2019年4月7日 大阪東教会主日礼拝説教 「渇く」吉浦玲子
<渇かない水を与えられる方の「渇く」>
十字架の上の7つの言葉に聞いています。今日は「渇く」という言葉と「成し遂げられた」という言葉について聞きます。
主イエスはかつて、ヨハネによる福音書7章で「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」とおっしゃいました。秋の仮庵祭のときのことでした。そのエルサレム最大の祭りの時、祭司たちがうやうやしくギホンの泉から金のひしゃくで水を汲み上げました。それは神の救いの水を汲むという詩編に記されている言葉を象徴していたのです。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。」という主イエスの言葉には、金のひしゃくでこの世の泉から水を汲み上げたとしてもあなたたちは救われない、という意味が含まれていました。主イエスご自身を信じ、そして主イエスご自身から飲ませていただく水によってでなくては救われないのです。主イエスご自身の水によって、あなたがたはまことに救われる。まことに潤され癒され生かされるのだと主イエスはおっしゃいました。何回かお話をしましたように、水はイスラエルにおいてことに貴重なものでした。多くの川は雨期の一時期を除けば涸れた川であり、イスラエルに水は乏しかったのです。それゆえに流れ出る水のイメージは、神の豊かさを象徴していました。
ところで「ベン・ハー」という有名な映画の一場面に、主人公が策略によって罪を着せられ囚人として連行されるところがありました。ご覧になられた方も多いかと思います。連行される過酷な歩みの中、水も与えられず、主人公は衰弱します。共に移送されている他の囚人たちには水が与えられているのに、主人公だけには与えられないのです。意識ももうろうとして、もはやこれまでかというところで、誰かが、主人公に水を与えました。はっきりと水を与えたのが誰かは説明されていませんでしたが、「水を与えるな」と言いかけたローマの兵隊が、主人公に水を与えた人の様子に圧倒されて、何も言えませんでした。そのローマ兵の様子によって、水を与えた人はイエス・キリストであると暗示された場面でした。与えられた水を飲み、主人公は力を得ます。肉体的な渇きや衰弱が癒されただけでなく、生きる気力が与えられたのです。それはキリストによって救いの希望が与えられたのです。ベンハーはキリストに与えられた水によって救いへの希望を与えられたのです。
キリストはわたしたちにも豊かな水を与えてくださいました。一人一人に豊かな水を与えてくださいました。それはただのちょっとした慰めや気分転換のためのドリンクではありません。根源からの生きる力を与えてくださいました。救いの水でした。その豊かな水を、心、魂、霊を豊かに生かしてくださる永遠の水を、与えてくださるイエス・キリストは十字架の上で「渇く」とおっしゃいました。人間を深いところから豊かに潤してくださるお方ご自身が渇かれたのです。徹底的に渇かれたのです。これは6時間に及ぶ十字架刑のための衰弱や脱水という肉体的な渇きではありません。父なる神と断絶をするという霊的な渇きを味あわれたのです。この渇くという言葉は、詩編22編から来ています。「口は渇いて素焼きのかけらとなり/舌は上顎にはり付く。/あなたはわたしを塵と死の中に打ち捨てられる。」十字架の上で、罪なきお方が、父なる神から裁かれ、渇いて渇いて渇き切り、塵と死の中に打ち捨てられました。神から離れることが渇きの根源でした。しかしそのイエス・キリストの渇きのゆえに、そしてキリストが塵と死の中に打ち捨てられたゆえに、私たちは潤されました。
<現代の「渇く」>
ところで、長崎県出身の者として渇きということでどうしても思うのは1945年8月9日の原爆投下の日のことです。もちろん私が体験したことではありません。しかし繰り返し聞かされたことです。原爆投下後、被爆した人々でまだ命のある人々は水を求めて川に殺到しました。爆心地に近い浦上川には多くの人々が来ました。川にたどり着く前にこと切れる人々もたくさんいました。川にたどり着いてもそのまま川の傍らで亡くなったり、川に流されました。川には無数の死体が折り重なっていたのです。それは地獄のような状態であったでしょう。長崎というクリスチャンの多い土地で、しかも大きな天主堂のある地域で、そのような悲惨が起こることに深い思いを巡らさずにはいられません。水を求めて浦上川に向かった人々の渇きの現実を私は戦後に生まれて、いくたびも耳で聞いても実際は1945年8月9日その日の水を求めた人々の極限の苦しみを知ることはできません。それはもちろん肉体的な極限の苦しみ、渇きでした。しかしまた同時に、ごく普通に市民生活を送っていた人々が不条理な死を与えられる、その不条理さに対する渇きでした。神なき世界と思えるような残酷な世界への渇きでした。その渇きをその場に体験したことのない人間は実際のところは知ることができません。しかし、ただお一人その苦しみをご存知の方がおられます。十字架にかかられたイエス・キリストです。十字架の上で「渇く」とおっしゃった主自身が、神と切り離された極限の渇きを経験されたイエス・キリストただお一人が、浦上川に水を求めた人々の渇きをご存じなのです。人間が引き起こした悲惨によって、戦争というこの世界の罪。国家の罪、人間の罪によって、地獄絵図のような苦しみを味わった無辜の人々の渇きをイエス・キリストただお一人はご存知です。
では原爆にあったことのない人間には渇きはないのでしょうか。もちろんそうではありません。まだ献身を志す前のことです。所属していた教会で、新しい交わり会を計画しました。私が当番となって準備しました。もともと昼に行っていた会を、仕事をしている人も来れるように夜にもやりましょうということになったのです。午後7時半開始でした。昼の会は、茶菓を準備して茶話会的な感じでの交わりだったのですが、夜の会はどうしようかと思ったのです。大学生や20代の若い方、それも未信徒の青年たちの出席が予想されていました。予算や当番の私自身の負担から考えて食事を出すのは無理なので、ボリュームのあるお菓子を出そうかなと考えていました。ところが当日、仕事を終えて準備のために早めに教会に行くと、お寿司やら惣菜の唐揚げやらが集会室の机の上に積み上げてありました。ある姉妹の差し入れでした。その姉妹自身は昼の会に出席されたのですが、夜の会のことを心配され、差し入れてくださってたのです。青年たちの中にはかなり難しい問題を抱えていた方もおられましたし、経済的に厳しい状況の方もおられました。そのことをよく知っていた姉妹が差し入れてくださったのです。姉妹は後から、おっしゃいました。「あのな、あの青年たち、からからやねん。渇き切ってるんや。でもな、だからこそ、まずお腹いっぱい食べてもらったらええ。体がからからじゃあ、霊の水も入ってこおへん。お腹いっぱいになって、ほっとして、そこからや。そこからイエス様の水が入ってくんねん。」その姉妹の配慮で、青年たちは良く食べ、集会にもなじんでくれました。その後は、予算をいただいて、夜の集会では青年たちにも手伝ってもらって簡単な料理を皆で作って食べるようにしました。その集会に出席した青年からは受洗者も複数与えられました。からからだった青年たちが、まず肉体と心の渇きを癒され、やがてキリストと出会い、まことの永遠に渇くことのない水をいただいたのです。それは単に若い人と和気あいあいと食事をして伝道しましたということではないのです。当時集っていた若者の中には逮捕歴のある方もいました。彼らは、差し入れしてくださった姉妹がおっしゃるように深い渇きを覚えていたのです。神を知らず闇の中で渇いていたのです。神を知らない渇きは実際のところ、人間を死へと導くのです。神と離れている渇きは肉体の渇き以上に生きる力を奪うのです。ベンハーが水を飲んで力を与えられたのは単に体が潤されたからではありません。それがキリストからの水であり、命の水であったからです。絶望的な状況の中で、不条理な試練の中でなお希望を与えてくださるのがイエス・キリストからの水でした。
<酸いぶどう酒を受けられたイエス>
さて、「渇く」とおっしゃったのち、主イエスには酸いぶどう酒を含ませた海面が口元に差し出されました。この酸いぶどう酒の意味は諸説ありますが、多少鎮痛効果もあるような薬も混ぜられたものであったというのが多くの意見です。喉の渇きも多少は癒すものであったかもしれません。他の福音書には、十字架につけられて間がないころに、この酸いぶどう酒を主イエスに与えようとしたけれど、主イエスはお受けにならなかったことが記されています。それは主イエスが、十字架において渇きを渇きとして徹底してお受けになるおつもりだったからでしょう。しかし6時間を経て、主イエスは完全に渇きを体験されました。父なる神と断絶した渇きを味わい尽くされました。そしてすべてが成し遂げられたことを主イエスはお知りになりました。それゆえ「渇く」という言葉をおっしゃったのです。神が渇かれたのです。私たちの罪によって神が徹底的に渇かれ、そのことによってすべてが成し遂げられました。しかし、主イエスの「渇く」という言葉を聞いた人々は、それを単なるのどの渇きを訴えていると捉えたようです。そこで酸いぶどう酒が差し出されたのです。すでにすべてを成し遂げられた主イエスは、もはや酸いぶどう酒をお拒みにはなりませんでした。そのぶどう酒をお受けになりました。
主イエスの最初の奇跡、ヨハネによる福音書でいうところのしるしは、カナという町の婚礼の席で、水をぶどう酒に変えるというものでした。それも最上の良いぶどう酒に変えるというしるしでした。婚礼は喜びの象徴でした。主イエスは人々の喜びのためにその業をなさいました。貧しい若い夫婦の門出と、そこに集う人々の喜びのために奇跡を起こされました。人々に素晴らしいぶどう酒を与えられた方ご自身は、その肉体の死を前にして没薬のまざった酸いぶどう酒をお受けになりました。人々に最上のぶどう酒をお与えになった方は罪人として、苦い杯を受けられたのです。
今日、私たちは、今年度最初の聖餐式にあずかります。キリストの十字架と復活を覚える聖餐式です。キリストの引き裂かれた肉と、流された血を覚えます。私たちはキリストの肉と血をいただきながら、キリストが渇かれたことを覚えます。聖餐は天における晩餐の先駆けでもあります。神の国の宴の素晴らしさを覚えつつ、私たちの救いのために、キリストが酸いぶどう酒を受けられたことを思い巡らせます。キリストは私たちが良きものにあずかるために渇かれ、酸いぶどう酒を受けられました。私たちが神と出会い、救われ、良いもので満たされるために、キリストは苦い杯をお受けになりました。
そしてその苦い杯をお受けになったその時、まさにすべては成就されたのです。「頭を垂れて息を引き取られた」とあります。天使が救いに来ることなく、エリアが迎えに来ることもなく、炎の車で天に上げられることもなく、みじめに頭を垂れて主イエスは亡くなられました。それが金曜日の出来事でした。土曜日はユダヤ教の安息日、それも過越し祭の特別の安息日でした。今日の聖書箇所の続きを読みますと、その特別の安息日に備えて人々が十字架から遺体を引き下ろそうとしたことが記されています。本来は遺体は何日も十字架の上で晒されていたようです。しかし、人々は祭りのためにそそくさと死体の処理を急いだのです。みじめに頭を垂れて死んだ罪人のことなどには構っておられないのです。この時、人々は知りませんでした。たしかにすべてが成し遂げられたことを。
渇き切きって干からびたように死んだイエス・キリスト、水を求めて浦上川で一口水を口にしてこと切れた無数の被爆者のように、最後に酸いぶどう酒を受けられて息を引き取られたイエス・キリスト。しかしすべてが成し遂げられていました。イザヤ書43章にこのような言葉があります。「見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き/砂漠に大河を流れさせる。」キリストは渇いて死なれました。しかし、新しいことはすでに芽生えました。渇き切って死なれたキリストのゆえに新しいことが起こりました。荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる、これは単に詩的な象徴的な表現ではありません。この世界の不条理な荒れ野に神は実際に道を敷かれるのです。人々が命への希望を失い殺伐として渇いている現代の砂漠に豊かな大河を流れさせられるのです。キリストの福音によって大河が流れるのです。 神を知らなかったゆえに渇いていた人々が神を知り、まことに豊かな水を受け癒されるのです。私たちも豊かに水を受けます。尽きることのない命の水を受けます。私たちのために渇き切ってくださったイエス・キリストのゆえにあふれ出るほどの命の水をいただきます。
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