遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『献心 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-04-16 11:19:47 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第10弾。2013年6月に刊行された。これがこのシリーズの最終巻となる。

 冒頭に人事案についての会話が書き込まれる。おもしろい書きだし。だが、それは、その後背景に退いてしまう。方向性が暗示されるにとどまる。
 さて、第9弾の末尾の長野と高城の会話がこのストーリーの起点になる。
 長野は綾奈の白骨遺体が発見された後、長野は己の率いる班のメンバーとともに、己の裁量で潜行して聞き取り捜査を続けていたのだ。世田谷区北沢に住む平岡真之、45歳に聞き込みをした際、彼は思わず綾奈を見たと証言したのだ。平岡は12年前、事件の直後に今の住所に引っ越ししていた。平岡は携帯電話会社の営業部の課長で、結婚して1年か2年ぐらいで奥さんを亡くし、その後独身だという人物。
 
 白骨死体の発見を契機に、殺人・死体遺棄事件として、杉並西署に捜査本部が立った。そこには追跡捜査係も加わっている。だが、高城は捜査一課長から直々に、捜査本部への出入り禁止通告を受けていた。「被害者であれ加害者であれ、身内の人間がかかわった事件に関する捜査は担当しない」という原則が適用されたのだ。また、異例づくめ事件として、捜査本部の士気が上がっていないという噂も流れていた。
 長野と高城はひそかに会って相談する。長野は「捜査本部の連中を当てにしちゃいけない。今回はとにかく、俺たちだけでやるべきだ」(p18)と主張する。12年前に行方不明となった綾奈を探し回った長野は、熾火の如き復讐心に油が注がれた状態になっていた。高城は勿論、綾奈の遺体発見に対し、個人的な問題として、犯人の捜査と逮捕を己の使命とした。長野と高城は、二人で再度平岡に聞き取り捜査をすることからスタートする。

 高城と長野が飛び込みで平岡に面談し、聞き込み捜査をするのだが、綾奈を見たと証言した平岡の発言が後退し、目撃状況の発言が至極曖昧なものに変質した。高城と長野は、刑事の勘として、そこに違和感を感じる。長野は平岡を動向監視対象としていく。
 長野班の捜査のやり方が、平岡の反発を買い思わぬ物議を醸すことになる。弁護士を介して捜査一課長に抗議を申し立てる行動に出たのだ。意外なことに、弁護士である法月の娘・はるかがその仕事を担当したのだった。法月と娘が間接的に綾奈の件に関わりをもつ形になる。抗議を受け長野の立場は苦しくなることに・・・・。一方、高城はその件を、刑事総務課大友鉄からの連絡で知る。その大友が最後に「それより、高城さん?」「応援してますから」(p94)と個人的なメッセージを告げるところがいい!
 高城は愛美の同行で、法月はるかに面談する機会をもつ。
 読者にとっては、平岡の態度と行動に、それはなぜかと興味津々とならざるを得ない。
 
 高城は杉並西署の捜査本部に出入り禁止とされたが、自ら捜査本部にアプローチしていく。「他意はないですよ。娘のことでお世話になっているんだから、陣中見舞いぐらいは当然じゃないですか」(p62)と。所轄の刑事課長に挨拶した後に、捜査本部に加わっている追跡調査係の西川大和と沖田大輝に質問して状況を尋ねる。
 勿論、この事件に劇的な突破口などありえない。足を使った地道な聞き取り捜査が中心となっていく。高城の部下である第三方面分室のメンバーはこの捜査本部に加わっていた。当時の在校児童全員に連絡をとり、聞き取り捜査をするということが、12年前の捜査当時には完遂されていなかったのだ。西川の話では、507人中403人に連絡が取れた段階だった。当時の綾奈と同じ1年の子どもたちで未連絡は7人だった。その内、綾奈と同じクラスの未連絡が1人含まれていた。高城はまずその7人を集中的に探してみることを提案した。
 7人のリスト潰しに高城は強引に手を貸すという行動に出ていく。それを契機に高城の具体的な捜査活動が始まる。彼はまず、臼井裕を担当する。臼井裕とコンタクトを取れると、彼の話から残り6人のうち5人の状況はある程度わかった。だが、臼井は黒原晋とだけは連絡を取っていないと言う。2年になる時には引っ越していったので、顔も思い出せないのだと。高城はこの黒田晋を追跡捜査することを次のターゲットにする。仮に会えたとしても、何等かの手がかりが得られるかどうかは未知数なのだが・・・・。まず未連絡先をつぶすことから、次が始まるのだからと。
 ストーリーは高城の捜査行動を主体に進展して行く。捜査本部の状況は、西川・沖田との相互連絡及び第三方面分室長の真弓、メンバーたちとの相互連絡を密にする形になる。
 黒原晋と連絡をとるための追跡捜査が、結果的に綾奈の行方不明・殺人・死体遺棄という事件の核心に迫っていくプロセスとなる。捜査は高城を東北地方、秋田・盛岡へと導いていく。ここでの地道な追跡捜査がこのストーリーの読ませどころとなる。
 
 一方で、障害要因が加わっていた。平岡が捜査一課長に弁護士を通じて抗議したという情報が、新聞に漏れたのだ。その事態は法月はるかと関係がないところで動き始めたようなのだ。そのことを愛美がはるかに会った際に聞いたという。平岡自体が漏らした可能性が一番高い。そのことが、高城がはるかに面談したい一因となった。平岡はなぜそこまでのリアクションをするのか・・・・・・。
 東日の女性記者沢登有香が三方面分室長の真弓に電話を掛けてきたことから始まる。真弓は広報部に相談するアクションを取る。東日の沢登は高城に突撃取材をかける手段にも出る。この動きにどう対処していくのか。それも読者には気がかりとなる。

 高城の追跡捜査は、意外な事態に遭遇し、想いも寄らぬ真相に向き合う形となっていく。そのプロセスがこの最終巻の山場となる。

 「中学二年生の女の子が行方不明です。・・・・」という電話連絡が醍醐から盛岡に来ている愛美に入る。愛美は「戻ります」と自身のとるべき行動のみ高城に報告する。

 このストーリーのエンディングは始まりとなっていく。たぶん、そこからストーリー冒頭の人事案についての会話が示す方向へと動きだして行くのだろう。

 最後に、高城の夢想の会話を引用しておこう。
「ぼんやりと桜を眺めているうちに、ふいに綾奈が現れた。ずっと大きく育った・・・・少女ではなく女性の顔つき。
 -ありがとう。
 -何が。
 -パパなら絶対、ここまで辿りついてくれると思った。
 -何もできなかったな。
 -そんなこと、ないよ。
 -これでもう、終わりだ。これからどうしたらよいか、分からない。
 -どうして? パパにはまだ、やることがあるでしょう。パパを必要としている人はたくさんいるんだよ」(p478)
 
 娘が行方不明になる事実を抱えた中年刑事の悲嘆、哀切な思いと刑事としての葛藤の連鎖、長いドラマがここに一区切りを迎えた。
 刑事としての高城を必要とする人がいる。高城にはやることがあるのだ。
 本書は最終巻になるのだが、高城の完全復活の始まりを期待したい。

 お読みいただきありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
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『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』   堂場瞬一   中公文庫

2023-04-15 10:33:42 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第9弾。2013年3月に刊行された。

 土曜日の早朝。高城は自宅で酒浸りになり酔い潰れ夢を見ている状態から、水をぶっかけられ強引に目覚めさせられる。明神愛美と醍醐塁が眼前に居た。高城は無断欠勤していた。馘(くび)になる覚悟の上だった。なぜそうなったのか。高城の娘・綾奈が行方不明となった公園の近くの家で火災が発生した結果、その現場検証中に白骨遺体が土中から発見された。それが綾奈の遺体だと確認されたのだ。前作末尾の二行の意味が、冒頭のシーンにリンクしてくる。
 だが、愛美は「高城さん、ずっと出勤していることになっているんですよ」と冷たく言い放ち、高城に出番だと告げる。醍醐が「誘拐です。被害者は、七歳の女の子です」と言った。世田谷東署が管轄する桜新町に住む菊池真央、七歳、小学校二年生の失踪届が所轄に届け出られ、昨夜11時に第三方面分室に連絡が入ったという。

 2月15日、ピアノ教室で午後4時半から1時間半、レッスンを受けた真央は普通なら教室から自宅まで歩いて10分ほどなので6時半前には帰宅予定だった。その真央が7時をすぎでも戻って来ないことから大騒ぎになった。10時過ぎに交番に届け出られた。高城・醍醐・明神の3人がまず捜査に加わる。さらに田口が応援に加わることに。だが捜索は空しい結果に終わる。田口が高城に真央の遺体が見つかったと連絡を入れてきた。最初に真央のトートバックが発見された場所のすぐ近くにあるマンションの非常階段で絞殺死体が発見された。下着が持ち去られ下半身露出の状態だった。事件の担当は、失踪課から捜査一課に移る。世田谷東署に、捜査員100人態勢の特捜本部が設置される。
 分室長の阿比留真弓は撤退を宣言し、「余計なことをしないように」と釘をさす。だが、高城は彼女の命令を無視する行動に出る。高城には、真央と絢奈の死が重なっていく。高城が理不尽な形で娘をなくした菊池夫妻にどのような関わり方をすることになるのか。高城の内心の葛藤を含めて、それがまず最初の読ませどころとなる。

 高城は、真央が水泳教室にも通っていたことから、そこへの聞き込み捜査を行う。水泳教室に通う二人の女の子から有力な情報を得ることに。そして、鑑識課員の協力を得て、2人へのヒアリングから似顔絵作成をする。一つの有力な手がかりを得たのだが、それをどのように扱うか。似顔絵の特徴は、テレビでレギュラー番組を持ち、あるスキャンダルを起こした有名人の寺井慎介に似ていた。捜査一課強行班の中澤係長と高城とは捜査の進め方で意見が対立することに・・・・。事件捜査の進展として、それが最初の山場になっていく。

 そんな矢先に、明神愛美の両親が自動車事故に捲き込まれ、母親が死亡・父親が意識不明という事態が起こる。高城は明神を何とか説きつけて帰郷させることに。だが、それは捜査における愛美の存在の大きさを高城に再認識させることになる。高城は醍醐と独自に聞き込み捜査を継続していく。

 再び事件が起こる。真弓から高城に指示が出た。世田谷南署の管轄で女の子の行方不明事件が発生したという。同じ田園都市線の用賀駅近くに住む、小学二年生の女児でピアノ教室に行ったきり帰って来ないという。共通点がある行方不明事件の発生。
 捜索が続いていた。ところが、自宅から2キロくらい離れている南署の等々力不動前駐在所に行方不明の女の子が飛び込んできて、保護されたという連絡が入る。高城が現地に駆けつけると、救急車が出る直前だった。沙希と称する女の子は軽い外傷で、下着を穿いていなかったと救急隊員から高城は聞き取った。沙希とその両親への事情聴取をどのように進めることができるか。真央のケースと沙希のケースが同一犯人によるものなのかどうか・・・・。事情聴取が重要な要素となっていく。

 似顔絵を見た田口が、高城に身近に居たある人物が似ていると電話連絡してきた。それが捜査方法の転換となる。第三の事件発生を想定した形での捜査に進展していく。

 このストーリー、前作(第8弾)に組み込まれた伏線が浮上してくることに。

 高城は、綾奈と同じ年頃の女児の行方不明事件を連続で捜査する状況に投げ込まれた。そこから再び高城は己にとっての使命を自覚することに回帰していく。
 女児の両親たちにとって、この遭遇した事件は「闇夜(あんや)」そのものである。彼らがそこから立ち直れるかどうか・・・・・。高城はこれら事件を刑事として扱うだけでなく。被害者の精神的な側面にも関わっていくことになる。
 一方、ここで取り扱われる事件の捜査の進展は、高城自身の精神状態の「闇夜」を突き抜ける道程にもなっていく。そこに、このストーリーの大きな特徴があると言える。

 このストーリーの末尾に、初めて長野が高城の携帯電話に連絡をとってくるシーンが描かれる。
 「ようやく見つけたぞ。目撃者が出たんだ」と。高城は即座に「分かった。俺も話を聴く」(p475)と反応した。
 このやりとりを読めば、第10弾をすぐにでも読みたくなる。私は連続して読んでしまった。

 最後に、印象深い箇所をいくつか引用しておこう。
*警察も人の集まりだから、合う合わないというのはある。ましてや私の場合、他人に迷惑をかけてばかりだから、疎ましく思われて当然だ。それでも、たった一つの目的がある時には、個人的な感情を乗り越えて協力できるものである--犯人を逮捕し、被害者を安心させること。 p336-337
*どんなに大変なことでも、自分で直接やる方がはるかに楽なのだ、と思った。 p343
*娘さんに、憎む相手を与えてあげなさい、と。あなたたちも、相手を殺すぐらいのことは考えていいんだ、と。
 考えるだけならいいんです。そこから先、実際に手を出す人間は、まずいませんからね。もしも手を出したら、憎むべき犯罪者と同レベルになってしまう。人間は、どんなに最低の状態にあると思っていても、完全に落ち切ることはできないんですね。憎む相手と同じレベルになりたくないというか・・・・・。 p346
*恨みは、忘れられるんですよ。
 恨みも人生の一部分に過ぎません。いつか、通り過ぎていきます。恨んでも悲しんでも、人生は進んでいくんですですよね。マイナスの感情だって、生きる推進力になるなら、評価すべきでしょう。  p347

 ご一読ありがとうございます。


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『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-04-13 23:12:33 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第8弾。2012年12月に刊行された。
 高城はやっと娘・絢奈の失踪事件に向き合う行動をとり始めた。千葉県の内房中央署が管轄する区域である木更津の南、富津の岬の先の展望台で身元不明の若い女性の遺体が発見された。このストーリーの冒頭は、午前2時頃に血液型の一致、年齢が近いということから高城に情報が伝えられり。所轄署と連絡をとりあった上で、高城は絢奈の遺体かどうか現地確認に飛び出して行く。その状況描写が始まりとなる。

 富津に居る高城の携帯電話に醍醐から連絡が入る。失踪事件が発生した。失踪者は富津出身の花井翔太、18歳、高校三年生で、荻窪にある東京栄耀高校に自らの意志で進学し、野球部に所属し、エースとなる。ドラフトに引っかかり、歴史ある名門球団パイレーツへの入団が決まっていた。1年間プロ野球の世界に居た醍醐は花井の失踪事件の捜査に熱くなる。この時、警察組織としては重大な身内での問題が発生していた。渋谷中央署地域課の交番勤務、高木巡査が拳銃を持って深夜のパトロールに出たまま行方不明になっていた。そのため、醍醐以外の第三方面分室のメンバーは高木巡査の行方の捜査に組み込まれる。2つの事件の捜査がパラレルに進行することに。

 正月休みが終わり、学校の再開は7日月曜日。花井は日曜日の午後に実家を出て、寮に戻っていた。7日始業式の朝に居なくなっていたという。チームメートが気づき、監督⇒学校⇒実家の両親へと連絡が回り、探しまわったが手がかりなし。そこで、8日朝、つまり高城が富津に居るときに、失踪届が提出されたのだ。

 高城は富津に居る地の利を生かし、愛美が送ってくれたデータを踏まえて、花井の中学校時代の同級生への聞き込みから着手していく。その後、花井の実家を訪れ両親に面談するつもりだったが、母親の仁美の話を聞くだけになる。母親は翔太が野球漬けの毎日で、野球部以外の友達はほとんどいないと思うと言う。中学の同級生で、花井とバッテリーを組んでいた布施泰治は、冬休みに花井の自主トレにつき合っていたという。

 花井翔太の失踪事件の捜査には大きな制約があった。花井がパイレーツに入団することが決まっていたので、この失踪が公になればスキャンダル報道に発展し、入団取り消しに発展する可能性がないとは言えない。両親、監督、学校はみな、この捜査が内密に実施され、速やかに花井翔太を発見できることを願っていた。

 高城は東京に戻ると、拳銃を所持したままの高木巡査の行方不明の緊急性を判断し、醍醐にもそちらを担当させて、当面一人で花井の捜索に取り組むことにした。
 高木は東京栄耀高校を訪れ、野球部の監督平野への聞き込み捜査から着手する。監督からはほとんど花井のプライベートな側面に関連する情報を得られなかった。
 高木はかつて荻窪に住んでいた時期がある。東京栄耀高校から5分ほどの距離、商店街にある昔なつかし定食屋に立ち寄った。店主との雑談で、花井翔太がこの定食屋に来ていたこと。そして、「2回ぐらい、女の子と一緒にこの店に来ただけで。ちょっと派手な、ギャル風の子だったけど。ギャル風っていうのも古いかな?とにかくそれで少し心配になって、覚えていたんですよ」(p119)高城はその女の子が同じ高校の生徒であることと、彼女の容貌をさりげなく聞き出した。高城にとっては、それが捜査のとっかかりとなる。
 このストーリー、高城たちの地道な聞き込み捜査がどのようなアプローチで重ねられていくかが読ませどころとなる。
  このストーリー、派手な捜査活動は何もない。聞き込み捜査から得られた情報の累積と個別情報の整合性、思わぬ見過ごし・見落とし、不具合感などへの気づき・・・・・・刑事の経験をベースとした推論と感性の働きが、失踪背景の事実を明らかにしていくことになる。
 行方不明の高木巡査が発見された時点で、第三方面分室のメンバーは高城の捜査に加わっていく。高木巡査発見の顛末は本書をお読みいただきたい。

 最後の最後で、一つの裏事情が明らかになる。この展開が一番の読ませどころといえるだろう。警察の関与する失踪事件としては花井翔太を発見して一件落着となる。だが、警察が関与できないいくつもの課題が残された。本書をお楽しみ頂きたい。

 この第8弾には、次作以降への重要な伏線が書き込まれている。
 高城が平野監督から聞き込み捜査をした後、住宅街の中を抜けて、駅の南口をめざす。その辺りは高城がかつて家族で住んでいた街である。二階建ての一軒家の火事に出くわすことに。その家は、かつて同じ町内会に入っていた高井さんの家だった。高井さんは警視庁OBでもあった。その家は絢奈が消えた公園のすぐ近くにあった。
 この火事が、このストーリーのセクション19の最後の一行「長野が泣いていた。棒立ちのまま、声も上げず、ただ頬を濡らしている」(p473)および、たった一行のセクション20。「そして、世界は再び暗転した」(p473)にリンクしていく。
 この最後の文が、この後の第9弾『闇夜』、第10弾『献心』を連続して読ませるトリガーになった。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
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『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-03-03 16:17:20 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第7弾。2011年10月の刊行。
 読了して、このタイトルの「遮断」には様々な意味合いが重ねられているように思った。その意味合いを切り口としながらご紹介しよう。

1.高城賢吾と三方面分室長阿比留真弓との間でのコミュニケーションの遮断
 阿比留室長の過去が明らかになってしまった事件以来、高城と阿比留の間はギクシャクしたコミュニケーション遮断の状況が続く。このストーリーの始まりはその状況が続いているところから始まる。だが、ある失踪人の事件から阿比留のやる気が復活してくることになる。高城と阿比留の間のコミュニケーションの遮断は徐々に解消されていく。その事件は、三方面分室の刑事の一人、六条舞に関係していたからである。

2.高城と新たに異動してきた田口秀樹警部補の間にある刑事としての捜査意識の遮断
 法月大智が渋谷中央署警務課に異動となり、交通部から田口が異動してきた。彼は事件の捜査活動には全く意欲を示さない御仁。高城は中間管理職の立場から、田口に対して、捜査に対する意欲と意識を期待するのだが無反応のようにしか見えないことに、イライラする。しかし、お荷物状態では困るのだ。刑事としての意識を何とかして持たせようとする。高城の試みがどうなるか、読者にとってはこれからの楽しみになる。
 IT企業「NSワールド」社の総務部長長友が相談のため三方面分室に来て、捜索願を出したことから始まる。インドのIT企業の業務提携先から1年前に迎え入れたSEの技術者でインド出身のラヴィ・シンが行方不明という。外国人の失踪案件である。この捜索願が出たすぐ後に、別件がもたらされる。
 そのため、このインド人ラヴィ・シンの失踪に絡む聞き込み捜査を、高城は田口に割り当てた。これが田口の初の捜査活動となっていく。さて、田口はどうするか。これが、いわばサブ・ストーリーとして進展していく。高城が田口のフォローに悩むことになるのかどうか・・・・。

3.機密事項扱いの別件の発生。それは情報が遮断された状況が続く捜査となる。
 それは事なかれ主義の失踪課課長石垣がはりきって指揮を執ろうとする案件だった。
 厚労省⇒警察庁⇒警視庁(⇒石垣課長)という通常の指揮命令系統ではあり得ない事案である。厚労省は一方面分室の管轄なのだ。この事案は、一方面分室と三方面分室の協力捜査となる。
 近い将来次官の目もあるキャリア官僚の厚労省審議官六条恒美が予定されていた会議に出席せず、音信不通となったのだ。その直前までの状況からは事件性が感じられないという。突然の行方不明状態。失踪と判断された翌日に厚労省側から極秘にこの失踪の捜査の要望が出された。六条恒美は三方面分室に属する三条舞の父親である。
 まずは事情聴取から始めることになるが、一方面分室は厚労省関係者、三方面分室は家族の方を担当する形で捜査が始まる。部下である六条舞が絡んでいることから、阿比留分室長の意識が変化し始めるという次第。
 石垣課長は、捜査一課の強行犯係長である長野威に連絡していたので、長野は高城の所に飛び込んでくるというスタートになる。
 とはいうものの、六条恒美の失踪に関する情報はゼロに近い状況であり、情報が遮断されたままで、まず聞き取り捜査を進めることになる。
 高城と明神愛美は、六条の自宅での聞き込みと自宅捜査から始める。が、失踪に直結するような情報が見出せない。

 六条の自宅に、誘拐したという電話がかかってくることで、事態が一変する。身代金1億円を用意しろという脅迫電話だった。情報漏れによる悪戯電話の可能性もなくはない。マスコミに気づかれずに、対応が可能か。まさに捜査一課の出番になる。状況はそこから変転し始める。
 身代金1億円の要求。急遽そんな金の準備ができるのか? 六条恒美の妻麗子はなんと、1億円を自宅の隠し金庫から取り出させた。舞はそんな金の存在を両親からは何も聞かされてはいなかった。両親の問題にはノータッチというスタンスである。恒美の妻麗子の実家は住田製薬の創業者一族である。
 この誘拐電話に対して、警察側は万全の体制をとる。しかし、この事件からも恒美に行き着くための情報は遮断されているままになる。

 高城が得た情報は、審議官六条が「高度人材」確保の問題、つまり頭脳輸入の問題を大きな課題としていたこと。失踪当日の昼、渋谷のレストラン「バローロ」で田崎という人物と会っていたこと。田崎への聞き込みから六条が選挙に出る意向を持っていたことだけだった。
 
 このストーリーのおもしろい特徴がいくつかある。
 捜査活動を一歩前進させるための情報がほとんど入手できないという情報遮断状況の中で、マスコミには一切関知されずに本人の行方を捜査しなければならないという制約である。また、ストーリーが進展する途中の様々なところに伏線やヒントがさりげなく織り込まれているというスタイルではないこと。よくある捜査推理とはかなり異なる進展が読者を戸惑わせる。その点が興味深い。
 さらに、14日午後に突然行方不明となった六条恒美が、18日に自宅に戻って来るという展開になる。そこからがいわばこの事件の第二部のはじまりと言える。そして、今度は六条自身が、高城に対して自分にとって都合の良い情報の遮断を行う状況を生み出して行く。
 事件は解決する。だが、それは思わぬ結末をもたらすことになる。
 
 この小説、最後に次作以降への別の楽しみを読者に残してくれる文で終わっている。引用しておこう。上記第2項に記した田口に対する高城の思いである。
「この男ともつき合っていかなくてはならないのか・・・・人数減による戦力ダウン。意識の低い、素人同然の新しい刑事。今後の失踪課の行く末に、私は漠然とした不安を抱いた」(p466)

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-02-10 15:30:02 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第6弾。2011年2月に文庫本が刊行されている。創作が13年も前だったことを奥書で再認識した。
 余談だが、GOOブログに「遊心逍遙記」と称して読後印象記を書き始めたのが2011年8月。この最初の月の下旬に『雪虫 刑事・鳴沢了』の読後印象を載せた。そこに、警察小説を読み始めたのは2009年からで、今野敏、大沢在昌に次いで三人目の作家作品の読み始めと記していた。シリーズ物を発表順に読む以外は、かなりランダムに読んでいて、この高城賢吾シリーズを読み始めるのが遅くなった。その結果が第6弾を今頃読み継ぐことになった。

 さて、前作『裂壊』により、失踪人捜査三方面分室室長の阿比留真弓の警察官人生と家庭崩壊の実態が明らかになるという事態に立ち至った。それが逆に、今後この失踪課三方面分室はどうなるのか、という新たな展開ステージに入る契機となる。愛読者としては興味津々での第6弾。

 やはり、状況が大きく変化し始めている。
 今まで、捜査一課への返り咲きを狙い、庁内外交を熱心に行いつつ、三方面分室の捜査実績を上げることに熱心だった阿比留真弓は、ほぼ昇進の道を絶たれた形になる。「最近、彼女の動きは止まっている。ほんの数か月前までは、日中は本庁で愛想を振りまき、勤務時間が終わってからは宴席を設けて部内接待をしながら情報収集をしていたのだが、今は一日の大部分を室長室に閉じ籠って書類仕事に費やし、定時にはさっさと帰ってしまう」(p8)。高城と阿比留の関係は悪化の一途をたどる状況にある。
 さらに、心臓の持病持ちだが高城を一番サポートしてきた法月大智が渋谷中央署警務課に異動したのだ。阿比留室長はその異動を阻止する行動を取らなかった。警察のアリバイづくりのセクション。厄介者が集められた窓際部署とみなされている三方面分室。その中で、高城が頼りとしてきた法月が異動させられた。今や戦力として一番頼りになるのは明神愛美で、それに次ぐのは醍醐塁くらいである。高城の悩みが始まる。
 読者にとっては、この先どうなるのか・・・・逆に関心が高まるという次第。

 さて、こんな状況の中で、法月が高城にある失踪事件の記録資料を渡す。高城が三方面分室に異動してくる以前の事件。それはケース102cと分類されるものだった。法月がずっと引っかかっていて自分で調べようと思って資料を持ち歩いていたものと言う。法月なりに調べた情報が加えられていた。
 緊急性のある事件のない状態で、高城は法月から受け取ったケースを読み始める。5年前に首都高で車5台が絡む多重衝突事故が発生した。その事故現場から一人の男が手当も受けずに立ち去ったのだ。事故処理が重視され立ち去った男のことは無視された。その後失踪の届出が所轄に出されていたが、ほとんど捜査らしきことはなされないままだった。
 失踪届が出されていたのは野崎健生。ロボット工学者で、民間企業「ビートテク」で介護用ロボットの研究開発に従事している人物だった。歩行アシストシステムの開発のリーダーだった研究者である。失踪届は野崎の妻、詩織。その届出には、会社の同僚新井啄郎が同行していたと記録にある。それは一日姿を消しただけの時点での捜索願だった。野崎健生には、当時3歳になる息子がいて、母親との4人暮らしであり、歩行アシストシステムの開発は、彼にとって、交通事故に遭い車椅子生活になった母親の為でもあった。そんな目標を持つ男がなぜ失踪したのか。
 
 5年前の失踪事件。もはや状況・情報が風化しているのでは? それをどのように捜査しようとするのか。読者にとっては、そこからまず関心が高まって行く。勿論、高城と愛美は、多重衝突事故現場の確認、家族への事情聴取、失踪人の元勤務先への聞き込みなど捜査の定石を踏んでいく。一つの問題は、阿比留と断絶状態になっている高城が分室長阿比留の承認なしに、この古い事件の捜査に取り組み始めることにある。読者にとてはおもしろい。
 
 このストーリーの興味深いところは、5年前の失踪時点でほぼ時間が止まった野崎の家族・家庭と「ビートテク」とのコントラストにある。主任研究員野崎健生の開発コンセプトと技術で基礎ができ始まった歩行アシストシステムの開発、WAシリーズはこの5年間の間に開発が進んでいて、他社との競争の中で、時間が着々と動いていた。WAシリーズは最新モデルがWA4と称され、5月の国際福祉機器フェアで発表予定になっている。
 ビートテクへの聞き込み捜査では、総務部長の日向が対応窓口になる。彼は5年前の野崎失踪時点のことは、担当前でありほとんど知らなかった。また、野崎のことは触れたがらなかった。だが、ビートテクの技術三課に属する研究主任の新井が高城に接触して来た。ビートテクの内情について、高城にとっては新井がまず情報源となっていく。

 ビートテクと野崎健生の関係、周辺情報を地道に捜査していくと、様々なことが見え始める。そんな矢先に、一つの転換点が発生する。ビートテクは最新モデルWA4の新製品発表会をあるホテルで単独で実施すると公表した。だが、その発表会会場に爆弾を仕掛けたという脅迫が会社に入る。この脅迫事件に捜査一課の長野が関わって行く。ここから、高城と長野の連携が始まる。
 5年前の失踪事件とこの脅迫事件は密接に関係があるのか・・・・。野崎健生の名前が浮上することで、俄然事件は戸惑いを含めながらの捜査活動に踏み込んでいく。脅迫事件の犯人捜査を推進する長野と失踪人の捜査を推進する高城という捜査次元の違いが織り込まれながら、事態がさらに深刻さを加えて行くことになる。

 このストーリーのおもしろいところがいくつかある。
 *捜査一課の長野と失踪課の高城の視点の差異が含まれつつ事件が進展すること。
  野崎を名乗る者は何を狙っているのか? 
  なぜ野崎は失踪し、今この時点でカミングアウトしてきたのか?
 *高城の捜査活動に対して、阿比留分室長はどのような反応をするのか?
 *高城は戦力ダウンした三方面分室の室員をこの捜査でうまくまとめて行けるか?
 *法月が今頃になって、この古い事件を高城に引き渡した狙いは何なのか?

 もう一つ、このストーリーには、エピソード風の記述の中に、新たな伏線が敷かれることである。それは、警務課に異動した法月の後任の件である。ストーリーが後半に入るあたりで、三方面分室に現れる。阿比留分室長に挨拶に来たのだ。庶務担当の小杉公子が、高城に「田口秀樹さん」と小声で告げる。その田口は、高城の「今日はどうしたんですか? 来月からですよね」という問いかけに対しての返答がふるっている。
 「いやあ、ちょっと暇だったもんで、少し敵情視察を、と思ってね。今、室長にご挨拶してきたんですよ」「案外忙しくしてるわけ?」「驚いたね。暇な部署だって聞いてきたんだけど」「こっちはぼちぼち先が見えてきてる立場だから。しばらくのんびりさせてもらおうと思ってたんだが・・・・」(p305-307)
 田口は高城頸部より年上だが、階級は下の警部補。これまでは本庁の交通部に所属していた人物。醍醐は田口が交通部ではサボりの田口として有英有名な人ということを、噂として聞いているという。
 厄介者が集められたと称される失踪課は、田口が異動してきたらどうなるのか?
 読者にとっては、三方面分室内の人間関係と仕事に異分子要素が加わることで、どういう様相が現れるのか、楽しみができそうである。田口には本音と建て前があるのか? そうしようもない厄介者なのか?
 次作以降の楽しみができた。

 ご一読ありがとうございます。

補遺 本書からの波紋で、現時点での介護用ロボット情報を少し検索してみた。
開発機器一覧  :「介護ロボットポータルサイト」
介護ロボットの開発・普及の促進   :「厚生労働省」
介護ロボット  :「かながわ福祉サービス振興会」
ロボットスーツ HALR介護支援用(腰タイプ)  YouTube
介護ロボットってどんなもの? 種類やメリット・デメリットについて:「ケア資格ナビ」
介護ロボットとは?導入のメリット・デメリットや種類についても解説:「フランスベッド」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
                 2022年12月現在 26冊
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