言えるのかもしれませんね。
人間が人間のために発明したこれらのものは、とても便利で、反面、人間に不幸をもたらす、もろ刃の剣の発明品。ようは、使い手の人間次第ということなんでしょうね。
魂のこもったモラルなどの大我、はたまた私利私欲などの小我。だれもが心の内にもっているこの二者。小我を去って大我に就ける、心の使い手になりたいものですね。
>経済を、政治、宗教、教育、科学、制度、組織などに変えてもおそらく同じことが言えるのかもしれませんね。
そうですね。人間のあるべき姿の基本なのかも・・
ただ、教育や医療などの分野は、わかりやすいですが、経済はわかりにくい部分がありますよね。
「金儲け、悪いことですか」と、なんとかファンドの人が言っていたように、経済においては、「お金を得ることは、すべてに優先される」という社会通念が長くあり、今もそうかもしれません。
小泉政権下では、利益を得るためなら、法律の隙間をくぐって法さえ守っていれば、どんなことをしてもいいんだ、という考え方の人が、英雄視されていたこともありますし。
そこでは、倫理観は無視されていました。
マイケル・ムーアは、新自由主義国家アメリカの資本主義を批判する映画を作りました。
それで、このようなコメントを言ったのですが、まさに大国アメリカの資本主義が「小我」にとらわれているという、皮肉ですね。