日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-08-16 05:00:00
テーマ:ブログ
徳政令連発のルーズな借金感覚が国を潰す
文大統領は、今年の経済成長率を3%にしたいと抱負を語ったが、その後の景気動向は芳しくない。
韓国経済のガンとも言うべき家計債務の増加が止まらないからだ。韓国の家計が債務を増やしたがる裏に、不動産保有への強い願望がある。
韓国社会では、立派な門構えの住宅に住むという夢だ。住宅へのこだわりは、資産形成において「不動産特化」という現象を生んでいる。
この「不動産特化」は、儒教社会共通の現象と思われる。
中国人もそうだが、自分の持ち物や住宅によって、社会的な地位が決まるという傾向が見られる。
他人との差別化は、その人の資産の多寡によって決まるものとしている。
中国社会では、人生最大のイベントは結婚式と葬式とされている。
これをいかに盛大に行なうかによって、社会的な序列が決まるというから驚きだ。
結婚式は、いかに派手に執り行うか。結婚記念写真は、多くの人が見ている前で撮ること。
葬式は、わざわざ「泣き屋」という人を雇って、故人の徳の高さを証明させるのだ。
私は、「泣き屋」に出会ったことはないが、結婚記念写真の撮影現場には出くわしたことがある。上海と京都である。
わざわざ、プロのカメラマンらしき人物を引き連れて、映画の撮影現場のような雰囲気であった。日本にはない習慣である。
韓国も前記のような共通項が窺える。
昔の感覚で言えば門構えの邸宅に住んで、社会的なステータスを上げる。実は、韓国人の所有資産に占める不動産のウエイトが他国に比べて極めて高いというデータが出てきた。
『朝鮮日報』(6月15日付)は、次のように報じた。
(1)「韓国銀行(中央銀行)が6月14日発表した『国民貸借対照表』によると、16年末時点で韓国の家計の純資産のうち、住居用建物、非住居用建物、土地など不動産は5580兆8000億ウォンで全体の74%を占めた。
米国では不動産など実物資産が家計の純資産に占める割合が35%にすぎない。日本は44%、英国は55%となっている」
韓国の家計純資産のうち、不動産が全体の74%を占めている。これは、米国の35%、日本の44%、英国の55%に比べて、格段に高い比率であることが分かる。
ただ、このデータを見て気を付けるべき点は各国の金融構造の違いである。
金融資産が多様化しており、いつでも換金できるという恵まれた状況下にあれば、換金性に問題のある不動産に特化した家計資産構成にしなくてすむであろう。
従来から、家計資産の「3分法」という言葉がある。
預貯金・有価証券・不動産の3等分で所有するのが理想型とされる。
この伝から言えば、不動産の占める割合は3割強となろう。この尺度に従うと、米国は35%で理想型である。
日本は米国よりも若干ウエイトが高いが44%である。これに比べて韓国の74%は異常に高い。
この背景には、家計資産の蓄積そのものが低い結果とも言える。
また、儒教社会特有の現象である「所有不動産」の多寡を競う風土も影響しているだろう。
データ不足で結論は出しにくいが、中国人の家計でも不動産比率が高いのでないかと思う。
問題は、ここから始まる。不動産比率の高いことが家計債務を増やしており、韓国経済に悪い影響を与えていることだ。
不動産は高価格であり、普通は現金で購入できるはずがない。
ローンを組んで長期の返済に依存する。
不動産景気は一時的に景気を押し上げるが、その後の家計債務の増加を考えると決して賢明な政策とは言えない。
『中央日報』(8月7日付)は、「韓国経済、GDP93%の家計負債に窒息する」と題する社説を掲げた。
韓国は家計の債務返済がル-ズな国である。今回を含めて3回、債務の棒引きである「徳政令」を発表した。
今回は、次のような内容である。徳政令を出すほど延滞債務が多いことは、韓国経済の基調が灰色であることを物語っている。
「金融委員会は7月31日、国民幸福基金と信用保証基金など公共金融機関が保有する消滅時効成立債権21兆7000億ウォン(約2兆1300億円)を償却することを決めたと発表した。
123万1000人が対象となる。
今回の措置は、債務返済能力がない人や信用不良状態に置かれた人が借金の泥沼から脱却できるようにする狙いだが、故意に借金を返さない悪質な債務者も含まれる可能性があり、モラルハザードを招きかねないとして論議を呼んでいる」(『朝鮮日報』8月1日付)
文政権は、公共金融機関が保有する消滅時効債権(金融負債の消滅時効は5年)を過ぎて返済されない債権の2兆1300億円を財政資金で償却し、これによって123万1000人が救済されるという。
もともと5年以上、債務返済ができないで放置してきた債務だから、それを帳消ししたところで、その返済を免れた分が消費となって韓国経済を潤すことはない。ただ、帳簿上の債務が消えるだけだ。
この徳政令がもたらすモラルハザードの悪影響は大きい。
借金を返済しないで5年以上も放置しておけば、政府が尻ぬぐいしてくれるという誤解が、家計の債務を増やす要因になっていることは疑いない。
借金に対してルーズなことが、回り回って可処分所得に対する返済比率を高め、それが消費にブレーキを掛ける。
堅実な家計であれば、むやみやたらと借金しないから、底堅い消費が期待できる。
(2)「 昨年の韓国の家計負債が、GDPの92.8%に達するという韓国銀行の報告書が出された。
米国の79.5%など主要先進国だけでなく、マレーシアやタイの70%のような他の新興国よりもはるかに高い水準だ。
韓国よりこの比率が高い国はスイス、オーストラリア、ノルウェー、カナダなど7カ国だけだ。
増加速度も非常に急だ。韓国の家計負債増加率は2013年の1.5%から昨年は4.7%と3倍近くに増えた」
昨年の家計負債は、GDPの92.8%にも達しているという。
ほぼ、GDP並の家計債務があることは、韓国の国民性の一端を示している。
韓国社会では、「爆弾酒」と言って、ビールにウイスキーを混ぜて一気飲みする習慣がある。
これは、知らないで飲まされると大変な目に遭う。私もその被害者の一人だ。
後先を考えないで、ただ酔っ払えば良いという「特攻隊的な飲み方」である。
韓国社会がこの爆弾酒を好むのは、彼らの「無計画性」を遺憾なく表している。
「借金して楽しくやれば、後は知らないよ」という退廃的な気風であろう。
(3)「 国際機関は家計負債の安全ラインをGDPの75~85%としている。
これを超えると成長を促進するよりむしろ萎縮させるという。
過度な負債を返済するために家計消費を減らし、内需もそれに伴い減るためだ。国際決済銀行は家計負債が1ポイント増えると成長率が0.1ポイント落ちると推算する」
世界的な家計負債の安全ラインは、GDPの75~85%程度という。
これ以上の比率になると、債務返済の圧力によって個人消費に負の影響を与える。
国際決済銀行は、家計負債が1ポイント増えると成長率が0.1ポイント低下すると推計している。
この前提で韓国のケースを計算すると、昨年の韓国の家計負債が対GDP比92.8%である。
93%としてこれから85%を差し引くと8%ポイントになる、これによると、韓国のGDP成長率は0.8%ポイントも引き下げられる計算だ。
韓国経済の潜在成長率が2%台後半になっている現在、前記の0.8%ポイントの引き下げは大きな打撃になろう。
(4)「 韓国の家計負債は3月末現在1346兆ウォン(約134兆円)に達する。
企業向け貸付として扱われる自営業者の負債まで合わせるとGDP規模をすでに超えた。
しかも最近急増した家計向け融資の大部分が住宅担保貸付だ。銀行圏の規制が強化されるとノンバンクに集中するなど質的にも悪化している。
2008年の金融危機当時、米国のGDP比家計負債比率が86.1%だった点と比べてみれば危機と言っても過言ではない」
家計債務には、自営業による債務は計上していない。
韓国統計庁の資料によれば、「営利目的の個人事業者」を意味する自営業者数は昨年、557万人で就業者全体の21.2%を占める。
このうち「従業員のいない自営業者」を意味する「一人社長」が401万人にも達している。
韓国では、労働市場が流動化されていないので、定年過ぎの再就職は困難である。そこで「一人社長」となって自営業を始める。
この資金借り入れは家計債務に分類されていないが、事実上は家計債務である。
こうした自営業の債務を家計債務に加えると、広義の家計債務はGDPを上回る計算だ。
2008年のリーマンショック時、米国のGDP比家計負債比率が86.1%であった。
現在の韓国は、広義の家計債務比が100%を上回っている。これだけ見ても危険ゾーンに入っていることは疑いない。
ルーズな借金感覚が、韓国経済を危機の淵に追い込みかねなくさせている。改めて、健全な家計意識がいかに重要であるかを認識するのだ。
(5)「一度増えた借金を減らすのは容易ではない。
負債総量を経済成長率より低く維持し『信管』を除去する精巧な対策が必要だ。
政府の『8・2不動産対策』で住宅担保貸付需要増加傾向が一段弱まるとしても安心することはできない。
土地、商店街、信用貸付へと風船効果が現れ家計の償還能力が悪化する可能性がある。 いまや『負債も資産』という話は通じない。
負債は負債だけのことだ。そして韓国経済は家計負債で徐々に窒息していきつつある。
二極化解消と所得増大成長のような文在寅(ムン・ジェイン)政権の経済政策の成功のためにも家計負債は必ずコントロールしなければならない」
家計債務を減らすには、文政権のように最低賃金引上げという短絡的な手法を使う訳にいかない。
労働市場の流動化によって「一人社長」にならなくても済む再雇用の道を開くことだ。
日本では、生産年齢人口(15~64歳)は減少しているが、労働力人口(働く意欲と能力のある人)は2013年以降、増加に転じている。
これは定年後も雇用先があるからだ。
この日本の例が示すように、韓国は、年功序列賃金と終身雇用制に執着せず、労働市場を活性化させて、勤労意欲のある人々には雇用先を用意すべきである。日本に可能でも韓国に不可能なことは、韓国にイノベーション意識が欠如している結果だ。
(2017年8月16日)