ミトコンドリアに次ぐ新たな細菌を「人工的に細胞内に共生させる」研究が進行中
ナゾロジー より 211029 川勝康弘
細胞の中に私たちを癒す共生細菌を飼えるようです。
アメリカのミシガン州立大学(MSU)で行われた研究によれば、遺伝子操作された細菌をマウスの免疫細胞の中で安定的に保持し、細胞の行動や運命を変化させることに成功した、とのこと。
共生細菌の遺伝子を、免疫細胞の追加の制御機構にすることで、がんや関節炎などの治療に役立つと期待されます。
(研究内容の詳細は10月7日に、プレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。)
■目次
ー細胞内に新規の「共生細菌」を保持させることに成功
ー共生細菌は細胞に追加能力を与える
⚫︎細胞内に新規の「共生細菌」を保持させることに成功
動物や植物の細胞の中には、ミトコンドリアや葉緑体など、かつて独立した生命であった存在が共生体として住み着いています。
かつて動物と植物の祖先(真核生物)には、酸素呼吸能力も光合成能力もありませんでしたが、ミトコンドリアの取り込みによって細胞は酸素呼吸が可能になり、葉緑体の取り込みによって光合成が可能になりました。
ミトコンドリアや葉緑体は独自の遺伝子を持ち、動植物に新たな能力を与えています。
そこで近年の生物学では、細胞内部に有用な細菌を共生させる試みが続けられています。
新たな共生生物を得ることができれば、ミトコンドリアや葉緑体が与えてくれたような劇的な変化を細胞に起こすことが可能となるからです。
今回、ミシガン州立大学の研究者たちはマウスの免疫細胞(マクロファージ)に、遺伝子操作された枯草菌を住まわせる試みを行いました。
実験の第一段階は、枯草菌をマクロファージ内部に、安定的に定着させるために行われました。
マクロファージの主な役割は、不要物や異物・病原体を内部に取り込んで(食べて)消化することにあります。
そのため通常の細菌はマクロファージに食べられてしまうと「食作用」によって消化・分解されてしまいます。
そこで研究者たちは枯草菌の遺伝子を操作して「細胞の胃袋」とも言える小胞を喰い破るために必要な特殊な酵素を与えました。
結果、遺伝子操作された枯草菌は99%のマクロファージの中に入ることに成功します。
しかし細菌を細胞の内部に入れただけでは、有用な効果は得られません。
そこで研究者たちは枯草菌の遺伝子に追加で、マクロファージの行動を変化させるためのスイッチをいくつか加えました。
マクロファージには、がん細胞や病原体を攻撃するための「炎症モード」と傷ついた組織の再生を促進させ炎症を抑える「修復モード」が存在しています。
研究者たちが「炎症モード」をスタートさせるスイッチを入れたところ、予想通りマクロファージは「炎症モード」へと移行する様子が確認され、抗炎症性サイトカイン(IL-10)が減少しました(炎症が促進された)。
また「修復モード」をスタートさせるスイッチを入れたところ、逆に抗炎症性サイトカイン(IL-10)の増加が確認されました(炎症が抑制された)。
この結果は、内部の共生細菌を制御することで、マウスのマクロファージの行動に影響を与えられたことを示します。
⚫︎共生細菌は細胞に追加能力を与える
今回の研究により、免疫細胞に非常に効率よく定着可能な、人工的な共生細菌を生産することに成功しました。
マクロファージに取り込まれた遺伝操作された枯草菌は分解されることなく増殖することが可能です。
また枯草菌に仕込まれたスイッチを作動させることで、マクロファージの行動を「変化」させることに成功しました。
ただ現時点ではマクロファージのモードを完全に「制御」するには至っていません。
人工的な共生細菌が細胞に与える影響は未知の部分が多く、スイッチはIL-10 などいくつかのサイトカインに対しては予想通りの働きをしましたが、予想外の反応を示すケースもありました。
ただ人工的な共生細菌による利益は、将来的には計り知れないものになる可能性があります。
例えば共生細菌の遺伝子に細胞を幹細胞に変化させるするスイッチと、幹細胞を再び普通の細胞に戻すスイッチを入れることで、脳細胞の一部を幹細胞にして増殖させ、再び脳細胞に戻すといった方法で、細胞の補給が可能になります。
また共生細菌の遺伝子に「DNA修復酵素」や「テロメラーゼ」など細胞の不死化にかかわる因子を加えることができれば、寿命の延長も可能になるかもしれません。
この技術は本質的に人間や動物の細胞の遺伝子を書き換えずに、細菌の遺伝子を書き換え、共生させるだけで達成可能であるため、倫理的な問題を回避できるでしょう。
さらに研究者たちは、豆などの植物の根に生息する窒素固定細菌を共生生物化する計画もするめているとのこと。
細胞と人工的な共生生物との新たな関係は、あらゆる医療上の問題の解決策になるかもしれません。
■元論文
Engineered endosymbionts capable of directing mammalian cell gene expression https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.10.05.463266v2