稲田写真塾*ギャラリー*

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「西方見聞録」 フランス エズ編

2022年08月19日 14時43分52秒 | 日記

モナコから地中海の海岸線に沿って、西の方、マルセイユに向かいます。

ここからは、平地が少なく海から山という感じが多い地形です。

説明は最小にして、写真を中心に見て頂きます。

最初に、モナコから程近い「エズ」という観光の町です。

海からいきなり山という地形で、平地は殆どありませんが、それだけに景観は素晴らしく、観光地としては素敵な所でした。

エズの街は標高の高い所にあって、昔は「鷹の巣」と呼ばれていたそうです。

次回からは、マルセイユまで途中の街や村の観光地や、撮影ポイントの写真を順々にお見せして行く事にします。


「西方見聞録」 モナコ編 (2001年)

2022年08月17日 09時03分38秒 | 日記

イタリヤから、上(オーストリア)に行こか、左(モナコ経由でフランス)に行こかと思いましたが、地中海に沿ってフランスを目指します。

左の方にコルシカ島(コルス島・フランス)があり、ここはナポレオン誕生の島としても有名です。

ここにも行ったのですが絵的にそれほどでもないのでパスしてモナコに入ります。

モナコ公国は独立国ですが、イタリヤ寄りのフランスの内にあります。

 

モナコ大公が暮らす、モナコ公国の宮殿。昔は、グレース・ケリーも住んでいたのでしょう。

 

宮殿近くにある、モナコ大聖堂内にある、グレース・ケリーのお墓です。

 

港の夕景です。左側画面道のくねったあたりが、数日前に行われたF-1レース・モナコグランプリのスタート地点でした。

少しかすれた、「ミハエル・シューマッハ」の名前の文字が残る地点に立ちました。

 

やはりここは観光と歓楽の街ですね。


「西方見聞録」 イタリヤ・ドロミーティ地方 Vol. 2  1995年、2001年

2022年08月15日 11時46分30秒 | 日記

コルチナダンペッツオが次回の冬季オリンピック開催都市と聞くと、大都市と思いがちですが、街そのものはこじんまりとした落ち着いた街です。

冬になれば変わるのかもしれませんが・・・。

 

実は、1995年と2001年にコルチナダンペッツオには2度訪れているのですが、面白い経験をしました。

2度目の時に前回の記憶のある風景を何となく同じアングルで(・・と、言っても記憶が頼りで、全く同じとはいきませんでしたが・・)撮って帰って比べてみると・・・。

A地点の写真では、こんな有名な観光地のこんな空き地(?)が6年間何も変わらずに草っ原のまま残っていた事。日本ならバンバンホテルが建つでしょう。

B地点は川の中の島が消えて、手前の木々が伸びて教会の屋根は見えなくなってました。

ま、現象としては当たり前のことですが、時の流れというものを感じましたね~。

現在はどうなっているんでしょう? もう、行く事もありませんが・・・。

コルチナダンペッツオのスキー場、夏の風景

 

A地点・1995年

A地点・2001年

 

 

B地点・1995年 

   

B地点・2001年


「西方見聞録」 イタリヤ・ドロミーティ地方 Vol. 1

2022年08月12日 10時46分57秒 | 日記

週1回のアップだと、間が開き過ぎて・・何とかならないかと言う問い合わせがありました。

9月の写真展の準備も順調に進んでいるので、これからは月曜、水曜、金曜の週3回「西方見聞録」をアップして行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

 

「西方見聞録」 イタリヤ編

 

 イタリヤ・ドロミーティ地方 Vol. 1

 

ベネチアから更に北に向かうとドロミーティ地方に入ります。

ドロミーティとは南東アルプスの一部と考えても良いと思いますが、イタリヤからオーストリヤの部分で、ドロマイト(苦灰石)が取れる所だそうです。

ドロミーティ地方と言っても、イタリヤ側ではここの中心都市はコルチナダンペッツオで、次の冬季オリンピックが開かれます。

最初の写真はコルチナダンペッツオの町を山から見た風景です。

ずーっと昔に、トニー・ザイラーというスキーヤーが冬季オリンピックで三冠王になったことがあります。それが、ここコルチナダンペッツオで開催された1956年の冬季オリンピックですから、二度目の冬季オリンピックとなります。因みに、その時日本の猪谷千春が回転競技で銀メダルを取りました。大回転では、残念ながらスピードを出しすぎてすっ飛びました。

 

こんな山々がズーッと続きます。本物のアルプスの一部ですから素晴らしいですね~。

 

コルチナダンペッツオからロープウェイで上がれる山の山小屋に一泊しました。

外観は普通でしたが、内部は立派なホテル風で各部屋にシャワールームがあって、食事を含めて日本の山小屋とは・・・随分違いました。

これは、その山小屋のオープンデッキです。

 

 


「西方見聞録」 イタリヤ ベネチア編

2022年08月05日 10時41分46秒 | 日記

 

べネチアの事は話し出すと長くなるし、写真も多いのでここいらでやめておきますが、面白い話だけ・・写真・1の右側の建物は記憶に間違いがなければ、「東方見聞録」のマルコ・ポーロの生家です。そんな古い物が残っているだけでビックリでした。

 

 このコーナーは反応が少ないので、これからは大袈裟な自慢話で反感をかいながら(笑)進めていくつもりです。

 先ずは前回の自慢のツイデで・・・写真・2には白と茶色の建物がありますがこれは、塩野七生さんでも昔はなかなか取れなかった、ベネチア最高級ホテルの「ホテル・ダニエリ」、昔の総督邸跡でワグナー等有名人も沢山泊まったホテルですが・・・何と!ここに泊まりましたよ!2泊も!

 写真・3は白の建物の最上階のテラス、テラッツア・ダニエリというレストランからの眺めです。ここの朝食は雰囲気も味も最高でした。

 「ベネチアなんて、もう二度と来る事は無いだろう」と思いつつ帰国しましたが、仕事(撮影会講師)とは言え、その後2回、計3回も来る事になるとは思いませんでした。

写真・1

写真・2

写真・3

 

ベネチアの最後に、私の好きな写真をお目にかけて、ベネチアはこれでお終い!