スウェーデンの時の写真は、今でもアルバムに貼らないでそのまま束になって持っています。
私が2人の子供の母になっても時々当時のことを思い出していました。
不思議な事に圭吾さんのことよりもおじ様の事を思い出していました。
おじ様に注意されたこと。
おじ様に叱られたこと。
教えられたこと。
あんなに自由のない生活だったけれど
あんなに他人の私を大事にしてくれた人はいないだろう。と・・・
決して幸せな結婚生活を送っていなかった私にとって
人を傷付けて自分が幸せになることは有り得ないのだろうと
身をもって感じていた私は、時が経つにつれて“懺悔”という気持ちが深まってきたのです。
『いつか再びスウェーデンに行こう!そしておじ様のお墓に懺悔しに行こう!』
それが私の当時の思いでした。
その思いは、何年経っても消えることはありませんでした。
そして遂に私は、二十数年経って2008年の6月にスウェーデン行きを実現させたのです。
つづく・・・
私が2人の子供の母になっても時々当時のことを思い出していました。
不思議な事に圭吾さんのことよりもおじ様の事を思い出していました。
おじ様に注意されたこと。
おじ様に叱られたこと。
教えられたこと。
あんなに自由のない生活だったけれど
あんなに他人の私を大事にしてくれた人はいないだろう。と・・・
決して幸せな結婚生活を送っていなかった私にとって
人を傷付けて自分が幸せになることは有り得ないのだろうと
身をもって感じていた私は、時が経つにつれて“懺悔”という気持ちが深まってきたのです。
『いつか再びスウェーデンに行こう!そしておじ様のお墓に懺悔しに行こう!』
それが私の当時の思いでした。
その思いは、何年経っても消えることはありませんでした。
そして遂に私は、二十数年経って2008年の6月にスウェーデン行きを実現させたのです。
つづく・・・