昨日 Amazon.co.jp から「ドラッカー 20世紀を生きて -私の履歴書-」が届いた.
これは, 11/13日の blog のドラッカー先生の訃報 の中で,写真とリンクだけを載せていたものだ.
ドラッカー先生のような先人の自伝的な書は「ロールモデル」としても非常に貴重であると思う.
本書は,2005年2月に日本経済新聞の紙面上で「私の履歴書」として27回にわたって連載されたものを下敷きにして,そのインタービュー,翻訳等を担当した,編集委員の牧野 洋 氏 による,解説,年表,著作,論文/記事などの一覧を追加して一冊にまとめたものである.
ギムナジウム卒業後,17歳でハンブルグで貿易商社の見習いからスタートし,大学の講義には出席せず,もっぱら読書によって学び,フランクフルトでは新聞の編集者を生業とする傍ら,大学の助手も続け国際法の博士号を取得したことは,本書で初めて知った.第二次世界大戦前のドイツで,働きながら学位を取得するのがそう簡単だったとは思えないが,「当時の大学では,試験さえ通れば大丈夫で,21歳で国際法の博士号を取得していた.」とさりげなく書かれている.
また,最も成功した経営者の一人といわれる,GEの元CEOジャック・ウェルチに対して,1981年から5年間コンサルタントをしていたことも,初めて知った.
まだオーストリアが帝国だったころ,すなわち第一次世界大戦前のウィーンの話しから,つい最近までの話しまで,ドラッカー先生の読者にとっては,興味深いエピソードが満載である.
これは, 11/13日の blog のドラッカー先生の訃報 の中で,写真とリンクだけを載せていたものだ.
ドラッカー先生のような先人の自伝的な書は「ロールモデル」としても非常に貴重であると思う.
本書は,2005年2月に日本経済新聞の紙面上で「私の履歴書」として27回にわたって連載されたものを下敷きにして,そのインタービュー,翻訳等を担当した,編集委員の牧野 洋 氏 による,解説,年表,著作,論文/記事などの一覧を追加して一冊にまとめたものである.
ギムナジウム卒業後,17歳でハンブルグで貿易商社の見習いからスタートし,大学の講義には出席せず,もっぱら読書によって学び,フランクフルトでは新聞の編集者を生業とする傍ら,大学の助手も続け国際法の博士号を取得したことは,本書で初めて知った.第二次世界大戦前のドイツで,働きながら学位を取得するのがそう簡単だったとは思えないが,「当時の大学では,試験さえ通れば大丈夫で,21歳で国際法の博士号を取得していた.」とさりげなく書かれている.
また,最も成功した経営者の一人といわれる,GEの元CEOジャック・ウェルチに対して,1981年から5年間コンサルタントをしていたことも,初めて知った.
まだオーストリアが帝国だったころ,すなわち第一次世界大戦前のウィーンの話しから,つい最近までの話しまで,ドラッカー先生の読者にとっては,興味深いエピソードが満載である.
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