ワクチンでも後れをとった日本は、もはや「衰退途上国」か? 丹羽宇一郎が語る日本再生への「希望」
現代ビジネス より 211001 丹羽 宇一郎
新型コロナのワクチン開発において、日本は欧米の製薬企業に大きく後れをとってしまいました。その背景には、この30年で急速に進行した日本の研究開発力・教育力の衰退があると、 丹羽宇一郎氏は言います。新刊『会社がなくなる!』より、日本が国際的競争力を取り戻すための教育論をお届けします。
⚫︎日本の科学技術力の著しい凋落
コロナ危機を追い風として覇権を強める中国と、強い対中警戒感を示すアメリカ。米中新冷戦が先鋭化する中、その狭間にある日本の国力をデータで見てみると、その立ち位置がどんどん低くなっていることに驚きます。
日本のGDPが世界全体に占める割合は1995年の18%から2020年は6%と3分の1に急落しました。世界の企業の時価総額の推移を見ると、日本は1995年、NTT(2位)とトヨタ自動車(8位)の2社がトップ10にランクインしていますが、2020年はトヨタの43位が最高です。
コロナ危機を追い風として覇権を強める中国と、強い対中警戒感を示すアメリカ。米中新冷戦が先鋭化する中、その狭間にある日本の国力をデータで見てみると、その立ち位置がどんどん低くなっていることに驚きます。
日本のGDPが世界全体に占める割合は1995年の18%から2020年は6%と3分の1に急落しました。世界の企業の時価総額の推移を見ると、日本は1995年、NTT(2位)とトヨタ自動車(8位)の2社がトップ10にランクインしていますが、2020年はトヨタの43位が最高です。
世界競争力センター(IMD)が国ごとの競争力を示した2020年版「世界競争力ランキング」によると、世界主要63ヵ国・地域のなかで日本は34位で、過去5年間で最低順位です。東アジアの中でもシンガポール、香港、台湾、中国、韓国を下回り、27位のマレーシア、29位のタイよりも低い評価でした。
平均賃金を見ると、相対的な下落が止まらず、その傾向が回復する兆しはいっこうに見えません(表1)。
かつて「科学立国」として産業界を牽引した日本の科学技術の凋落は著しく、なかでも今世紀に入ってから、日本のお家芸だった半導体や携帯電話などのエレクトロニクス産業の国際競争力の低下には目を覆うものがあります。その生産額は最盛期の2000年から半減し、まさに息も絶え絶えの状態です。
このことは、とりもなおさず日本のハイテク企業からイノベーションが起きなくなったことを意味しています。このことを示すデータには事欠きません。
⚫︎研究・教育力の低下
日本は世界トップクラスの科学技術力を誇ってきましたが、2000年代に入ると、国の研究開発力を示す指標である論文発表数は減少に転じます。「質の高い論文」がどれだけ出版されたかを示す「TOP10%補正論文数(2016〜18年)国際シェア順位」でも、ほとんどの分野において低下傾向を示しています。
国ごとのイノベーション創出力を評価する際の指標として広く利用されている世界知的所有権機関(WIPO)の「グローバルイノベーション指数(GII)2020年版」によると、日本は前年から順位を1つ下げて16位です。
GDP比の教育投資額や大学教育などの人材とインターネット上での資産創出といった知的資産創出の項目の評価も低く、ここ10年間は13位から25位とトップ10ランクにも入っていません。
科学技術やイノベーションを発展させるには、新たな価値を生み出す人材の育成が必須です。イギリスの教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が世界の大学を研究の影響力や国際性などの基準で順位付けした「世界大学ランキング」(2021年版)によると、日本から200位以内に入ったのは、36位の東京大学と54位の京都大学の二校だけでした。
世界の上位大学をみると、ベスト10は前年同様にアメリカとイギリスの大学で占められ、アジアのトップは20位に入った中国の清華大学、次が23位の北京大学でした。
⚫︎ワクチン開発に見る日本の衰退
日本の科学技術力の衰退を見せつけられたのは、新型コロナウイルスのワクチン開発でした。欧米の製薬企業は感染拡大が始まって1年弱という驚くべきスピードでワクチンの実用化に成功しました。
欧米の製薬企業はわずか1年でワクチン実用化に成功。
一方、日本は2020年5月、ワクチンの研究開発や生産体制整備に約2000億円の補正予算を組んだものの、アメリカは1兆円以上と予算規模の差は歴然としています。
このことは、とりもなおさず日本のハイテク企業からイノベーションが起きなくなったことを意味しています。このことを示すデータには事欠きません。
⚫︎研究・教育力の低下
日本は世界トップクラスの科学技術力を誇ってきましたが、2000年代に入ると、国の研究開発力を示す指標である論文発表数は減少に転じます。「質の高い論文」がどれだけ出版されたかを示す「TOP10%補正論文数(2016〜18年)国際シェア順位」でも、ほとんどの分野において低下傾向を示しています。
国ごとのイノベーション創出力を評価する際の指標として広く利用されている世界知的所有権機関(WIPO)の「グローバルイノベーション指数(GII)2020年版」によると、日本は前年から順位を1つ下げて16位です。
GDP比の教育投資額や大学教育などの人材とインターネット上での資産創出といった知的資産創出の項目の評価も低く、ここ10年間は13位から25位とトップ10ランクにも入っていません。
科学技術やイノベーションを発展させるには、新たな価値を生み出す人材の育成が必須です。イギリスの教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が世界の大学を研究の影響力や国際性などの基準で順位付けした「世界大学ランキング」(2021年版)によると、日本から200位以内に入ったのは、36位の東京大学と54位の京都大学の二校だけでした。
世界の上位大学をみると、ベスト10は前年同様にアメリカとイギリスの大学で占められ、アジアのトップは20位に入った中国の清華大学、次が23位の北京大学でした。
⚫︎ワクチン開発に見る日本の衰退
日本の科学技術力の衰退を見せつけられたのは、新型コロナウイルスのワクチン開発でした。欧米の製薬企業は感染拡大が始まって1年弱という驚くべきスピードでワクチンの実用化に成功しました。
欧米の製薬企業はわずか1年でワクチン実用化に成功。
一方、日本は2020年5月、ワクチンの研究開発や生産体制整備に約2000億円の補正予算を組んだものの、アメリカは1兆円以上と予算規模の差は歴然としています。
しかも欧米の場合、こうした国を挙げてのバックアップはコロナ禍以後に限ったものではありません。
感染症のワクチン開発には莫大な費用を要し、企業にとってはリスクの高い案件です。感染流行が終息すれば投資した費用は回収できません。有事に対応するための使わない設備の維持管理費には毎年、億単位がかかります。国の財政支援は不可欠です。
アメリカは国家安全保障の観点から、新たな感染症に備えて治療薬やワクチンの研究開発を平時から支援しています。
バイオ企業モデルナは2013年に国防総省から約27億円、2016年に保健社会福祉省から約135億円の支援を受け、実用化の例がなかったmRNAワクチンの技術開発を続けていました。
新型コロナワクチンを一年余りで完成できたのは、こうした蓄積があったからです。
⚫︎日本は「衰退途上国」?
競争力の低下した日本が抱える課題は、いくつもあります。ただ、最大の課題は人口減少です。過去に経験したことがないだけに人口減少の恐怖を知らない日本がそれを止めることは不可能に近く、各分野の人材不足が広がることは間違いありません。
人口は国力の源です。人口が急速に減りつつある日本は「先進国」ではなく、残念ながら「衰退途上国」と位置付ける人もいます。
私が懸念しているのは、日本の経営者や政治家といったリーダーたちが日本の直面するこうした厳しい現実を直視し、謙虚に向き合い、知恵を絞って課題を解決しようとする「国への情熱」を失っているのではないか、ということです。
政治も経済も目先の利益や損得に追われ、日本をどうしていきたいのかという長期的なビジョンを描く気力を失っているように思えます。
日本は、あるいは日本の企業は人口減少という問題をどう乗り越えていけばいいのか。
これはおそらく世界でも最も難しい課題です。世界最速で少子高齢化が進み、生産力における激しい逆風が吹く中を日本はなんとかして成長していかなければならない。逆にいうと、その課題を乗り越えた時、日本の企業は世界のモデルとなれるでしょう。
⚫︎人材こそ日本の最大資源
かつての勢いを失い、国力を低下させつつある日本にも、まだまだ世界に誇るべきものがあります。それは教育を受けた人材の層の厚さです。この場合の教育とは、知識や技術だけではなく、道徳や社会規範も含んでいます。
日本再生への道はただ一つ、その教育を受けた多くの人材を生かすことです。
中国がいくら頑張って国力を伸ばしても、人材のレベルではまだまだ日本に遠く及びません。中国の中間層は急速に増加し、2025年には10億人規模に達すると試算されています。
しかし、私が長年中国を見聞した限りでは、その中間層すべてを日本の教育レベルまで引き上げようとすれば、おそらく20年では済みません。
インドが10年以内に中国を追い抜き、人口世界一になると予想されていますが、インドが日本人の教育レベルに追いつくには、中国以上に時間がかかるでしょう。国家の最大の力、最大の資産は国民です。国民は国家の宝です。同様に会社の最大の力、最大の資産は社員です。最大の資産をいかに生かすかが問われています。
⚫︎人間の頭に投資せよ
日本の中間層は年々衰退していますが、相対的に教育は広く行き渡っています。中間層に広く定着した「教育の力」こそが日本の希望の源と言えるでしょう。
その教育の力をどう利用して、社会の仕組み、国や企業のガバナンスを変えていくか。それを考えることが喫緊の課題です。
一つは「人間の頭」にこそもっと投資しなければいけない。日本の将来を切り拓く唯一の王道は教育です。国の最大の資産は人であり、その資産を大事に育てていかなければならない。人材の育成に投資していかなければ、日本は知的にも精神的にもみるみる衰退していくでしょう。
OECDの報告書「図表でみる教育2020年版」によると、2017年の初等教育から高等教育の公的支出が国内総生産(GDP)に占める割合は日本が2.86%。比較可能な38ヵ国中37位と最下位から2番目です(表2)。
表2:教育にお金をかけない日本(OECD「図表で見る教育2020年版」)
つまり日本は未来に投資していない。人材を育てて日本の底上げを図っていくには、教育にもっと資金を投じなさい。たとえば徹底的に語学を学ばせ、海外にどんどん派遣して日本がいかに遅れているか、海外にはいかに優秀な人材がいるかを体感してもらう。
貧富の差による進学差別も解消しなければなりません。教育の機会を均等にするためには、大学までの教育費を全部無料にする。生活を豊かにして、家庭教育、学校教育、社会教育という三本柱を充実させる。これらは何よりも優先するべき政策です。
国は日本人の知的衰退にようやく危機感を覚え、2020年12月、10兆円規模の大学ファンド創設を発表しました。毎年、数千億円規模の運用益をトップクラスの研究大学の強化費用に投入する構想です。
「強化」の中身はわかりませんが、ここで思考実験をしてみます。たとえばハーバード大学に留学するにはいま、一人最低700万〜800万円かかります。仮に一人1000万円とした場合、年間3%で運用できればその利益は3000億円となるので、毎年3万人も留学生を送り出せる。これが10兆円の持つ教育力です。
2021年度中に運用を始め、2023年度には運用益による大学支援を開始する予定です。高等教育の底上げは未来への大きな投資になるはずです。
感染症のワクチン開発には莫大な費用を要し、企業にとってはリスクの高い案件です。感染流行が終息すれば投資した費用は回収できません。有事に対応するための使わない設備の維持管理費には毎年、億単位がかかります。国の財政支援は不可欠です。
アメリカは国家安全保障の観点から、新たな感染症に備えて治療薬やワクチンの研究開発を平時から支援しています。
バイオ企業モデルナは2013年に国防総省から約27億円、2016年に保健社会福祉省から約135億円の支援を受け、実用化の例がなかったmRNAワクチンの技術開発を続けていました。
新型コロナワクチンを一年余りで完成できたのは、こうした蓄積があったからです。
⚫︎日本は「衰退途上国」?
競争力の低下した日本が抱える課題は、いくつもあります。ただ、最大の課題は人口減少です。過去に経験したことがないだけに人口減少の恐怖を知らない日本がそれを止めることは不可能に近く、各分野の人材不足が広がることは間違いありません。
人口は国力の源です。人口が急速に減りつつある日本は「先進国」ではなく、残念ながら「衰退途上国」と位置付ける人もいます。
私が懸念しているのは、日本の経営者や政治家といったリーダーたちが日本の直面するこうした厳しい現実を直視し、謙虚に向き合い、知恵を絞って課題を解決しようとする「国への情熱」を失っているのではないか、ということです。
政治も経済も目先の利益や損得に追われ、日本をどうしていきたいのかという長期的なビジョンを描く気力を失っているように思えます。
日本は、あるいは日本の企業は人口減少という問題をどう乗り越えていけばいいのか。
これはおそらく世界でも最も難しい課題です。世界最速で少子高齢化が進み、生産力における激しい逆風が吹く中を日本はなんとかして成長していかなければならない。逆にいうと、その課題を乗り越えた時、日本の企業は世界のモデルとなれるでしょう。
⚫︎人材こそ日本の最大資源
かつての勢いを失い、国力を低下させつつある日本にも、まだまだ世界に誇るべきものがあります。それは教育を受けた人材の層の厚さです。この場合の教育とは、知識や技術だけではなく、道徳や社会規範も含んでいます。
日本再生への道はただ一つ、その教育を受けた多くの人材を生かすことです。
中国がいくら頑張って国力を伸ばしても、人材のレベルではまだまだ日本に遠く及びません。中国の中間層は急速に増加し、2025年には10億人規模に達すると試算されています。
しかし、私が長年中国を見聞した限りでは、その中間層すべてを日本の教育レベルまで引き上げようとすれば、おそらく20年では済みません。
インドが10年以内に中国を追い抜き、人口世界一になると予想されていますが、インドが日本人の教育レベルに追いつくには、中国以上に時間がかかるでしょう。国家の最大の力、最大の資産は国民です。国民は国家の宝です。同様に会社の最大の力、最大の資産は社員です。最大の資産をいかに生かすかが問われています。
⚫︎人間の頭に投資せよ
日本の中間層は年々衰退していますが、相対的に教育は広く行き渡っています。中間層に広く定着した「教育の力」こそが日本の希望の源と言えるでしょう。
その教育の力をどう利用して、社会の仕組み、国や企業のガバナンスを変えていくか。それを考えることが喫緊の課題です。
一つは「人間の頭」にこそもっと投資しなければいけない。日本の将来を切り拓く唯一の王道は教育です。国の最大の資産は人であり、その資産を大事に育てていかなければならない。人材の育成に投資していかなければ、日本は知的にも精神的にもみるみる衰退していくでしょう。
OECDの報告書「図表でみる教育2020年版」によると、2017年の初等教育から高等教育の公的支出が国内総生産(GDP)に占める割合は日本が2.86%。比較可能な38ヵ国中37位と最下位から2番目です(表2)。
表2:教育にお金をかけない日本(OECD「図表で見る教育2020年版」)
つまり日本は未来に投資していない。人材を育てて日本の底上げを図っていくには、教育にもっと資金を投じなさい。たとえば徹底的に語学を学ばせ、海外にどんどん派遣して日本がいかに遅れているか、海外にはいかに優秀な人材がいるかを体感してもらう。
貧富の差による進学差別も解消しなければなりません。教育の機会を均等にするためには、大学までの教育費を全部無料にする。生活を豊かにして、家庭教育、学校教育、社会教育という三本柱を充実させる。これらは何よりも優先するべき政策です。
国は日本人の知的衰退にようやく危機感を覚え、2020年12月、10兆円規模の大学ファンド創設を発表しました。毎年、数千億円規模の運用益をトップクラスの研究大学の強化費用に投入する構想です。
「強化」の中身はわかりませんが、ここで思考実験をしてみます。たとえばハーバード大学に留学するにはいま、一人最低700万〜800万円かかります。仮に一人1000万円とした場合、年間3%で運用できればその利益は3000億円となるので、毎年3万人も留学生を送り出せる。これが10兆円の持つ教育力です。
2021年度中に運用を始め、2023年度には運用益による大学支援を開始する予定です。高等教育の底上げは未来への大きな投資になるはずです。
👄教育は国家百年の計 を忘れてる人々