Dr. Jason's blog

IT, Engineering, Energy, Environment and Management

専門家と専門分野,学際的プロフェッショナル

2005-11-24 | Business
 知人と, 11/20のblog に書いた官僚の専門性に関連して,メールでいくつかやり取りした.
 知人が,その内容を,是非 blog の記事にというので,書いてみることにした.


 まず,日本では「博士号」をもっているようなレベルの「専門家」は,大学の先生か,公的機関か大企業の研究所にいる人がほとんどだが,欧米では,民間企業でそれも研究職ではない人も多い.独立系コンサルタントで,博士という人も沢山いる.
 また,複数の専門分野や,複数の修士以上の学位や,専門的な資格を持っている人も沢山いる.いくつか例をあげてみよう.


 欧米の大きな学会,IEEE(www.ieee.org)や,ACM(www.acm.org) の役員選挙のために送られてくる候補者の経歴書をみると,まず,大学教授でない人でも Ph.D.の学位をもっている人が多い.また,
  Ph.D. 博士号
  P.E. Professional Engineer (米国の技術士)
  C.E. Certified Engineer (英国の技術士)
  PMP Project Management Professional (国際公認のプロジェクトマネージャ)
のいずれも,持っていない人は,むしろ少ない.これらの学位や資格を複数もっている人もいる.
あるいは,
  工学士 or 工学修士 + MBA(経営管理修士) or AMP(ビジネススクールの上級経営プログラム)
という人もいる.


 16年ぐらい前,実際に,私が勤務していた会社のシリコンバレーの本社では,以下のような複合的,学際的専門分野をもつ人が少なからずいた.
  工学士 + MBA
  工学修士 + MBA
  工学修士 + 弁護士
  MBA + 弁護士

 そのため,ただ,
  工学修士
  文系の学士 + MBA
だけぐらいでは「普通」という感じだった.

 少し先輩の,社内弁護士だった,T氏(高校のときに渡米した日本人)は,
  コンピュータ工学修士, 会計学修士, 法務博士(ロースクルー)
 という経歴で,特許などの知的所有権の専門家の弁護士だった.
 日本では,弁護士の絶対数が少ないので,有名な大企業でも社内弁護士は珍しい.わたしが入社した当時この会社の社員は,まだ500名弱だったが,3名の弁護士いた.T氏はその中でも一番若手だった.社員が800名になる前に,社内弁護士は4名になった.

 ベテランの人のエンジニアの中には,P.E. の資格を持った人もいたし,技術分野の副社長やディレクタの半分ぐらいは,もちろん,Ph.D. だった.
 ソフトウェアの分野では,
  ソフトウェア戦略担当副社長(前ソフトウェア技術副社長)
  オペレーティングシステム開発担当部長
  コンパイラ開発担当部長
は,3人とも,Ph.D. で,エンジニアとしてだけでなく,マネジャーとしても優秀だった.

 このころに知り合った,M氏は米国の業界では有名なプログラマで,ソフトウェアのコンサルタントもしており,
  コンピュータサイエンスのPh.D.
  MBA
という経歴だった.


 ビジネスの世界に目をむけてみよう.
 日本では,「博士号」をもつレベルの「専門家」は,「視野がせまい」というイメージがあるようだが,そうでない人も多い.
 先日亡くなった,ドラッカー先生は,大半の人には経営学の大家と思われているが,博士の学位は国際法であり,最初の仕事は,貿易商社の見習い,投資銀行の証券アナリスト,新聞社の記者等だった.米国の大学で教えはじめたときは,政治,経済,歴史,哲学などを教えていた.
 GE の経営と人材の輩出で,有名な元CEO ジャック・ウェルチ氏は,一般にはゼネラリストと思われているが,彼は,化学の Ph.D. で,GEのプラスチックの部門のエンジニアだった.
 日本人の経営戦略コンサルタントで,ただ一人世界的に知られている大前研一氏は,原子力工学の Ph.D. で,新人のころは日立で原子炉の設計をしていた.
 経営戦略コンサルタントで沢山の著作があり,多摩大学の教授もつとめる田坂広志氏も,原子力関係の工学博士であり,新人のころは某メーカーに勤務していた.



 政治の世界に目を向けてみよう.
 まず,米国政府の要人の経歴.一部だが,以下に日本語になった詳しい情報がある.
  http://japan.usembassy.gov/j/info/tinfoj-bushadmin.html
 
 元々スタンフォード大学の教授だったライス国務長官が博士号をもっていることはよく知られているが,他にも博士がいる.ブッシュ大統領はMBA保持者で最初の大統領らしい.チェイニー副大統領も博士課程まで進学したらしい.もちろん「弁護士あがり」の人もいる.

 日本の政府とは大分違うように思う.
# そもそも,このような詳細度で経歴が公開されていない.

 

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ドラッカー自伝「20世紀を生きて」

2005-11-24 | Business
 昨日 Amazon.co.jp から「ドラッカー 20世紀を生きて -私の履歴書-」が届いた.
 これは, 11/13日の blog のドラッカー先生の訃報 の中で,写真とリンクだけを載せていたものだ.

 ドラッカー先生のような先人の自伝的な書は「ロールモデル」としても非常に貴重であると思う.

 本書は,2005年2月に日本経済新聞の紙面上で「私の履歴書」として27回にわたって連載されたものを下敷きにして,そのインタービュー,翻訳等を担当した,編集委員の牧野 洋 氏 による,解説,年表,著作,論文/記事などの一覧を追加して一冊にまとめたものである.

 ギムナジウム卒業後,17歳でハンブルグで貿易商社の見習いからスタートし,大学の講義には出席せず,もっぱら読書によって学び,フランクフルトでは新聞の編集者を生業とする傍ら,大学の助手も続け国際法の博士号を取得したことは,本書で初めて知った.第二次世界大戦前のドイツで,働きながら学位を取得するのがそう簡単だったとは思えないが,「当時の大学では,試験さえ通れば大丈夫で,21歳で国際法の博士号を取得していた.」とさりげなく書かれている.
 また,最も成功した経営者の一人といわれる,GEの元CEOジャック・ウェルチに対して,1981年から5年間コンサルタントをしていたことも,初めて知った.

 まだオーストリアが帝国だったころ,すなわち第一次世界大戦前のウィーンの話しから,つい最近までの話しまで,ドラッカー先生の読者にとっては,興味深いエピソードが満載である.
 

ドラッカー20世紀を生きて―私の履歴書

日本経済新聞社

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