現役の消費者「高齢者」に気づかない日本のズレ感
東洋経済Online より 230511五木 寛之:作家,和田 秀樹:精神科医
五木寛之さんと和田秀樹さんの対談をお届けします
“90歳の壁”を超え、長年の体感健康法をまとめた『シン・養生論』が話題の五木寛之さんと、ベストセラーの第二弾『80歳の壁〔実践篇〕』を上梓した和田秀樹さん。
対談前半で「考えるより感じる」ことの重要性が明らかになったあとは、人生100年時代に避けられない「ボケ」の話から。
世界有数の高齢化大国である日本が、「老い」を憎まず、忌避せず、スローランディングしながら成熟するのに必要なこととは。
(構成:斎藤哲也/写真:岡村大輔)
前編記事: 80過ぎて「病院要らずの人」が健診より重視する事
⚫︎「ボケ」にどう対処していくか
五木:今回、和田さんと認知症、つまり「ボケ」の問題について話したいと思っていました。ありとあらゆるメディアが今、ボケの問題を気にしています。高齢者の40%ぐらいが認知症になる可能性があると言われているいま、これにどう対処していくかというのは大問題なわけです。
ボケる理由の一つは、情報の遮断にあると思うんです。まず、視力や聴力が落ちるとボケやすい。だから、どうすれば聴力を維持できるかということは、ボケの問題と直結しているんですね。
2年前に、当時97歳の佐藤愛子さんと対談したんですが、リアクションが的確で速いのでびっくりしました。佐藤さんは、外国製の高い補聴器を着けていらっしゃいましたが、何台も取り替えて、やっと納得のいく補聴器に達したらしい。それだけ聴力というのは大事なんですね。
和田:認知症の大規模調査でも、難聴が認知症の大きなリスクになることがわかってきています。『80歳の壁[実践編]』でも書いたんですが、耳が遠くなってきたと感じたら、早めに補聴器を試したほうがいいんですね。
五木:年寄りは、相手が話してるときに聞えなくてわからなくても、「うん、そうだね」って、相づちを打ちたがるものなんですよ。あれをやるとダメなんだよね。年寄りじゃなくても、会議の場で聞こえてないのに「ああ、それはいい考えだね」なんて言ってる人もいますけど(笑)。
和田:聴力はもちろん大事なんですが、もう一つ大事なことがアウトプットです。年を取れば取るほど、インプットよりアウトプットのほうが脳を保つためにいいんですね。
日本人にありがちなパターンとして、「本さえ読んどけば賢くなれる」とか「数独やっていれば、脳の若さが保てる」とか、インプット依存なところがあります。
そうじゃなくて、読んだ本をかみ砕いて人と話すとか、前編で五木さんが話してくれたように、実際に体を使って試してみることが極めて大事なんです。
五木:それを「面白がってやる」ことです。好奇心を自分の体に向ける。自分のこの小さな体一つだって、無限の謎や不思議がありますから。たとえば、夜、寝ているときに、乾燥で鼻や口が渇くことがあるけど、それはどうすれば止めることができるかとかね(笑)。人間の体ほど面白いものはありません。
和田:面白がれる人にとっては、年を取ることは楽しいことなんですよね。年を取ると時間も余裕もできるわけですから。
五木:そうですよ。多少変なことしても、周りから大目に見てもらえるし。年を取るっていうのは、単に年を重ねるだけではなく、自由で面白いゾーンに入ってくと思わなきゃいけない。
⚫︎よりよいボケ方の探求
五木:もちろん僕だって、これから少しずつ自然にボケていくはず。でも、ボケるのは人間の宿命だとも思うんです。だとすれば、よりよいボケ方、羨ましいボケ方ということが、これからの私のテーマなんじゃないでしょうか。
和田:年を取って認知症になっても、ニコニコする人やお茶目な人っていますよね。たぶん、人生を楽しむ能力がある人のほうが、そうなりやすい気がします。やっぱりずっとしかめっ面で生きていると、それが板に付いてしまいますから。
五木:大げさな話をすれば、日本の資本主義社会も少しずつ良くボケていかなきゃいけないと思っているんです。個人のレベルでも、どういうふうにボケていくかを真剣に考えて、人に愛される、そして自分も気持ちがいいというボケ方を探求する。同時に、日本は世界有数の高齢化社会なんだから、それに見合ったボケ方を考えていかなくちゃいけない。
和田:世界でいちばん高齢化が進んでいるということは、世界中のお手本になるか、反面教師になるか、どちらかなんですよ。上手くすれば世界中のお手本になれるし、今みたいにコロナ自粛でお年寄りを家に閉じ込め続けたら、悲惨な国として反面教師になると思ってます。
五木:経済的なことでは、もう10年前から言い続けていることがあるんです。重工業でタンカーを造ったりするのもけっこうだけど、微小なものにシフトしていってもいいんじゃないかと思います。
たとえば、補聴器のポルシェと言われるものを創り出すとか、視力を矯正する最高の老眼鏡を創るとか。ありとあらゆる小さなもので、世界の人たちが憧れるようなものをね。そういう素地はあると思うんです。
補聴器一つにしても、苦痛のない、優秀な補聴器を作れば、これからの高齢社会にとって大きな力になるし、世界の人たちも憧れて日本にやってくるはずだ。小さな物で高価な製品を創り出す。そういう産業構造にシフトしていく必要があると思ってます。
⚫︎高齢者は「現役」の消費者
和田:大賛成ですね。いま、働けるかどうかで現役かどうかを決めてますよね。だけど僕は、高齢者が現役の消費者でいてくれることが非常に大事だと思っています。
高齢者は生産しないから戦力にならない人のように思われがちですが、今の日本ははっきり言えば消費が足りない。豊作貧乏と同じことが起こっているんですね。
そこで生産性を上げても、余計に豊作貧乏になるわけですよ。生産しないで消費だけしてくれる高齢者は、ありがたい存在なのに、そう思ってないところが、日本がいつまで経っても景気良くならず、給料も上がらない理由じゃないかと。
ところがほとんどの企業経営者たちは、若い人ばっかり見てるんですよね。私の『80歳の壁』は、おかげさまで昨年いちばん売れた本になりました。
そのせいもあって、出版社の人たちは声をかけてくれるんですけど、メーカーやサービス業の人が「高齢者向けに何かやりたいから、和田さんの話を聞かせて」と来たところは一つもないわけです。
五木:それは本当に不思議ですね。
和田:その意味では、お年寄りがまだ消費者と見なされていないんです。だけど、人口の29%いて、その8割は元気高齢者で、且つ、個人金融資産の6割とか7割を持っているんですよ。なのに、なぜ目を付けないのかが私には理解不能です。
五木:和田さんは映画監督もなさっているから、よくおわかりだろうと思うけれど、50代、60代以上の人たちが熱狂するような映画だって作ればいいじゃないですか。若者だけを相手にする映画じゃなくてね。
和田:そのとおりです。じつは僕も『80歳の壁』に合わせて、団塊の世代向けの映画を作りたいんです。というのも、団塊の世代の人たちは、若い頃、映画館に当たり前に行っていた世代です。
ところが、僕等の世代より若い人だと、映画館に行く習慣がある人は少数派です。だったら、かつて映画館に通っていた世代の人が来るような映画を作るほうが、よっぽど当たったら大きいんじゃないかと思っています。
⚫︎尊敬される老大国をめざせ
五木:国の歴史を見ていくと、青年だったその国がどんどん大人になっていく様子がわかりますよね。イギリスは、老大国として上手く年を取っている感じがしますし、ポルトガルやスペインもそうですね。
だから日本も、ジャパン・アズ・ナンバーワンみたいなものを目指すんじゃなくて、経済も政治も文化も成熟していく方向に向かっていかないと。
和田:長老として、ケンカしている国に対して「お前ら、青いなあ。戦争で勝ったって得なんかしねえんだよ」みたいなことを言えるような国になってほしいですよね。
五木:ほんとにそう思います。その点で、アメリカは上手く年を取れていないでいる感じがしますね。先輩に大英帝国があるにもかかわらず、まだ若さにこだわっている。和田さんの話を聴くと、日本もまだ若さにこだわっているんじゃないか。
以前、『下山の思想』という本を書いたことがあるんです。そのときに「下山なんて景気の悪いことを言うな」って、さんざん言われてね。でも、豊かなる下山という考え方もあるんですよ。落ち着いていい年の取り方をした国々は、ちゃんと尊敬されてるじゃないですか。
和田:北欧もそうですね。スウェーデンやフィンランドに行くと、何となくほっとするんです。お年寄りと若い人が共存しているし、あんまりガツガツしてない。
それなのに何となく豊かなんですね。高い税金を払っても、元を取るのは当たり前だと思っているから、お年寄りが堂々と福祉サービスを受けています。
五木:やっぱり日本は覚悟してね、無理に若作りしないで、本当の意味での高齢文化を作り上げなきゃいけない。尊敬される老大国になればいいんですよ。
(構成:斎藤哲也/)
💋コロナ禍でも年金受給者の年金収入は確保された,その側面は大きい。