じつは、おなじ歩くのに、平地とは「正反対の歩き方」だった…知っておきたい「山の歩き方」と「疲労の種類」
現代ビジネス より 240519 山本 正嘉
登山人口は年々増加の一途をたどり、いまや登山は老若男女を問わず楽しめる国民的スポーツになっています。いっぽう、登山人口の増加に比例して山岳事故も増えており、安全な登山技術の普及が喫緊の課題となっています。
運動生理学の見地から、安全で楽しい登山を解説した『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(📘ブルーバックス)から、特におすすめのトピックをご紹介していきます。
今回は、登山における運動強度と疲労の種類について解説します。
*本記事は、『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
⛰登山はジョギングなみの運動
早速ですが、図「生活活動やレクリエーションスポーツの運動強度と登山との対比」は、私たちが生活の中で行う運動や、レクリエーション的に行うスポーツについて、運動強度から見た位置関係を示したものです。
「メッツ」という単位でランク分けしています。1メッツとは、私たちがじっとしているときに使うエネルギーのことです。
たとえば、ゆっくり歩けば2メッツ、普通に歩けば3メッツ、早歩き(ウォーキング)では4メッツ程度となります。これは、じっとしているときと比べて、それぞれ2倍、3倍、4倍のエネルギーを使う運動になる、という意味です。
ジョギングでは7メッツ、ランニングになると8メッツと、運動が激しくなるほどメッツの値は上がり、運動がきつくなっていきます。
【図】生活活動やレクリエーションスポーツの運動強度と登山との対比
登山はどうでしょうか。
ハイキング(山道をゆっくり歩く)、無雪期登山(ごくふつうの登山のイメージ)、
バリエーション登山(雪山、岩山、沢登り、山などのよりハードな登山)と、
大まかに3つに分けてみると、それぞれの上りの場面では6メッツ、7メッツ、8メッツくらいとなります(下りの場面では3〜4メッツ程度です)。
つまりハイキングでさえ,上りの場面では、早歩きの1.5倍の運動強度になるのです。
無雪期登山の上りであれば,早歩きの1.7〜1.8倍となり,ジョギング相当の強度となります。
雪をラッセルしたり岩をよじ登るといった,よりきつい運動を行うバリエーション登山になると,早歩きの2倍となり,ランニングなみの強度となります。
下界で何時間もジョギングをすることを想像してみると,大変そうだなと思うでしょう。しかし登山では、何時間も上り続けることが珍しくありません。
登山がそれほど大変な運動に思えないのは、日常生活から解放され、気持ちよい大自然の中で行うので、つらさを感じにくいためです。
しかし実際には,身体にはかなり大きな負荷が,長時間にわたりかかり続けるということを,この図から知っていただきたいと思います。
⛰登山とウォーキングの歩き方は正反対
図1‒4で見たとおり、ごくふつうの無雪期登山をした場合、上りでの運動強度は7メッツ台となり、下界の運動でいえばジョギングなみです。このような運動を何時間も続けるのですから、身体にかかる負担をできるだけ小さくする配慮が必要です。
次の囲みは、登山と平地ウォーキングの歩き方を比べたものです。意識すべきポイントはことごとく正反対になる、といってもよいほど違っています。
🚶ウォーキングでの歩き方
速く歩く
歩幅を広げて歩く
一直線上を歩く意識で
膝を伸ばしてかかとから着地する
後ろ足で蹴り出す
腕を振る
上体を起こす
🚶♂️登山での歩き方
ゆっくり歩く
歩幅をせばめて歩く
二本のレールの上を歩く意識で
膝は曲げたまま足裏をフラットに着地する
後ろ足は蹴らない
腕は振らない
上体はやや前傾させる
ウォーキングの場合、平地を空身で歩くので、ゆっくり歩くだけでは運動の刺激が弱く、健康 や体力づくりに対する効果も小さくなります。
そこで、速く歩く、歩幅を大きくする、後ろ足を蹴り出す、腕を振るといった、運動強度を上げる工夫をするのです。
いいかえると、ウォーキングは運動強度を高めるために、わざと効率の悪い歩き方をしているのです。
登山の場合はその反対です。ジョギングと同じ強度の運動を何時間も続けるのですから、身体にかかる負担をなるべく小さくし、効率よく歩くことが不可欠です。
このため、ゆっくり歩く、歩幅は小さくする、後ろ足は蹴らない、腕は振らない、といった歩き方になるのです。この歩き方は、上りだけでなく、下りにも当てはまります。
【写真】身体にかかる負担をなるべく小さくし、効率よく歩くことが重要
登山の初心者に、自分の好きなように山を歩いてもらうと、ふだんの平地歩行と同じような歩き方やスピードで歩いて、すぐに疲労してしまう人がた くさんいます。
上りや下りで疲労せずに歩く方法は、またあらためてご説明しますが、ここでは登山は平地ウォーキングとは正反対の歩き方をするもの、と覚えておいてください。
⛰登山には、疲労にも種類がある
登山では荷物を背負って長時間、坂道を上り下りすることから、いかに疲労を防いで歩き続けるかが重要なテーマとなります。
そのためにはある程度の体力も必要になりますが、それ以前に大切なことは、現在持っている体力を上手に使って歩くための、知識と技術を身につけることです。
まず、さまざまな疲労について、全体に共通する話をしておきます。図「登山中に起こるさまざまな疲労」は、登山中に起こりうる主な疲労をあげたものです。
【図】登山中に起こるさまざまな疲労
たとえば、上りでも下りでも疲労は起こりますが、その要因は違います。
水分や塩分、エネルギー源といった、栄養の補給不足で起こる疲労もあります。
暑さ、寒さ、低酸素(高度)など、環境の要因も疲労にかかわってきます。
登山者が経験する疲労には、このようにたくさんの種類があるのです。
⚫︎疲労の種類で「防ぐ方法」「回復手段」が異なる
このことは、それぞれの疲労を防ぐ方法は異なる、ということを意味します。
そして、疲労に陥ってしまったときの回復手段もまた異なる、ということなのです。
登山中に、自分あるいはメンバーが疲労してきた場合、それが何の要因で起こったのかがわからないと、効果的な対処もできないことになります。
疲労の種別ごとに、なぜ疲労が起こるのか、どうすれば防げるのか、疲労した場合にはどう対処すればよいのかを考えていくと、自分の身体の仕組みについての理解も深めることができるでしょう。
なお、疲労とは次のように定義されています。
A それまでと同じ運動をしているのに、それを遂行する際の努力度が増大してくること
B それまでと同じ努力度で運動をしているのに、その運動能力が低下してくること
どちらも当たり前のことのようですが、登山中に自分やほかのメンバーの疲労を把握する目安として役立ちます。
具体例をあげると、Aはそれまでと同じペースで歩いているのに、きつさが増してくる場合です。Bは、それまでと同じきつさで歩いているのに、ペースが落ちてきた場合です。
ペースとは客観的(物理的)な指標、きつさとは主観的(心理的)な指標ということになります。
疲労とはこのように、客観と主観との関わり合いで考えていくことが必要です。
科学というと、主観は排除すべきものと考える方もいるかもしれません。
しかし、運動生理学で人間の身体のことを考えていく場合には、主観は排除できない重要な要素になることを頭に置いてください。
⛰登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術
安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。
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