大行司駅はホームが残されていますが、入ることも可能です。
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夜明側。
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添田側。
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わざわざ新しいマンホールをホーム上に設置するところからして、東峰村は鉄道がどうしても惜しいのだろう。どうせなら駅名標を残せばよかったのに。駅舎へは70段余りの階段を下った場所にあります。
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大行司駅、来たのは二度目だ。前回は1998年春の乗り継ぎの前夜祭の一泊会のときと書いた。当日は11時半ころに新千歳を出るJALで福岡へ、その後15時半前に博多を出る篠栗線の〈赤い快速〉で新飯塚、後藤寺線に乗って日田行きに乗り換えて17時台に着いた時にとんでもない田舎に来ちまったと思ったものだ。駅舎は災害で土砂崩れで崩壊、その後鉄道の復旧の見込みは無いものの地域の玄関口だとかで2019年に昔ながらな感じで再建したのだから、本当に惜しいのだろう。
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大行司にちなみ、行司と言えば相撲。相撲界の大行司は立行司ということで41代式守伊之助に揮毫してもらったとのことで、式典には芝田山親方(スイーツ親方)が来ているがどういうコネ使ったのだろう?余談だが41代式守伊之助は2024年初場所からは38代木村庄之助を襲名することが決まっているそうで、まさに大行司だが軍配差し違いが多いみたいだね。
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その待合室で日田のイオンで買った弁当を食べた。当地らしくかしわめし弁当で468円だったか。味ついたご飯なので冷めたままでも美味しい。ゴミ箱は無いので袋に入れて汁などが漏れないようきっちり縛ってリュックに入れる。食後は大行司の町を少し歩きます。
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駅前には昔の学校の校舎。さすがにいまは使われてないようす。
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そばにはラーメン屋?食堂?喫茶店?なんか入る気にはなれんね。
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こっちの食堂のほうがずっとよさげ、ただし今は客おらず店主と思しき爺さんがテレビ見ながら飯食っているのが見える。
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よし、このまま「ほうしゅ山荘」まで歩いてみよう。確か10分ほどとそれほど遠くない記憶。当時は歩いていると向こうから幹事団が運転しているレンタカーがやって来た。そうか、私が着く予定は伝えてあるから迎えに来てくれたのか!と思ったら通り過ぎてしまった。買い出しだったのか、はたまた…。
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そしてようやくたどり着いた「ほうしゅ山荘」。しかし今はそんな名前ではなく「山村文化交流の郷 いぶき館 」だそうだ。当時も凄く古い旅館だった記憶はあるがかなりきれいに改装されている。夕食に鯉こくが出たのは覚えており、種村氏が「鯉は美味しいものだから食べず嫌いしないで食べなさい」とか参加者に言ってた記憶もある。確かに私もそれまで食べたこと無いし、だいいち北海道に鯉食べる文化は無い。へー、こんな味なんだなとは思った。そして浴場には「かま風呂」があった、京都の八瀬で有名なやつというか超低温サウナというか。確か中は50度台でそんなに暑くないから長く入れた。
いまは宝珠山炭鉱の歴史展示や修験道の文化の展示をしているとのこと。修験道と言えば英彦山ですよね。ただほかに客が誰もいなさそうなのと、ゆっくり見学する時間も無いのでここで駅へ向かってUターン。やっぱり階段上るのしんどいわ。バリアフリーの観点でBRT専用区間を添田~筑前岩屋だけにしたほうがいいという議論はなかったのかな。
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次のバスはディーゼルエンジンの一般的なバスで10人ほど乗車。運転手はサービス旺盛で、一般利用のお客さんもいらっしゃいますが初めて来られた方もいらっしゃいますので普段利用の方は少しご辛抱くださいと断ったうえで観光スポットのめがね橋の上で徐行。
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釈迦岳トンネル通過中は「50キロで走っています。国鉄時代の急行は85キロでしたがあまりスピード出すと自動車なのでトンネルにぶつかる可能性が」。若い運転手が国鉄の話するとは思わなんだ。マニアか?最後に次回はどうぞ、マイカーやレンタカーで沿線を回って、下からめがね橋を見てください。とても素晴らしいのでと締めた。バスの運転手がほかの交通手段で再訪することを勧めるのはびっくりしたが、まずは地域おこし、来てもらわないことには始まらないし一過性のブームで終わってしまう可能性も高い。
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国内旅行ランキング
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夜明側。
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添田側。
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わざわざ新しいマンホールをホーム上に設置するところからして、東峰村は鉄道がどうしても惜しいのだろう。どうせなら駅名標を残せばよかったのに。駅舎へは70段余りの階段を下った場所にあります。
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大行司駅、来たのは二度目だ。前回は1998年春の乗り継ぎの前夜祭の一泊会のときと書いた。当日は11時半ころに新千歳を出るJALで福岡へ、その後15時半前に博多を出る篠栗線の〈赤い快速〉で新飯塚、後藤寺線に乗って日田行きに乗り換えて17時台に着いた時にとんでもない田舎に来ちまったと思ったものだ。駅舎は災害で土砂崩れで崩壊、その後鉄道の復旧の見込みは無いものの地域の玄関口だとかで2019年に昔ながらな感じで再建したのだから、本当に惜しいのだろう。
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大行司にちなみ、行司と言えば相撲。相撲界の大行司は立行司ということで41代式守伊之助に揮毫してもらったとのことで、式典には芝田山親方(スイーツ親方)が来ているがどういうコネ使ったのだろう?余談だが41代式守伊之助は2024年初場所からは38代木村庄之助を襲名することが決まっているそうで、まさに大行司だが軍配差し違いが多いみたいだね。
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その待合室で日田のイオンで買った弁当を食べた。当地らしくかしわめし弁当で468円だったか。味ついたご飯なので冷めたままでも美味しい。ゴミ箱は無いので袋に入れて汁などが漏れないようきっちり縛ってリュックに入れる。食後は大行司の町を少し歩きます。
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駅前には昔の学校の校舎。さすがにいまは使われてないようす。
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そばにはラーメン屋?食堂?喫茶店?なんか入る気にはなれんね。
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こっちの食堂のほうがずっとよさげ、ただし今は客おらず店主と思しき爺さんがテレビ見ながら飯食っているのが見える。
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よし、このまま「ほうしゅ山荘」まで歩いてみよう。確か10分ほどとそれほど遠くない記憶。当時は歩いていると向こうから幹事団が運転しているレンタカーがやって来た。そうか、私が着く予定は伝えてあるから迎えに来てくれたのか!と思ったら通り過ぎてしまった。買い出しだったのか、はたまた…。
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そしてようやくたどり着いた「ほうしゅ山荘」。しかし今はそんな名前ではなく「山村文化交流の郷 いぶき館 」だそうだ。当時も凄く古い旅館だった記憶はあるがかなりきれいに改装されている。夕食に鯉こくが出たのは覚えており、種村氏が「鯉は美味しいものだから食べず嫌いしないで食べなさい」とか参加者に言ってた記憶もある。確かに私もそれまで食べたこと無いし、だいいち北海道に鯉食べる文化は無い。へー、こんな味なんだなとは思った。そして浴場には「かま風呂」があった、京都の八瀬で有名なやつというか超低温サウナというか。確か中は50度台でそんなに暑くないから長く入れた。
いまは宝珠山炭鉱の歴史展示や修験道の文化の展示をしているとのこと。修験道と言えば英彦山ですよね。ただほかに客が誰もいなさそうなのと、ゆっくり見学する時間も無いのでここで駅へ向かってUターン。やっぱり階段上るのしんどいわ。バリアフリーの観点でBRT専用区間を添田~筑前岩屋だけにしたほうがいいという議論はなかったのかな。
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次のバスはディーゼルエンジンの一般的なバスで10人ほど乗車。運転手はサービス旺盛で、一般利用のお客さんもいらっしゃいますが初めて来られた方もいらっしゃいますので普段利用の方は少しご辛抱くださいと断ったうえで観光スポットのめがね橋の上で徐行。
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釈迦岳トンネル通過中は「50キロで走っています。国鉄時代の急行は85キロでしたがあまりスピード出すと自動車なのでトンネルにぶつかる可能性が」。若い運転手が国鉄の話するとは思わなんだ。マニアか?最後に次回はどうぞ、マイカーやレンタカーで沿線を回って、下からめがね橋を見てください。とても素晴らしいのでと締めた。バスの運転手がほかの交通手段で再訪することを勧めるのはびっくりしたが、まずは地域おこし、来てもらわないことには始まらないし一過性のブームで終わってしまう可能性も高い。
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「食わず嫌い」という若者が陥りがちな気質をいつも非難していた人ではありましたね
私は20歳そこそこはビールとウィスキーしか飲みませんでして日本酒は苦手でした。
しかし2人で乗り歩きしてた時に食堂でコップ酒を2つ注文して「この日本酒は美味しい銘柄だから」と飲まされましたが、たまたま美味しい酒だったために日本酒が好きになりましたね。
あの親睦団体に社会的規範を教わったんだ、とヤタラに礼賛する向きが取り巻き残党連中に有りますけれど
私自身は団体会員の交流より、種村氏自身から直接に薫陶叱責されたことが、以後の人生に役立っていますね