「ゴジラ」や「ギドラ」が強く、「ビーフストロガノフ」が悪役っぽく感じるのはなぜ?
現代ビジネス より 210810 若尾 淳子
⚫︎今、YouTubeで人気急上昇の「ゆる言語学ラジオ」
「ゴジラ」、「ビーフストロガノフ」、「ゴキブリ」……。これらの言葉に共通するイメージは? 一方、「マシュマロ」、「メロンパンナ」、「ねこ」という言葉はどうだろうか? ほとんどの人は、前者の言葉がなんとなく「悪役」っぽく、強大でトゲトゲしいイメージがあるのに対して、後者はどこかかわいくて、小さくて丸い雰囲気を感じるはずだ。
1954年に日本で生まれたゴジラ。強い怪獣の象徴として君臨するがそこには理由があるという。photo/Getty Images
なぜ私たちはこういった印象を抱くのか。その理由を「ゲンゴガク」なら、理論的に説明できるのだという。
毎日使っているのに、指摘されて初めて気が付く「言葉の秘密」について、アカデミックな知識を盛大にムダ使いしつつ、平易で身近なたとえ話で確認しながら深掘りしていくのが今、YouTubeで人気を集めている『ゆる言語学ラジオ』チャンネルだ。
出版社勤務で辞書を通読するのが趣味という言語オタクの水野太貴氏の解説と、“衒学者(げんがくしゃ)”の肩書で、ブログやnoteで執筆活動をしている聞き役&ツッコミ役の堀元見氏の掛け合いで、番組は進行していく。ともに、うんちくが大好物なおじさんだという。実際、ふたりが繰り出すうんちくレベルは、よくある「話のタネ」的なうんちく本のはるかに上を行く深さと詳しさだ。
果たして彼らは、今回のお題にどんな答えを出すのだろう?
⚫︎ソクラテスは怪獣の名前の強さを知っていた?
「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」というテーマについては,人工知能研究者による同名の書籍が話題になったこともある。では,言語学の知見からはどんなことが言えるのだろうか?
水野氏はしょっぱなから衝撃の事実を告げる! 怪獣の名前が『ゴジラ』『ガメラ』『キングキドラ』などのように『ガギグゲゴ』が頻繁に使われる理由を紐解くには、2500年前まで歴史を遡る必要があるというのだ。なんとあの哲学者のソクラテスが関係しているという。
「2500年前!? めちゃくちゃ前じゃないっすか。でもソクラテスの時代には怪獣はいない!」と突っ込む堀元氏。確かに、古代ギリシャにゴジラはいないぞ? しかし、水野氏はひるまずこう続ける。
「怪獣の名前はなぜガギグゲゴなのか、これをもう少し抽象的に言うと『(言葉の)音自体に意味はあるのか』ってことですよね。つまり『単語の意味以外に、ガギグゲゴという音自体が強いとか、でかいっていう意味を持っているのでは?』ってことです。このように音が特定のイメージを喚起させることを【音象徴】というんですが、ソクラテスはプラトンが著した対話集『クラテュロス』の中で、『音と意味とは繋がりがある』と【音象徴】的な考えを述べていました(注1)。
その後、多くの言語学者たちが『音自体に意味なんかない』と否定した歴史もあるんですが、近年、ソクラテス同様に【音象徴】に注目する学研究者が増えてきました」
ギリシャの哲学者ソクラテス(紀元前469 - 399 年)はこんな方。彼とゴジラにどんな関係が!? photo/Getty Images
ポケモン、プリキュアの名前にも秘密が!
ここで話はいきなり【阻害音】と【共鳴音】に移っていく。
「ところで、【子音】は【阻害音】と【共鳴音】に分けられるんです」と水野氏。
ところで、と言われてもいろんなことが? なので、少しずつ補足してみたいと思う。
まず、【子音】とは、呼気を口の中のどこかしらで妨げることで出す音のこと。
例えば、「か」の音を出すには、「k」という【子音】に、「a」という母音(声)が合わさり、「か」という音になる。その【子音】は、【阻害音】と【共鳴音】に分けられるというのだ。
「【阻害音】は濁点を付けられる、k、s、t、hなど。【共鳴音】は濁点を付けられないm、n、y、rとか。【阻害音】は、濁点をつけると『ギ』になる『キ』みたいなやつで、【共鳴音】は、の、や、り、などですね。このふたつの一番わかりやすい違いは、【共鳴音】は丸く、【阻害音】はトキトキして(とがって)感じるということです。
これをポケモンの名前で研究(注2)した人がいるんです。慶應義塾大学 言語文化研究所の川原繁人先生という音象徴研究者なのですが、川原先生は名前に含まれる濁音が増えれば増えるほど、ポケモンの進化レベルが高く、体重が重く、そして体長が大きくなる傾向がある、といったことを証明しています。
おもしろいのは、すでにあるポケモンの名前の調査のほかに、架空のポケモンのイラストに、学生に名前を自由に付けさせるという実験。これにより、小さくてかわいい進化前のポケモンであれば濁音が少なく名前自体が短くなり、逆に進化後の強そうな見た目のポケモンは濁音が多く名前も長くなる、という傾向が判明しました。
ポケモンの名前と音印象の研究もあるという。
川原先生は娘さんが好きだったプリキュアの名前(キュアパイン、キュアピーチなど)に、【両唇音】(パピプペポ、マミムメモなど)が多い、って研究(注3)もしていて『プリキュアになぜ両唇音が多いのか』という論文も書かれています。
他にも、オムツにマ行が多いことにも言及(注4)していて。『ムーニーマン』とか『メリーズ』とか。『パンパース』はマ行じゃないけど【両唇音】です。これは、幼児が発音しやすい音と結びついているんじゃないかと考察をされています」(水野氏)
話はあちこちに脱線するものの、思わず「へーっ」と言いたくなるような面白エピソードやうんちく話がてんこもりで、それを楽しむうちに話は徐々に結論に近づいていく。
⚫︎濁点が持つ【濁音減価】が悪役感を決定づける?
「ここまでで、なぜゴジラに『ガ行』が付くのかある程度、説明がつきそうじゃないですか? つまり『ゴジラ』は阻害音まみれだから、めっちゃカクカクしててデカくて強いイメージ。ずばり名(の音)は体を表すというわけです」(水野)
さらに水野氏が言語うんちくを上乗せ!。 「ちなみに、【清音(濁音符・半濁音符をつけない仮名)】から【濁音】になるとき、悪い評価が付け加えられる効果を【濁音減価】っていいます。
たとえば『パチャパチャ』が『バチャバチャ』になったら汚い印象になりませんか。あと『シトシト降る雨』が『ジトジト』になると急に不快感増し増しですよね」(水野氏)
すると「ああ、【濁音】が付くと急に澄んだ水音が泥水っぽくなったし、普通の雨が湿気たっぷりの梅雨になった。そういえば前から僕、濁点だらけの名前は悪役の名前だなーと思ってて。ビーフストロガノフを作るたびに『悪役の名前だな~』って思ってました」と堀元氏。たしかに「ビーフストロガノフ」は、子どもが初めて聞いたらアニメに出てくる悪役の名前だと勘違いしそうだ。
「つまり最強の悪役である怪獣の名前は、言語学的にみると【阻害音】の中でもより強そうな濁点が多用されてカクカク・トゲトゲしていて強そうだからゴジラのようにガギグゲゴになるのは必然、となるわけですね!」(堀元氏)
探検隊のリーダーである堀元氏とともに、水野氏が作り出したハプニングだらけの深い言語学の森の中をさまよった視聴者は、ここでついに出口(結論)にたどり着き『なるほどー』と激しく納得し、知的な快感を味わうことになる。
2018年に日比谷にゴジラ生誕40年でシン・ゴジラモチーフで作られたゴジラ像。トゲトゲ背びれから出る放射熱線が出そうな迫力。ゴジラにガギグゲゴがつく名前は必然だったのだ。
「【阻害音】は濁点を付けられる、k、s、t、hなど。【共鳴音】は濁点を付けられないm、n、y、rとか。【阻害音】は、濁点をつけると『ギ』になる『キ』みたいなやつで、【共鳴音】は、の、や、り、などですね。このふたつの一番わかりやすい違いは、【共鳴音】は丸く、【阻害音】はトキトキして(とがって)感じるということです。
これをポケモンの名前で研究(注2)した人がいるんです。慶應義塾大学 言語文化研究所の川原繁人先生という音象徴研究者なのですが、川原先生は名前に含まれる濁音が増えれば増えるほど、ポケモンの進化レベルが高く、体重が重く、そして体長が大きくなる傾向がある、といったことを証明しています。
おもしろいのは、すでにあるポケモンの名前の調査のほかに、架空のポケモンのイラストに、学生に名前を自由に付けさせるという実験。これにより、小さくてかわいい進化前のポケモンであれば濁音が少なく名前自体が短くなり、逆に進化後の強そうな見た目のポケモンは濁音が多く名前も長くなる、という傾向が判明しました。
ポケモンの名前と音印象の研究もあるという。
川原先生は娘さんが好きだったプリキュアの名前(キュアパイン、キュアピーチなど)に、【両唇音】(パピプペポ、マミムメモなど)が多い、って研究(注3)もしていて『プリキュアになぜ両唇音が多いのか』という論文も書かれています。
他にも、オムツにマ行が多いことにも言及(注4)していて。『ムーニーマン』とか『メリーズ』とか。『パンパース』はマ行じゃないけど【両唇音】です。これは、幼児が発音しやすい音と結びついているんじゃないかと考察をされています」(水野氏)
話はあちこちに脱線するものの、思わず「へーっ」と言いたくなるような面白エピソードやうんちく話がてんこもりで、それを楽しむうちに話は徐々に結論に近づいていく。
⚫︎濁点が持つ【濁音減価】が悪役感を決定づける?
「ここまでで、なぜゴジラに『ガ行』が付くのかある程度、説明がつきそうじゃないですか? つまり『ゴジラ』は阻害音まみれだから、めっちゃカクカクしててデカくて強いイメージ。ずばり名(の音)は体を表すというわけです」(水野)
さらに水野氏が言語うんちくを上乗せ!。 「ちなみに、【清音(濁音符・半濁音符をつけない仮名)】から【濁音】になるとき、悪い評価が付け加えられる効果を【濁音減価】っていいます。
たとえば『パチャパチャ』が『バチャバチャ』になったら汚い印象になりませんか。あと『シトシト降る雨』が『ジトジト』になると急に不快感増し増しですよね」(水野氏)
すると「ああ、【濁音】が付くと急に澄んだ水音が泥水っぽくなったし、普通の雨が湿気たっぷりの梅雨になった。そういえば前から僕、濁点だらけの名前は悪役の名前だなーと思ってて。ビーフストロガノフを作るたびに『悪役の名前だな~』って思ってました」と堀元氏。たしかに「ビーフストロガノフ」は、子どもが初めて聞いたらアニメに出てくる悪役の名前だと勘違いしそうだ。
「つまり最強の悪役である怪獣の名前は、言語学的にみると【阻害音】の中でもより強そうな濁点が多用されてカクカク・トゲトゲしていて強そうだからゴジラのようにガギグゲゴになるのは必然、となるわけですね!」(堀元氏)
探検隊のリーダーである堀元氏とともに、水野氏が作り出したハプニングだらけの深い言語学の森の中をさまよった視聴者は、ここでついに出口(結論)にたどり着き『なるほどー』と激しく納得し、知的な快感を味わうことになる。
2018年に日比谷にゴジラ生誕40年でシン・ゴジラモチーフで作られたゴジラ像。トゲトゲ背びれから出る放射熱線が出そうな迫力。ゴジラにガギグゲゴがつく名前は必然だったのだ。
⚫︎言語学というとっつきにくいテーマなのに登録者が6万人超!
「ゆる言語学ラジオ」は、「言語学」という地味なテーマを扱っているのに、登録者数は開設後たった4か月で6万人を突破。このジャンルでは驚異的な伸びを見せている「人気急上昇中チャンネル」だ。
『ゆる言語学ラジオ』のおふたり。語りだけで4カ月で6万人は驚く数字。写真/『ゆる言語学ラジオ#27』より
「言語学というとっつきにくいテーマを扱い、おじさん2人がひたすらしゃべり倒す地味な絵面、さらに平均30分、1時間超えもザラの長尺……。全然、YouTube向きじゃないですよね(笑)。
僕らも最初『1年後に登録者数1000人超えを目指そうぜ』と話していたくらいなので、正直、この急激な伸びには驚いてます。まぁいつかはうんちく好きな同好の士が見つけてくれるんじゃないかな、と期待してましたが、みんな見つけるの早すぎ!」と語るのは、堀元氏。
「YouTube自体にはすごく可能性を感じてましたが、派手さや明るさばかりを強調した演出モリモリの動画は若者にはウケても、僕らには全然おもしろくなくて。 ひょんなきっかけで出会った言語オタクの水野の話がめちゃくちゃ深くて面白いんで、水野が解説役、聞き手兼つっこみ役を僕が担当という感じで、自分たちが見たい動画を作ることにしました」(堀元氏)
専門的すぎる部分には、待っていましたとばかりに堀元氏が「ん、どういうこと?」と突っ込み、言い換えやたとえ話を駆使しながら、素人でも理解できる話にかみ砕いてくれる。視聴後、実生活では全く役に立たない知識だけれど、確実にちょっと賢くなった気分になれるカタルシス爆上がりの満足感がたまらないのだ。
この「ガギグゲゴ」の回以外にも「オレたちのベスト方言グランプリ」や「うんちくしりとりパンクラチオン(レスリング)」、「助数詞(物の数え方)シリーズ」などがある。聴くと誰かに、「ねえねえ知ってる?」と思わず伝えたくなる知識を得ることができ、ニワカ言語学者気分を味わえるはずだ。
【参考文献】
注1:プラトーン著作集(第5巻 第1分冊)言葉とイデア(第1分冊)クラテュロス(櫂歌全書 13)
注2: ポケモンの名付けにおける母音と有声阻害音の効果:―実験と理論からのアプローチ― 熊谷 学而 、川原 繁人 言語研究 155(0), 65-99, 2019 日本言語学会
注3: プリキュア名と両唇音の音象徴 川原繁人(慶應義塾大学)
http://user.keio.ac.jp/~kawahara/pdf/PreCurePaperJpn.pdf
注4: 音韻素性に基づく音象徴:――赤ちゃん用のオムツの名付けにおける唇音――
熊谷 学而 、川原 繁人 言語研究 157(0), 149-161, 2020
「ゆる言語学ラジオ」は、「言語学」という地味なテーマを扱っているのに、登録者数は開設後たった4か月で6万人を突破。このジャンルでは驚異的な伸びを見せている「人気急上昇中チャンネル」だ。
『ゆる言語学ラジオ』のおふたり。語りだけで4カ月で6万人は驚く数字。写真/『ゆる言語学ラジオ#27』より
「言語学というとっつきにくいテーマを扱い、おじさん2人がひたすらしゃべり倒す地味な絵面、さらに平均30分、1時間超えもザラの長尺……。全然、YouTube向きじゃないですよね(笑)。
僕らも最初『1年後に登録者数1000人超えを目指そうぜ』と話していたくらいなので、正直、この急激な伸びには驚いてます。まぁいつかはうんちく好きな同好の士が見つけてくれるんじゃないかな、と期待してましたが、みんな見つけるの早すぎ!」と語るのは、堀元氏。
「YouTube自体にはすごく可能性を感じてましたが、派手さや明るさばかりを強調した演出モリモリの動画は若者にはウケても、僕らには全然おもしろくなくて。 ひょんなきっかけで出会った言語オタクの水野の話がめちゃくちゃ深くて面白いんで、水野が解説役、聞き手兼つっこみ役を僕が担当という感じで、自分たちが見たい動画を作ることにしました」(堀元氏)
専門的すぎる部分には、待っていましたとばかりに堀元氏が「ん、どういうこと?」と突っ込み、言い換えやたとえ話を駆使しながら、素人でも理解できる話にかみ砕いてくれる。視聴後、実生活では全く役に立たない知識だけれど、確実にちょっと賢くなった気分になれるカタルシス爆上がりの満足感がたまらないのだ。
この「ガギグゲゴ」の回以外にも「オレたちのベスト方言グランプリ」や「うんちくしりとりパンクラチオン(レスリング)」、「助数詞(物の数え方)シリーズ」などがある。聴くと誰かに、「ねえねえ知ってる?」と思わず伝えたくなる知識を得ることができ、ニワカ言語学者気分を味わえるはずだ。
【参考文献】
注1:プラトーン著作集(第5巻 第1分冊)言葉とイデア(第1分冊)クラテュロス(櫂歌全書 13)
注2: ポケモンの名付けにおける母音と有声阻害音の効果:―実験と理論からのアプローチ― 熊谷 学而 、川原 繁人 言語研究 155(0), 65-99, 2019 日本言語学会
注3: プリキュア名と両唇音の音象徴 川原繁人(慶應義塾大学)
http://user.keio.ac.jp/~kawahara/pdf/PreCurePaperJpn.pdf
注4: 音韻素性に基づく音象徴:――赤ちゃん用のオムツの名付けにおける唇音――
熊谷 学而 、川原 繁人 言語研究 157(0), 149-161, 2020