海亀

浜辺を散歩しながら、ひとりごと...

勝浦の波戸から

2014年06月07日 | インポート

Img_3874 博多には、元寇防塁の

石垣が遺されています。

ここ勝浦浜や在自(あらじ)潟

には、合戦の伝承があります。

弘安の役のことだと思われます。

最近でも博多湾から元か百済の

船らしきものが見つかっていますね。

恐らく、弘安の役の際、来襲した2船団のうちの早く着いた部隊と戦闘があったのでしょう。

Img_3875  ★ 2枚目の写真の足元あたりが、昔の波戸(船着き場)のあとです。

★ ★

『津屋崎』の地名は、通夜のおこもりをしたところから通夜崎、後に津屋崎となったといいます。

また、別の解釈では、『津屋』は船で送る品物を保管する倉庫で、津屋の蔵がならぶ地域から『津屋崎』と呼ばれた、とも言われているそうです。


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2 コメント

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津屋崎、いまや、市ではなくなってしまいました。 (ron)
2014-06-11 20:54:42
こうやって歳月がたつにつれ、埋もれてしまう事実がたくさんあるんでしょうね。
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平成の大合併とかで、なくなってしまった (umigame)
2014-06-11 22:03:21
地名もおおいことでしょうね。
近鉄に、斎宮という駅名があるそうですが、
斎宮とは、天皇が変わる時に、皇室の処女
が伊勢神宮にお勤めに入ったという制度、
だそうです。地名がなくなると歴史も消される
ことになるかもしれない、ということですね。
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