人口問題に光?東大研究チームが解明した「オプチーボ投与で老化を治療できる可能性」
FRIDAYデジタル より 230514
’21年、老化細胞を維持できなくさせる「GLS1阻害剤」という物質を投与したマウスと投与しないマウスを比較。この実験が’22年の新事実発見につながった。老化細胞を除去した右のマウスは毛並みに艶が戻り、見た目も若い(中西真教授から提供)
⚫︎「老化」の原因とは何なのか
厚生労働省の国立社会保障・人口研究所が4月末に公表した「将来推計人口」で2070年に人口が8700万人まで減り、65歳以上が4割に迫る見通しを示した。
経済の冷え込み、労働力確保の難しさなど将来に対する不安要素が一斉に報道された。
しかし,そんな暗い見通しを払しょくしてくれるような研究を続けているチームがある。
「私たちは老化現象を解明し、どうしたら止められるのかということについて研究を重ねています。
もし老化を防ぐような薬の存在によって65歳と30歳が、肉体的にも頭脳的にも何ら変わることなく同じようなパフォーマンスを維持できるようになったら、労働者不足や介護、医療費問題も一挙に解決するのではないでしょうか」
そう語るのは東京大学医科学研究所の中西真教授だ。
そもそも老化の原因の1つは、老化細胞という、分裂が止まった細胞が、本来、体にとって不要であるにも関わらず免疫によって排除されないままゾンビのように生き延び、体内に蓄積されることで起きる現象と考えられる。
以前から、老化細胞が体の機能低下やさまざまな症状を引き起こすこと、老化細胞を除去することで、老化現象や加齢に伴う病気の発症を予防し改善することは明らかになっていた。
しかし肝心の老化細胞が体のどこにあるのか、またそれらの性質はどうなっているのかなどの詳細なメカニズムについては不明なままだった。
そんなとき、中西教授や、研究所のエース的存在であった城村由和教授(当時は助教として同研究所に勤務)らで結成された研究チームが老化に対する研究を一気に加速させる“マウス”を開発した。
遺伝子操作によって老化細胞を赤色蛍光させ、体の中の「老化細胞」を一個一個の細胞として可視化できるマウスを作ることに成功したのである。
2020年に誕生したこのマウスは今や、世界40以上の研究機関に提供され、老化研究の現場に欠かせない存在となっている。
このマウスの存在があったため、新たな成果も発表できた。
同チームは’22年11月、がんの特効薬として知られる「抗PD-1抗体」という物質をマウスに投与すると、老化細胞が体内から除去され、マウスの運動機能が若返ったと発表した。
そこで気になるのは、この研究成果は、ヒトに対しても応用できる可能性はあるのか、ということだ。
基本的に抗体は,生物種ごとに反応性が異なるため、今回のマウスのような,老化細胞の除去がもたらす効果をヒトが得ようとする場合には、ヒトのPD-1に対する「抗PD-1抗体」である「オプジーボ」を使うことになる。
オプジーポは、がん特効薬としてすでに臨床で使用されている有名な薬だ。
これを「若返りの薬」として、われわれが服用できるようになるのはズバリ、いつ頃になるのか。
城村教授は「オプジーボの効果が人間で実証されたとしても、若返りの薬として認可されることはない」と前置きした上で、こう続けた。
「若返りの薬としてではなく、老化細胞が関係すると考えられて、その中で治療法がないような病気に対する薬としてなら、実用化は可能です」
ぶら下がりの時間を調べる実験に挑むマウス。若いマウスは棒に捕まっていられる時間がおよそ200秒までのびるが、老齢のマウスではおよそ30秒まで短くなる、という結果も導き出した(中西真教授)
▶︎大幅に若返ったマウスのように、健康な高齢者が激増する可能性
日本では現状、薬剤として承認されるのは、病気の治療や症状緩和に効果があるものに限られている。
「老化」についてはまだ「単なる自然現象」という認識であり、病気とは認められていないため、若返りの薬としては服用されない、ということなのだ。
オプジーボ以外にも老化細胞を除去する別の化合物が発見されてきているが、オプジーボはがんの治療薬としてすでに実用化され、どのような副作用があるかも分かっている。
そのため、「老化」を「病気」ととらえる日が来れば、他の薬よりも最短・最少の治験で、将来的に承認に至る余地は残されている。
高齢化が顕著な日本において、「老化細胞の除去」によって改善する可能性のある病気を抱えた人たちの割合はかなり高い。
たとえば腎臓の老化によって引き起こされる慢性腎臓病(CKD)の患者数は1330万人、肺の老化によって起きる慢性閉塞性肺疾患(COPD)は700万人、蓄積した老化細胞が炎症を起こすことで発症する非アルコール性脂肪肝炎(NASH:ナッシュ)は100~200万人、老化細胞との関連が明らかにされつつある認知症は602万人、代表的な4つの疾患だけでも2800万人以上に上り、その数は年々増加傾向にある。
しかもいずれの疾患も「これ」と言えるような治療法や薬は開発されていないのだ。
令和4年11月現在の日本の人口は1億2203万1000人。
そのうち65歳以上の高齢者は3622万人だが、この人たちが疾患の予防や治療薬として優先的にオプジーボを服薬できた場合、病人が減るだけでなく、マウスが大幅に若返ったように、健康な高齢者が激増するという未来が実現しうる。
なぜなら、オプジーボで狙うのは局所の治療だけではなく、全身に蓄積している老化細胞になる。
病気が治るだけでなく、この病気の予防として服用した65歳以上の人たちの身体機能が若返る可能性もあるのだ。
老化細胞を除去に対する研究が進めば進むほど、やがて人類は禁断の果実「不老不死」を手に入れることもできそうな気がしてくるが……。
「人間の最大寿命はおおよそ120年。これは人間という生物種により決まっているようです。なので、我々が目指すのは健康長寿社会です。
寿命が尽きるその日まで、誰もが健康的に生きることが自然な社会です」(中西教授)
最近では、新型コロナウイルスで高齢者や糖尿病などの基礎疾患がある人が重症化しやすいのも、老化細胞の蓄積が関係していることがわかってきた。
老化は「単なる自然現象」なのではなく、治療可能な「病気」ととらえれば、今、日本を悩ませている「高齢者」というカテゴリーそのものが存在しなくなるに違いない。
▶︎東京大学医科学研究所の中西真教授
取材・文:木原洋美