なぜ取締役に「事業売却のプロ」を選んでしまうのか…日本企業がファンドのおもちゃになる根本原因
プレジデント onlain より 220610 秋場 大輔
⚫︎元名古屋高裁長官の綿引万里子氏が反対を表明
株主総会シーズンを迎え、またもや東芝周辺が喧(かまびす)しい。
取材に応じる東芝の綿引万里子社外取締役=2022年6月6日、東京都中央区(写真=時事通信フォト)
2020年の株主総会では、当時の車谷暢昭社長兼CEOの続投にいわゆる物言う株主=アクティビストが反発。かろうじて再任されたものの、それが経済産業省の介入あってのことだったことが後に明らかとなった。
2021年の株主総会は、前年の株主総会で経産省が圧力をかけたことの責任を重く見た株主が永山治取締役会議長(中外製薬名誉会長)と小林伸行監査委員会委員の再任を否決、社内取締役の綱川智会長兼社長(当時)が臨時の取締役会議長に就く事態となった。
そして今年は、東芝が新任取締役として今井英次郎氏とナビール・バンジー氏の選任を求めていることに対して、社外取締役で元名古屋高裁長官の綿引万里子氏が反対を表明している。
⚫︎2人が候補になることがなぜ問題なのか
これがどういう意味を持つのか、ほとんどのメディアは理解が乏しい。東芝が今井氏とバンジー氏の選任を求める議案を発表したのは5月26日だが、その際には会社側の発表を淡々と報じるにとどまった。これがただならぬことと気づいたのは6月3日に社外取締役のジェリー・ブラック氏が「今井氏とバンジー氏の2人の社外取締役選任を求めることについて、指名委員会の一部で反対があった」と明らかにしたためだ。
取締役を決める株主に対して、「この人はいかがでしょうか」と人選をするのは指名委員会の役割である。一般的に人選は複数人で構成される指名委員会の全会一致で決まるものだが、綿引氏が反対し、多数決で決まったことが分かったため急に大騒ぎした。本来なら5月26日時点で問題視すべきだったが、東芝が「指名委員会がもめました」と表明したことで、事の重大性に気づいたというわけだ。
今井氏とバンジー氏が取締役候補になったことはなぜ問題なのか。それをこれから可能な限りわかりやすく説明する。
⚫︎執行役を監督する取締役はバランスが重要だが…
株式会社とは株主が出した資金を元手に経営の執行役が事業を営み、稼ぎ出した利益を株主に還元する仕組みである。株主にとって執行役がちゃんと仕事をしているかを監督するのが取締役だ。
しかしごく最近まで日本では取締役と執行役が兼務しているケースが多く、いわば「プレーヤー」が「審判」を兼ねる企業が大半だった。そこに線を引き、プレーヤーと審判を区別しようというのが最近の流れである。
執行役が株主の負託に対して十分に応えているかを株主の代表である取締役が監督する。この仕組みを有効に機能させるために重要なのは取締役の構成だ。
2021年の株主総会は、前年の株主総会で経産省が圧力をかけたことの責任を重く見た株主が永山治取締役会議長(中外製薬名誉会長)と小林伸行監査委員会委員の再任を否決、社内取締役の綱川智会長兼社長(当時)が臨時の取締役会議長に就く事態となった。
そして今年は、東芝が新任取締役として今井英次郎氏とナビール・バンジー氏の選任を求めていることに対して、社外取締役で元名古屋高裁長官の綿引万里子氏が反対を表明している。
⚫︎2人が候補になることがなぜ問題なのか
これがどういう意味を持つのか、ほとんどのメディアは理解が乏しい。東芝が今井氏とバンジー氏の選任を求める議案を発表したのは5月26日だが、その際には会社側の発表を淡々と報じるにとどまった。これがただならぬことと気づいたのは6月3日に社外取締役のジェリー・ブラック氏が「今井氏とバンジー氏の2人の社外取締役選任を求めることについて、指名委員会の一部で反対があった」と明らかにしたためだ。
取締役を決める株主に対して、「この人はいかがでしょうか」と人選をするのは指名委員会の役割である。一般的に人選は複数人で構成される指名委員会の全会一致で決まるものだが、綿引氏が反対し、多数決で決まったことが分かったため急に大騒ぎした。本来なら5月26日時点で問題視すべきだったが、東芝が「指名委員会がもめました」と表明したことで、事の重大性に気づいたというわけだ。
今井氏とバンジー氏が取締役候補になったことはなぜ問題なのか。それをこれから可能な限りわかりやすく説明する。
⚫︎執行役を監督する取締役はバランスが重要だが…
株式会社とは株主が出した資金を元手に経営の執行役が事業を営み、稼ぎ出した利益を株主に還元する仕組みである。株主にとって執行役がちゃんと仕事をしているかを監督するのが取締役だ。
しかしごく最近まで日本では取締役と執行役が兼務しているケースが多く、いわば「プレーヤー」が「審判」を兼ねる企業が大半だった。そこに線を引き、プレーヤーと審判を区別しようというのが最近の流れである。
執行役が株主の負託に対して十分に応えているかを株主の代表である取締役が監督する。この仕組みを有効に機能させるために重要なのは取締役の構成だ。
取締役のほとんどを執行役が兼務していれば、株主は軽視されがち。だから社内の生え抜きとは一線を画した人材が監督役を務めたほうが執行の暴走は食い止められそうだが、外部の人材ばかりで取締役を構成すれば社内の事情が分かっていない監督をしかねない。
要するに取締役はバランスが重要なのだ。
⚫︎半数が「物言う株主」出身でいいのか
さて、東芝が選任を求めている社外取締役候補は2人とも東芝の株式を大量に保有する「物言う株主=アクティビスト」である。今井氏はファロラン・キャピタル・マネジメント、バンジー氏はエリオット・マネジメントのそれぞれ幹部だ。
一見、取締役は株主の代表だから、大株主の幹部が就くのは理にかなっているように見える。しかし東芝は2019年、アクティビストとの協議の結果、4人の社外取締役を受け入れている。今回の株主総会で新任候補2人が選ばれると、13人の取締役のうち実に6人がアクティビスト幹部もしくはその推薦を受けている人になる。
株主には多様な考えがある。それなのに、その代表である取締役の過半数近くが何かにつけて配当を増やせだの、社内に眠っているカネがあるのなら、それで自己株を消去し、株価を上げろと近視眼的な考え方をするアクティビストが占めて良いのか?――綿引氏が主張するのはそういうことだ。
⚫︎今の東芝にとって大事なのは再建策ではない
折しも東芝は再建策をめぐって二転三転している。前執行部が昨年11月に会社を3分割すると発表すると株主であるアクティビストが反発。これを丸め込もうと2分割案に修正したが、3月に開かれた臨時株主総会で否決された。残された道は長期的な視点で投資するファンドに株式を買い取ってもらって非上場化し、経営基盤を安定させることしかないというのが大方の見立て。
しかしその行方を左右する取締役会メンバーの多くをアクティビストが占め、他の株主は接することができない非公開情報にありつくことは、株主平等の原則に基づけば他の投資家は看過できまい。もとよりそれで東芝の未来はあるのか甚(はなは)だ怪しい。
批判をしても仕方のないことだが、多くのメディアは東芝が取締役選任議案を発表した時にはその内容を淡々と伝えた。その後、東芝が公募した再建策に10の提案があったと6月2日に発表した際には、当事者が提案者は誰なのかは明かさないと言っているのに、「手を挙げたのは米ベインキャピタルではないか」「産業革新投資機構も前向きらしい」などと大々的に報じた。
今の東芝にとって大事なのは買い手が誰なのかではない。なにしろ提案は10もあり、絞り込むのはこれからなのだから。喫緊の問題は、それを決めるメンバーに著しい偏りがあって良いのか、それを認めたらコーポレートガバナンス(企業統治)がさらに歪むのではないかということだ。
⚫︎コーポレートガバナンスを蔑ろにした企業の末路
筆者はこのほど『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』(6月9日発売、文藝春秋)を上梓した。2018年10月、LIXIL(当時はLIXILグループ)の社長兼CEOが事実上のオーナーに突然クビを言い渡されたものの、翌年に開かれた株主総会で勝利を収めて社長兼CEOに復帰、逆にLIXILを思いのままに動かしていた事実上のオーナーが会社から離れることになった顚末(てんまつ)を詳細に描いたノンフィクションである。
📙秋場 大輔『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』(文藝春秋)
⚫︎半数が「物言う株主」出身でいいのか
さて、東芝が選任を求めている社外取締役候補は2人とも東芝の株式を大量に保有する「物言う株主=アクティビスト」である。今井氏はファロラン・キャピタル・マネジメント、バンジー氏はエリオット・マネジメントのそれぞれ幹部だ。
一見、取締役は株主の代表だから、大株主の幹部が就くのは理にかなっているように見える。しかし東芝は2019年、アクティビストとの協議の結果、4人の社外取締役を受け入れている。今回の株主総会で新任候補2人が選ばれると、13人の取締役のうち実に6人がアクティビスト幹部もしくはその推薦を受けている人になる。
株主には多様な考えがある。それなのに、その代表である取締役の過半数近くが何かにつけて配当を増やせだの、社内に眠っているカネがあるのなら、それで自己株を消去し、株価を上げろと近視眼的な考え方をするアクティビストが占めて良いのか?――綿引氏が主張するのはそういうことだ。
⚫︎今の東芝にとって大事なのは再建策ではない
折しも東芝は再建策をめぐって二転三転している。前執行部が昨年11月に会社を3分割すると発表すると株主であるアクティビストが反発。これを丸め込もうと2分割案に修正したが、3月に開かれた臨時株主総会で否決された。残された道は長期的な視点で投資するファンドに株式を買い取ってもらって非上場化し、経営基盤を安定させることしかないというのが大方の見立て。
しかしその行方を左右する取締役会メンバーの多くをアクティビストが占め、他の株主は接することができない非公開情報にありつくことは、株主平等の原則に基づけば他の投資家は看過できまい。もとよりそれで東芝の未来はあるのか甚(はなは)だ怪しい。
批判をしても仕方のないことだが、多くのメディアは東芝が取締役選任議案を発表した時にはその内容を淡々と伝えた。その後、東芝が公募した再建策に10の提案があったと6月2日に発表した際には、当事者が提案者は誰なのかは明かさないと言っているのに、「手を挙げたのは米ベインキャピタルではないか」「産業革新投資機構も前向きらしい」などと大々的に報じた。
今の東芝にとって大事なのは買い手が誰なのかではない。なにしろ提案は10もあり、絞り込むのはこれからなのだから。喫緊の問題は、それを決めるメンバーに著しい偏りがあって良いのか、それを認めたらコーポレートガバナンス(企業統治)がさらに歪むのではないかということだ。
⚫︎コーポレートガバナンスを蔑ろにした企業の末路
筆者はこのほど『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』(6月9日発売、文藝春秋)を上梓した。2018年10月、LIXIL(当時はLIXILグループ)の社長兼CEOが事実上のオーナーに突然クビを言い渡されたものの、翌年に開かれた株主総会で勝利を収めて社長兼CEOに復帰、逆にLIXILを思いのままに動かしていた事実上のオーナーが会社から離れることになった顚末(てんまつ)を詳細に描いたノンフィクションである。
📙秋場 大輔『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』(文藝春秋)
簡単に言ってしまえば、事実上のオーナーから売られた喧嘩を買った社長兼CEOが敗北必至の戦でどのように逆転勝利を収めたかを書いているのだが、底流にあるテーマは「健全なコーポレートガバナンスが保たれている」などと表向き標榜している日本企業の内実がかなり疑わしいものであること、コーポレートガバナンスを蔑(ないがし)ろにすると企業はいとも簡単に危うい状態に追い込まれるということである。
だからこそ「誰が買うのか」といった東芝の行方よりも、同社の足元で起きていることに大いなる危惧を抱く。自ら「最善策だ」などといった分割案をアクティビストに否定されたため、その職を辞任することになった東芝の前社長兼CEOが、今度はアクティビスト取締役選任案に「他の取締役候補と等しく、提案・推奨している」などと宗旨変えしていることをことさら嘆かわしいと思っている。
⚫︎なぜ綿引氏は反対の声を上げたのか
LIXILでは事実上のオーナーが会社から離れた後、コーポレートガバナンスを徹底的に見直し、今に至っている。足元は不安定な株式市場の影響を受けているが、同社の株価は2021年9月に上場来高値を更新した。現在、同社で取締役会議長を務めるコニカミノルタ取締役会議長の松崎正年氏は取材で、「LIXILの歪んだコーポレートガバナンスを司っていた人々が一掃され、焼け野原のような状態になっていたから2年半で健全化することができた。それが株価にも反映されているのだろう」と語る。
ちなみに東芝の取締役選任議案に反対した綿引氏は東芝の社外取締役を務める傍ら、2021年6月の株主総会でLIXILの社外取締役にも就いている。拙書は2018年から2019年の出来事を描いているので、執筆する上で綿引氏には取材をしていない。
しかし綿引氏がメディアの取材にわざわざ応じ、「東芝の取締役選任議案には問題がある」とあえて声を上げているのは、LIXILの取締役会メンバーとして、愚直に健全なコーポレートガバナンスを追求している経験が背景にあるからだと確信している。
◆秋場 大輔(あきば・だいすけ) ジャーナリスト 1966年、東京生まれ。
日本経済新聞社で電機、商社、電力、ゼネコンなど企業社会を幅広く取材。編集委員、日経ビジネス副編集長などを経て独立。
💋企業の存在意義が…日本企業では…少なくとも株主優先では…滅