ロシアに侵略されても備えはできている 最強の防衛戦略を持つ「軍事大国」フィンランド | 危機時には国民・企業を“総動員”
Courrier より 220423
過去にロシアから何度も占領されてきたフィンランドは、ロシア侵攻を含むさまざまな危機にも耐えられるよう、国民を総動員する形の防衛体制を以前から築いてきたという。世界が見習うべき、そんなフィンランドの安全保障戦略に、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」が迫った──。
⚫︎ロシア侵攻に備えてきたフィンランド
もしもヨーロッパで最悪の事態が起こり、ロシアがウクライナ以外の隣国を侵略したとしても、フィンランドは対応できるであろう。
まずフィンランドには物資がある。主要燃料や穀物は少なくとも6ヵ月分、製薬会社は輸入医薬品の3~10ヵ月分を戦略的に備蓄することが義務づけられている。
さらに市民の防衛力も高い。一定規模以上の建物には防空壕の設置が求められており、それ以外の場に住む人々は地下駐車場やアイスリンク、プールなどを避難所として利用できるようになっている。
そして戦闘要員も備えている。フィンランドの成人人口の約3分の1が予備役で、ヨーロッパで最大級の軍隊を結成できる。
フィンランドのEU担当大臣ティッティ・トゥップライネンは言う。「私たちは第二次世界大戦以来、このような事態に備えて社会的な準備をし、訓練を受けてきました」
旧ソ連、今はロシアの影で80年間を過ごしたフィンランドの人々には、ヨーロッパにおける戦争の脅威は「驚きではない」そうだ。
⚫︎軍事だけでない「総合的」安全保障
ウクライナでは、ロシアから自国を防衛するために一般人が武器を手にしている。その即席の「総合防衛」戦略は、世界中の人々の興味を惹きつけた。
一方、フィンランドは「総合的な安全保障」戦略を持ち、社会全体で自らを守る強力なシステムを事前に構築している。そこで想定されるのは、他国による侵略だけでなく、自然災害やサイバー攻撃、パンデミックなどもだ。
そしてこの戦略が意味するのは、軍事面の備えだけではない。危機時に法律や規則が機能するようにするための「退屈な仕事」にまで及ぶ。危機が起きる前にシステムを可能な限りレジリエンスにすべく、自国の主な弱点を絶えず探し、修正しているのだ。また、政界、財界、NGOのエリートによる非公式なネットワークも作られ、最悪の事態に備えてきた。
ウクライナ侵攻によって、ロシアと国境を1340kmも接するフィンランドも、ロシアの侵略に晒されうることが明らかになった。フィンランドのリーダーたちは現在NATOへの加盟について議論している。フィンランド人の過半数がNATO加盟を支持しているのは、フィンランド史上初めてのことだ。
しかし、同時に人口550万人のフィンランドは、独自の国家戦略の向上が急務だとも考えている。国防省のヤンネ・クーセラ防衛政策局長は言う。
「フィンランドの地政学的な位置、広大な国土にまばらに人が住んでいることを考えると、私たちは国を守るためにすべてを備えておく必要があります。
私たちは定期的にさまざまなレベルで訓練を行い、何をすべきか誰もが理解するようにしています。危機時における政治的な決断、銀行の役割、教会の役割、産業の役割、メディアの役割などです。その結果、必要なときには、この社会を“危機モード”にできるのです」
⚫︎苦い過去ゆえの徹底的な備え
フィンランドがこれほど危機に備えているのは、かつてのロシアとの戦争に端を発する。1939〜40年にフィンランドはかつてのソ連に侵略され、過酷な冬戦争を戦ったものの、国際都市ヴィボルグや主要産業地域の一部など、多くの領土を失った。そして復興の過程で、フィンランド人は「もうこれを二度と起こさない」と誓ったのだ。
「私たちは、歴史の中で何度もつらい経験をしたことを忘れてはいません。私たちのDNAに染み付いています。だからこそ、私たちはレジリエンスを保つことに細心の注意を払ってきたのです」と、サウリ・ニーニスト大統領は言う。
(2019年にウクライナを訪問したフィンランドのニーニスト大統領 Photo: Hennadii Minchenko / Future Publishing / Getty Images)
ニーニスト大統領は、フィンランド人の約4分の3が自国のために戦うことを望んでいるとする世論調査を示したが、これはヨーロッパにおいて圧倒的に高い数字だ。
フィンランドの戦時兵力は約28万人で、予備役として訓練された兵力を含めると計90万人にもなる。冷戦終結後にヨーロッパの多くの国が徴兵制を廃止し、防衛費を削減した後も、フィンランドは男子の学卒者全員を対象とした徴兵制を継続し、多くの国防費を維持してきた。
さらに侵略に対処するための詳細計画もある。国内各地の遠隔地への戦闘機の配備、主要経路への地雷敷設、橋の爆破などの陸上防衛の準備などだ。軍の諜報組織によって攻撃の可能性が検知されると部隊が動員され、可能な限り民間人は危険地域から避難させられる。
首都ヘルシンキは「スイスチーズ」のようになっていると、フィンランド国防軍の元司令官ヤルモ・リンドベリは言う。何十kmものトンネルがいくつもあり、すべての軍隊の本部は、30〜40メートルの花こう岩の下にある丘陵地にあるそうだ。
⚫︎防衛は国民の意志─危機に率先して対応するのは大企業
フィンランドは、国連の調査で、5年連続で世界でもっとも幸福な国であるとされている。そんなフィンランドの戦略の核心は、国を守り、戦おうとする国民の意志にあると防衛政策局長のクーセラは言う。
「フィンランド人であることは契約なのです。私たちは世界の幸福度ランキングでトップを保持していますが、一方でこれを守る覚悟が必要です。第二次世界大戦でほとんど崩れた経験が、私たちを強くしてくれたのです」
ニーニスト大統領も、「私たちは社会を強化し、困難な状況に対処できるよう努めています。準備と覚悟はフィンランド人の心の奥底にあるものです」と語る。
ここで特筆すべきは、フィンランドの企業部門が準備と危機管理をリードしていることだ。フィンランド国際問題研究所の安全保障専門家チャーリー・サロニウス・パステルナクは、フィンランドでは国家的危機に際して、大企業を呼び集められる状態になっていると言う。非常事態に備えた「プレッパー社会に市場経済を活用できている」そうだ。
通信、食糧、エネルギーなどの重要産業の代表は年に数回会合を開き、充分に助言も得た上で、自分たちの産業に影響を及ぼしかねない問題について話し合う。
「基本的には、ある企業や産業が影響を受けたとしても、どう問題を解決するかと考えます。たとえばバルト海が封鎖されたら国民にどうやって食糧やトイレットペーパーを供給するか、などです」とサロニウス=パステルナークは言う。
クーセラは、フィンランドの企業は“わかっている”と述べる。「企業の幹部は兵役を経験しています。防衛に失敗すれば、ビジネスも福祉も成長も望めません。それがよく理解されているのです」(つづく)
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