神は愛 白髪は美の冠 白髪は輝く冠 

聖書の音信、日々のニュース関連を書いています。

【感動】17yo moggy 13年も行方不明だった猫が見つかったと連絡が

2020年08月22日 | 日記

17yo moggy finally home after 13 years as a stray

13年前に4歳(2005年)だった愛猫のブーが見つかったと電話が入りました。
ブーが行方不明になったのは2005年のこと。

ウェストヨークシャー州ハロゲート在住で飼い主のジャネットは、近隣に捜索のポスターを貼るなど懸命に捜索するも手がかりはなし。

いつしかブーのことはあきらめ、どこかで元気でいてほしいと願うだけでした。

ところが13年が過ぎた2018年に、40マイル離れた町で見つかったとの電話を受けます。

何かの間違いだろうと信じなかった彼女でしたが、埋め込んであったマイクロチップの情報はたしかにブーのものでした。

再会を果たしたブーは年老いていたものの、ジャネットのことをちゃんと覚えていた。

 

 

 

17 Year Old Cat Returns Home After Going Missing 13 Years Ago


相手を思いやる   偏見を持つのはなぜ?  聖書

2020年08月22日 | 日記


相手を思いやる


偏見を持つのはなぜ?

 

自分と違うところにばかり注目するなら,それが欠点だと考えてしまいます。自分と違う人たちを見下げるようになり,相手を思いやるのが難しくなります。心の中に偏見が生まれているのかもしれません。

聖書の言葉
「喜ぶ人と一緒に喜び,泣く人と一緒に泣きましょう」。
(ローマ 12:15)

説明 これは相手を思いやるということです。相手の身になって考え,相手と同じように感じることです。


なぜ大切か
相手の身になって考えると,自分と似たところがたくさんあることに気付きます。物事に対する感じ方や反応の仕方などです。

人種や国籍が違っていても,全ての人は同じ地球に住む一つの家族です。共通点がたくさんあることが分かると,相手を厳しい目で見ることもなくなります。

思いやりがあると敬意を持つようにもなります。セネガルのアンマリーは,階級が低いとされる人たちを見下げていました。でも,その人たちを思いやるようになりました。
こう言っています。「その人たちがつらい目に遭っているのを見て,自分が同じ立場だったらどう感じるだろうと考えました。自分は階級が高い人だと思っていましたが,本当にそうだろうかと考えました。
その人たちより優れているわけでも立派なことをしたわけでもありません」。相手の苦労を知るように努めると,厳しく批判するのではなく,思いやれるようになります。


できること
特定のグループの人たちを良く思っていないなら,自分と違うところに注目するのではなく,似たところを探すようにしましょう。例えばこんな時,その人たちはどう感じるでしょうか。


家族と食事をしている時

1日のきつい仕事を終えた時

友達と一緒にいる時

好きな音楽を聴いている時

それから,相手の立場に自分を置いて考えてみましょう。例えば…

誰かに見下されたら,自分はどう感じるだろうか。

自分のことをよく知らない人から悪く言われたら,どう思うだろうか。

相手と同じグループだったら,どう接してほしいだろうか。

 

偏見を捨てた人 ロバート(シンガポール)
「ろう者は変わり者で知的な遅れがあり,神経質だと思っていました。それで関わらないようにしていました。でも,自分に偏見があるとは思っていませんでした。
ろう者の立場になって考えることで,偏見を捨てることができました。ろう者は話し掛けてもけげんそうな顔をしているので,知的なハンディがある人たちだと思い込んでいました。
でも,もし自分も耳が聞こえなかったらどう反応するだろうかと考えてみました。やっぱり,けげんそうな顔になると思います。
補聴器を付けて多少聞こえたとしても,私の表情からは必死に話を聞こうとしていることが伝わらないと思います。ろう者の身になって考えてみたら,偏見は消えてなくなりました」

 

 

相手の良いところを知る へ続く>>>

 

               


事実を知る 偏見を持つのはなぜ? ~聖書

2020年08月22日 | 日記

事実を知る

偏見を持つのはなぜ?

 

偏見の多くは誤解や間違った情報から生まれます。

例えば,こんな誤解や偏見があります。

女性は理系や技術関係の仕事に向いていない。

中世ヨーロッパでは,ユダヤ人が井戸に毒を入れたり病気を広めたりしたといううわさが流れた。
ナチ政権下のドイツでも,ユダヤ人のせいで経済危機が起きたと言われた。そのためにユダヤ人はひどく差別された。今もその名残がある。

体に障害がある人は暗くてイライラしている。

そういう偏見を持つ人はもっともらしい証拠や実例を挙げるかもしれません。自分に同意できない人たちのことを無知だと考えることさえあります。

 

聖書の言葉

「知識がないのは良くない」。
(箴言・格言 19:2)

説明 事実を知らないと間違った判断をしてしまいます。不正確な情報を信じると,人に間違ったイメージを持ってしまいます。

 

聖書は特定の人種やグループをえこひいきしている?
そう思っている人たちもいます。でも聖書にはどんなことが書かれていますか。

 

全ての人は共通の先祖から生まれた。「神は1人の人から全ての国の人を造った」。
「そして,1人の人から全ての国の人を造って地上全体に住まわせ,さまざまな事柄の時を定め,人が住む所の限界を決めました」。
(使徒 17:26)

 

神様は公平。「神は不公平ではない……。神を畏れて正しいことを行う人はどの国の人でも神に受け入れられる」。
「そこでペテロは話し始めた。『神が不公平ではないことがよく分かりました。神を畏れて正しいことを行う人はどの国の人でも神に受け入れられるのです』」。
(使徒 10:34,35)

 

神様は人の外見ではなく内面に注目している。「人間は目に見えるものを見るが,神は心の中を見る」。
『しかし神(エホバ,ヤハウェ)はサムエルにこう言った。「彼の容姿や背の高さに注目してはいけない+。私は彼を選んでいない。人間の見方と神の見方は違う。人間は目に見えるものを見るが,神(エホバ,ヤハウェ)は心の中を見る」』。
(サムエル第一 16:7)

 


なぜ大切か
事実を知ると,広く受け入れられている間違った情報をうのみにしなくなります。特定のグループについて誤解していたことに気付くと,他のグループの人たちに対する自分の見方も見直すようになるかもしれません。

偏見を捨てた人 ヨビツァ(バルカン半島)
前の記事に出てきたヨビツァは地元の人や,ニュースやテレビ番組から,ある少数民族について良くない話を聞いて育ちました。
「私はその人たちに偏見を持つようになり,やがて毛嫌いするようにもなりました。そう感じる自分は全然間違っていないと思っていました。でも軍に入隊した時,その少数民族の人たちと一緒に生活することになりました。彼らについていろんなことが分かりました。彼らの言語を学び,フォークソングを聴くようになりました。一緒にいるのが楽しくなり,彼らに対する見方が変わりました。ふとしたことで以前の感情が湧いてきてしまうので,その少数民族のことを悪く言うニュースを見ないようにしています。彼らを笑いものにした映画やコメディー番組も見ていません。偏見にとらわれると,相手に怒りや憎しみを感じることさえあるんです」。

 

できること
特定のグループの人をひとくくりに考えないようにしましょう。自分の持つイメージがそのグループ全員に当てはまるわけではないからです。

自分が知っている情報には限りがあることを認めましょう。

信頼できる情報源から正確な情報を得るようにしましょう。

               

 

 


偏見 なぜなくならない? ~聖書

2020年08月22日 | 日記


私は,エホバの証人ではありませんが,時々,
エホバの証人より配布いただいてる,「目ざめよ」誌・「ものみの塔」誌,パンフレット等より引用の記事もあります。
(どこの宗教,宗派にも属していません)
*いろんな宗教にも交わりました(立正佼成会,創価学会,キリスト教のカトリック,プロテスタント等)
その中で,聖書に忠実に教えてるのは,エホバの証人と思います。

 

目ざめよ! 2020 No. 3 

偏見 なぜなくならない?

 

初めに

周りの人が持つ偏見には気付くかもしれませんが,自分の偏見にはなかなか気付かないものです。

どんな人にも公平に接するのに役立つ5つのポイントがあります。


偏見はウイルスのようです。気付かないうちに感染してしまうことがあります。

 

どんなことで偏見を持つのでしょうか。国籍,人種,民族,言語,宗教,性別,社会的地位などさまざまです。

年齢,教育,外見で人を判断してしまうこともあれば,体に障害がある人に先入観を持つこともあります。でも,それが偏見だということに自分では気付いていません。

 

周りの人が持つ偏見には気付くかもしれません。でも,自分の偏見にはなかなか気付かないものです。実を言うと,全く偏見のない人はいません。

社会学者のデービッド・ウィリアムズ博士によると,自分が良く思っていないグループの人に会うと,「その人を差別してしまい,しかも本人はそのことに気付いていません」。

ヨビツァはバルカン半島のある国に住んでいます。その国の少数民族についてこう話しています。
「その民族にいい人なんて一人もいないと思っていました。でもそれが偏見だとは気付いていませんでした。事実だと思っていたんです」。

 

多くの国では,差別や偏見を阻止するためにいろいろな法律が制定されていますが,偏見はなくなっていません。

なぜでしょうか。法律は人の行動を規制することはできても,考えや気持ちを変えることはできないからです。

偏見は人の心の中で始まります。では,偏見はこの世界からなくならないのでしょうか。

 

続く記事では,心の中から偏見を取り除くのに役立つ5つのポイントを考えます。