勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-08-19 05:00:00
韓国、「構造不況論」早くも囁かれる活力不足「停滞経済」へ
韓銀の指摘する「イノベーション能力」不足が原因
韓国は、日本型の低成長経済への移行を最も恐れてきた。
日本の「失われた20年」に陥るのでないかという危惧の念だ。いよいよそれが、現実化する気配である。
文在寅大統領は「所得主導型経済」を構想しているが、財政資金で最低賃金引上を図るという、なんともピント外れの政策を決めて嬉々としている。
文氏に韓国経済危機感は乏しい。
その理由は、年初来の韓国経済には追い風が吹いているかに見えたことだ。
『朝鮮日報』(8月9日付社説)は、「韓国経済の構造的危機を覆い隠す半導体好況」で次のように論じている。
「企業の実績が大きく改善し、証券市場も過去最高値を更新した。文在寅新政権は今年の経済成長率予測を上方修正した。
しかし、回復の勢いは減速している。
むしろ『半導体の好況』を除けば、韓国経済の根本的な問題が徐々に深刻化しているという不安な警報音があちこちから鳴り響いている。
今年4~6月の製造業の平均稼働率は71.6%にすぎない。
世界的な金融危機を経験した2009年1-3月(66.5%)以降で最低だ。工場の生産ラインが止まりつつあることを示している」
韓国経済は半導体市況の好転で活況感が溢れている。
だが、一皮剥けば構造不況業種がごろごろしている。
自動車産業ですら、労組の戦闘的な賃上げ攻勢に揺らいでいる。この揺らぐ韓国産業を追い詰めるのが、文政権の「反企業姿勢」だ。
私は、このブログで繰り返し、文政権の経済政策に疑念を呈してきた。
経済は、企業の活力である設備投資が盛り上がらない限り、雇用は増えないという単純な構造だ。
その点の認識が文政権にはゼロである。
財閥企業の法人税を引き上げ、その税収増を最賃引上に当てるという「ポピュリズム福祉政策」を展開しようとしている。
文政府は、しきりと「善人」を装う発言を繰り返している。これぞまさに、「ポピュリズム」そのもの。
国家百年の計では、国民に向かって「苦言」を呈することも不可欠だ。
その点で、文政権は国民の「御用聞き」に成り下がっている。
『中央日報』(8月9日付)は、「韓銀が診断した韓国の経済活力低下の原因」と題して、次のように伝えた。
この記事は、韓銀(中央銀行)が発表したレポートに関するものだ。
韓国の経済活力が低下した理由について分析している。
人間で言えば、「健康診断書」である。レポートの特色を一口で言えば、韓国経済に「イノベーション」(革新)能力が不足していると指摘している。
読む者が読めば、文政権の経済政策への批判であるが、残念ながら韓国メディアにはそういう論調が現れないのだ。
韓銀は、あえてデータを細かく出して「カムフラージュ」している感じだ。
「健康診断書」で言えば、難しい医学用語の「検査項目」をズラリと並べて、素人には分からないようにしている感じである。
記者も、十分な説明も受けなかったのであろう。
せっかくのレポートが、これでは生かされないのだ。「宝の持ち腐れ」と言える。もったいない。
一番聞かせたいのは、文在寅大統領である。
この種の記事に不慣れな方は、私のコメントだけでも読んで頂ければ、韓国経済の問題点がどこにあるか、理解していただけると思う。
(1)「8月8日、韓国銀行が発表した報告書『景気変動性の縮小に対する再評価』で、3%台の成長率が期待されるほど景気回復が進んだにもかかわらず、それをあまり体感できないのは、景気変動性が縮小したためだとしている。
景気が良くなってもその上昇幅は高くなく、またその期間も短いため、景気回復をなかなか感じられないのだ。
韓国銀行は根本的な原因として『革新不足』を指摘した」
景気の変動幅が縮小しているとは、GDP成長率の高低幅が狭くなっていることだ。
すでに、日本経済がそうであるように好況感が湧かない経済になっている。
日本では、この現象に対して「アベノミクス効果が地方まで届いていない」と言うが、当たり前のことなのだ。
潜在成長率が低下した経済とは、こういう状態を指すもの。
ここから、「アベノミクス批判」を得意になって言い募る士もいるが、低成長経済の実態を理解していない証拠であろう。
韓銀が、実に良い分析をしてくれたと思う。
景気の変動幅が縮小している原因は、潜在成長率の低下である。
これをもたらした理由は、総人口に占める生産年齢人口(15~64歳)比率が低下しているからだ。
日本経済がこの状態に入っているが、韓国が同じケースに入ってきた。
これを跳ね返すには、「イノベーション」の推進しかない。旧態依然とした政策の繰り返しでなく、世の中を変えることが不可欠である。
労働市場で言えば、終身雇用や年功序列賃金を頑として守る頑迷さが、労働市場を不活発にして、新規雇用の増加を妨げるのだ。
現役の労組員の暮らしだけを守る政策は、周辺労働者を排除することにつながる。
そういう身勝手なことをせず、労働市場をオープンにすることが、新規雇用を生み出す原動力になる。
解雇という最悪事態は、ない方が良いに決まっている。
ただ、不幸にしてそういう事態を迎えたら、迅速に対応して企業の浮揚力をつけ、再建を早める方が労働者にとってもメリットになる。韓国は、この点の認識がゼロである。
(2)「報告書によると、景気変動性を示すGDP(国内総生産)成長率やGDP循環変動、景気動向指数などの標準偏差が、金融危機以前の2000年第1四半期~2007年第4四半期にはそれぞれ0.8、0.08、1.0を記録していた。だが、危機以降の2010年第1四半期~2017年第1四半期にはそれぞれ0.4、0.03、0.5へとほぼ半分以下になった」
ここでは、やたらと難しい専門用語が連発されている。
言わんとしていることは、
①金融危機以前の2000年第1四半期~2007年第4四半期と、
②それ以降の2010年第1四半期~2017年第1四半期について、GDP成長率、GDP循環変動、景気動向指数などの標準偏差がいずれも半減していると指摘している。
標準偏差とは、一般にデータのばらつきと呼んでいる。
例えば、ある試験でクラス全員が同じ点数、すなわち全員が平均値の場合、データにはばらつきがないので、標準偏差は 0になる。
データが平均値の周りに集中していれば標準偏差は小さくなり、逆に平均値から広がっていれば標準偏差は大きくなる。
標準偏差が小さくなったとは、データが平均値の周りに集中しており、変化幅が小さいことを意味している。
2008年の金融危機後の韓国経済は、それ以前に比べて変化幅が半分になっていることを示している。
韓銀は、その原因について「イノベーション能力」不足を指摘している。
「家計所得不足」以前に、企業が「イノベーション」に取り組まずにいることが最大の問題になるはずだ。
(3)「経済協力開発機構(OECD)のGDP変動性の平均は0.9倍だが、韓国は0.48倍にとどまっている。
35カ国の中でもスロバキアとイスラエルに次いで3番目に変動性が低かった。
このように景気変動性が縮小した背景には、民間消費と在庫投資の冷え込みがある。
GDP変動性変化にともなう支出部門別寄与度を分析した結果によると、在庫投資-0.3%、民間消費-0.25%など、消費および投資の寄与度がマイナスだった。
固定投資も-0.06%を記録した。純輸出は0.17%で、GDP変動性の増加に唯一貢献している」
韓国の景気変動性(景気の上下幅)が、OECD諸国の半分にとどまっている理由は、民間消費と在庫投資の冷え込みが理由と指摘している。
文政権は、「民間消費の冷え込み」だけを注目して、「最賃引上」という短絡した結論を出すが、「ちょっと待った」である。
一方には、「在庫投資の冷え込み」がある。この点が重要である。企業が積極的に手持ち在庫を持って営業に当たっていないのだ。
その裏には、「イノベーション」不足があるので、新製品を思い切って市場へ投入しない結果であろう。
要するに、企業が経営で「勝負する製品」がないから、在庫を持たないように消極的になっているのだ。
(4)「 韓国銀行関係者は、『民間消費が振るわない中で循環周期の短い輸出が景気変動を主導すれば小循環にとどまってしまいかねないので、内需の動向にもっと留意しなければならない』とし『雇用創出を通した家計の所得基盤拡充、企業の革新力強化による生産性向上に対し、政策的努力を集中しなければならない』と伝えた」
民間消費が振るわない理由は、雇用が低調であるからだ。雇用が低調なのは、新製品が出ないからだ。
新製品が出ないのは、企業の「イノベーション」能力が枯渇している証拠であろう。
結局、企業が積極的に新製品開発に取り組まず、その日暮らしでお茶を濁していることにつきる。この根源である企業のやる気をどうやって引き出すか。今それが、最も問われている。
文大統領は、大企業幹部との「ビール・パーティー」席上、「政府と同じ経営哲学を持ってくれ」と発言している。
これは、大間違いである。文氏のポピュリズムに染まったならば、企業のイノベーション能力は枯れてしまうに違いない。
韓国企業に、イノベーション能力はあるだろうか。
儒教社会の通弊で保守回帰である。
その韓国企業がここまで成長できたのは、日本企業の技術支援があったからだ、現に、重厚長大型の産業構造から脱皮できずにいる。
韓国経済界は、自らの弱点であるイノベーション能力欠如を知っているから、正面立って「反日」を決して声高に言う愚を犯さないのだ。
こういう事情を知らない市民運動家が「反日」の旗を振り、文政権もその一翼に連なっている。
韓国は、「反日」から何も得られない。それを早く悟ることが必要であろう。
(2017年8月19日)