英紙が見た日本の後継者問題 「膨大なノウハウや技術が失われようとしている」 | 企業の“死と再生”に迫る
COURRIERjapan より 220523
英「フィナンシャル・タイムズ」紙は日本における後継者不足が引き起こす問題を探ろうと、さまざまな分野の事業者に取材を敢行した。いずれのストーリーからも事業承継の苦労や、人生をかけてその事業を築き上げてきた人々の喜びの涙や、安堵のため息が感じられる。
日本の経済成長を支えた企業の「生まれ変わり」の瞬間を見ていこう──。
⚫︎消えていく日本の企業たち
オオハシ・トモユキは、神奈川県内にある自分の店の外に置かれたプラスチック製のベンチに座り、厨房の大型業務用冷凍庫を引き取りに来る業者のトラックを待っていた。もう、これで後戻りはできない。父親から店を引き継いで約35年、この先オオハシがまぐろ丼を客に出すことはもうない。
いよいよ最後の戸締まりの準備をしながら、オオハシは横浜近郊に住む息子に連絡を取ろうか思案していた。サラリーマンの息子は家業には興味がなかったが、大通りにある店の看板を撤去するのを手伝ってもらえるか聞こうかと思ったのだ。
「話をするのも、なかなか難しくてね」とオオハシは言う。ここ数年、息子とその妻との会話は口論になりがちだった。74歳のオオハシは、日本を世界第3位の経済大国へと押し上げる原動力となった世代の人間だ。そして引退の時期を迎えた彼らがいま、再び国の形を変えようとしている。
2022年、後継者不在のために約数万の日本の事業所が廃業すると見られているが、オオハシの店もそのひとつだ。なかには第三者に事業を売却するケースや、親族外の人間が承継するケースもあるが、大部分はオオハシの店のように消滅していく。
⚫︎高度経済成長が生んだ親子のミスマッチ
最近の政府の統計によれば、日本の事業主にもっとも多い年齢は69歳だという。少子高齢化が急速に進む日本の人口問題は以前から議論されてきたが、その一方で、後継者不足については長く見過ごされてきた。
そこに到来した2年に及ぶコロナ禍の規制が、危機感を強めることになる。70代半ばを迎えた事業主たちの多くは、急いで譲渡先を見つけるか、さもなくば、ずっと大切に築き上げてきた店や会社がなくなっていくのをただ見ているしかないのだ。
その結果、日本は現在、近代史上もっとも甚大になりかねないノウハウや技術、組織に蓄積された記憶の消滅の危機に直面している。それは、さまざまな事業者たちとその技能が深く組み込まれた日本の文化と国そのものに大きな影響を与えかねないと、オオハシは危惧する。
膨大な蓄積の消滅が許され、その過程で親子の間に距離を生じさせているのだとしたら、国民にとっても不幸なことである。
⚫︎廃業の波は大企業を襲う
ある角度から見れば、こうした危機は日本の成功の結果とも言える。数十年に及んだ戦後の高度経済成長は、大卒の労働人口を大幅に増加させた。親世代にとって、学歴の高い子供たちは大きな誇りであった。
一方で、そうした子供たちが家業に背を向けるようになったことは、家族の団結と孝行を重んじる文化のなかで育った親世代を落胆させた。団塊世代の子供たちの多くは都市部に移り住み、人口減少の著しい地元で親が始めた小さな工場や修理店を継ぐ気などさらさらなかったからだ。
家族間のドラマや不和はさまざまな影響を及ぼす。ファミリービジネスを専門にする静岡県立大学教授の落合康裕は、後継者不在の会社がもたらす悪影響は、単にその会社の廃業にとどまらないと指摘する。多くの場合、こうした小規模事業者は地域の中核的な存在であり、雇用を生み出しているからだ。
さらに、長いサプライチェーンのなかで重要な役割を果たしているケースも多い。後継者不在による廃業は「サプライチェーンのトップにある大企業にとっても脅威となります」と落合は話す。
⚫︎「事業存続の話を電話でするな!」
後継者問題が深刻化するなか、それに関わる産業も増えている。国内外のプライベート・エクイティ・ファンドは、そこに日本の産業界の隠された宝を買収するチャンスを見た。
近年、銀行や会計事務所、そのほかのファイナンシャル・アドバイザーたちは、事業承継を考えている経営者向けのビジネスモデルの改変を進めてきた。特に、中小企業を対象としたM&Aを支援する会社も次々と誕生している。こうした会社の大部分は、事業を売却することで利益が出るうちに、継続企業として譲渡したいという経営者のニーズに応えようとする。
革新的な試みとしては、後継者不在の事業者と、血のつながらない「息子や娘たち」を引き合わせるM&Aマッチングサービス「トランビ」などがある。だが、人々を交渉の場につかせるのは容易なことではない。大手M&A支援企業では、あらゆるケースに対応するべく、それぞれに強みを持つ多様な人材を揃えている。
たとえば、飲食店や小売店に売却について検討してもらうよう説得する場合、女性が電話営業をかけた方が成功率は高いとされる。一方、建設会社の経営者などは、男性ブローカーとしか話をしない場合がほとんどだという。
日本M&Aセンターでコールセンター業務を統括する小泊瑠美子は、こう話す。
「いまから5年前、M&Aについて知っている方はほとんどいませんでした。ですから、私たちが何を話しているか、見当もつかないわけです。なかには、そんな重大な問題を電話で話すなと立腹される方もいました。
いまでも、M&Aについてご存じの方に電話がつながるケースはめったになく、宝くじに当たるような確率です」(続く)
続編からは英「フィナンシャル・タイムズ」紙が、事業継承の場を密着取材。最初に登場するのは、古くから続くある町工場。父親が経営の一切を明文化せずに亡くなり、事業を引き継ぐことになった息子は驚くほどの借入額を知ることになる……。
いまでも、M&Aについてご存じの方に電話がつながるケースはめったになく、宝くじに当たるような確率です」(続く)
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