高城賢吾シリーズの第5弾! 書き下ろし長編である。2010年6月に文庫本が刊行された。この小説、端的に言えば、失踪人捜査課三方面分室室長・阿比留真弓の過去の人生が曝け出される結果となるストーリー。厄介者が集められた窓際部署である失踪課第三方面分室の長である阿比留真弓は、これまで己の過去については一切語らず、常に本庁捜査一課に復帰する機会を虎視眈々と狙い、そのための根回しにエネルギーを費やしていた。己が栄転できるために高城はじめ室員が三方面分室の実績を上げることを望んでいた。
このシリーズの愛読者にとっては、謎多き阿比留真弓の過去について興味津々となるのは間違いない。
では、ここでなぜ阿比留真弓の過去が明らかになる羽目に立ち至るのか?
半年に1回の「失踪課課長査察」が間近に迫ってきた頃、出勤時刻がとうに過ぎ10時になるのに、阿比留分室長は現れず、連絡も無く無断欠勤状態だった。かつて無かった事態。
高城は庶務担当の小杉公子に阿比留真弓の自宅住所を調べてもらう。高城は三方面分室のメンバーには、この分室長の無断欠勤を分室外秘として扱う。まず公子と一緒に分室長の自宅を訪ねる行動に出た。
管理人から聞き込みをしたが、阿比留は自宅に戻ってきている気配がなかった。自家用車のボルボとともに忽然と姿を消したのだ。高城や公子をはじめ他のメンバー誰もが、阿比留から何もメッセージを受け取ってはいない。己の出世志向を最優先して行動している阿比留が、石垣課長による課長査察を直前にして、その準備を疎かに考えるはずはないのだ。阿比留の失踪の理由はわからないが何等かの危機的状況が背後にあるに違いない。
そんな最中に石垣課長から分室長に電話が入るが、高城は、インフルエンザで熱を出して休んでいるとその場を繕う返答をした。
ここから、分室総力を挙げての室長の行方捜しが始まって行く。阿比留を失踪人とみなして、分室総力での捜査活動である。通常の捜査手順が次々に踏まれていくことになる。
そんな矢先に、三方面分室に相談人が来室した。広瀬哲司と名乗る大学生が、恋人の鈴木美知が行方不明になったと言う。一昨日の土曜日に会ったのが最後。電話での連絡も取れない。今日(月曜日)、合鍵を持っているので、彼女の部屋に行ってみたところ、鍵がかかっていなくて、部屋は家捜しした感じになっていたという。彼女は写真嫌いなので、写真はない。つき合って半年になるが、彼女の実家のことは知らない。家族のことを話したがらなかったと言う。その話を聞き、高城は取りあえず、鈴木美知の件は醍醐と法円・森田に捜査を任せて、阿比留の捜査は高城と明神で取りかかることにした。
勿論、捜査の定石が踏まれていく。阿比留分室長の家族関係の捜査である。住民票記載内容の確認から始まる。鈴木美知の件は、醍醐らが彼女の部屋、現場の検分をすることから始まって行く。
課長査察の準備として、高城の指示を受け六条舞は備品のチエックをしていたのだが、拳銃の保管ロッカーから室長の拳銃がないことに気づき、高城に報告した。それは、阿比留が一度は分室に現れ、自分用の拳銃を持ち出していることを意味する。高城は状況が深刻な方向に転じて行きそうだと予感する。
高城は公子と一緒に、阿比留と同期である女性、今は交通部交通規制課の管理官である尾花遼子から話を聞くことにした。行方不明であることを話し、尾花から話を聞き出そうとしたが、阿比留真弓の私生活については多くを語ろうとはしなかった。夫の名前は鈴木孝弘で、山梨に住んでいるはずということだけわかる。尾花はそれだけで、「もうかなり、危ないところまで話してるのよ。私、真弓に殺されたくないから」(p62)と言う。
高城と明神は、山梨へ捜査に向かうことになる。
このストーリーの面白味は、阿比留真弓分室長の過去が、捜査結果が累積するにつれ、少しずつ明らかになっていくことである。阿比留が黙して語らなかった彼女の私生活、家族関係の状況が明らかになっていく。警察官として結婚後も旧姓のままで通し、刑事として職歴を積み上げてきた過去の実績もまた明らかになっていく。三方面分室員の誰もが知らなかった阿比留の実像が明らかになっていく。
その阿比留の過去の人生の何が、阿比留に忽然と姿を消させる事態になったのか。
捜査の過程で、阿比留の家族関係という側面からは、思わぬ接点が立ち現れてくる。
阿比留の刑事としての実績の中には、現在の失踪とリンクしそうな要因も推定されてくる。それは、拳銃を持ち出すという行為とリンクしかねない要素を含む。読者にとってはその経緯に着目せざるをえない。ストーリーの展開に引きこまれていくことになる。
最終ステージで、高城らは、拳銃を携行して事件に対処していく事態になる。
このストーリー、一方で「失踪課課長査察」という年中行事が厳然としたタイムリミットとなっている。査察は三日後、木曜日、午後三時。
それまでに、阿比留が分室に戻り、拳銃も戻すことが、この査察をクリアする必須要件になるのだ。
高城は明神に言う。「見つからなければ、俺も君もやばいことになるんだぞ。警察は、連帯責任が大好きな組織だから。石垣課長が何を言ってくるか、想像もしたくない」(p75)と。
時間は刻々と過ぎ去って行く。捜査は軽やかに、スピーディに進むわけではない。紆余曲折、行きつ戻りつするようなまどろっこしさを伴いながら捜査が地道に積み上げられていく。断片的な情報が、少しずつリンクし、合理的な分析と推論で、徐々にまとまった絵柄となっていく。捜査が査察に間に合うのかが問題である。
このタイムリミットが、このストーリーの進展に緊迫感を与え、読者も興味津々とならざるを得なくなる。タイムリミットのあるストーリーの醍醐味である。
プライバシーという厳然たる問題があるとはいえ、一読者として読んでいて、少しいらつく印象を持つのは、尾花遼子の高城に対する一線を画した対応である。逆にいえば、そこに一つのストーリー構成上でのおもしろさが発揮されているともいえる。
たとえば、最終ステージで、遼子は高城に次のように答えている。
「結果としては、私の考えた通りになったんじゃないかしら。捜査の過程で真実に行き当たるのは仕方がない。自分で調べ出したことなら、覚悟もできるでしょう。でも最初に種明しされてしまうと、心の整理は簡単にはつかないはずよ・・・・それより、勝算は?」(p378)
「だったら成功するわね。あなたは、こういうぎりぎりの時は、絶対に失敗しない人間だと聞いているから」(p378)
印象深い箇所を一つご紹介しておこう。
「人は生の感情をぶつけ合って初めて、心を開いた関係を築けるという。
そんなことは嘘だ。私と真弓は今夜、これまでにないほど露骨な言葉の応酬を続け、互いの胸の内を曝け出し合った。その結果残ったのは空しさだけである」(p450)
「失踪課課長査察」を無事に受けられるとしたら、阿比留失踪に関わる事件が解決していることになる。果たして、どうなるのか? それは本書でお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 26冊
このシリーズの愛読者にとっては、謎多き阿比留真弓の過去について興味津々となるのは間違いない。
では、ここでなぜ阿比留真弓の過去が明らかになる羽目に立ち至るのか?
半年に1回の「失踪課課長査察」が間近に迫ってきた頃、出勤時刻がとうに過ぎ10時になるのに、阿比留分室長は現れず、連絡も無く無断欠勤状態だった。かつて無かった事態。
高城は庶務担当の小杉公子に阿比留真弓の自宅住所を調べてもらう。高城は三方面分室のメンバーには、この分室長の無断欠勤を分室外秘として扱う。まず公子と一緒に分室長の自宅を訪ねる行動に出た。
管理人から聞き込みをしたが、阿比留は自宅に戻ってきている気配がなかった。自家用車のボルボとともに忽然と姿を消したのだ。高城や公子をはじめ他のメンバー誰もが、阿比留から何もメッセージを受け取ってはいない。己の出世志向を最優先して行動している阿比留が、石垣課長による課長査察を直前にして、その準備を疎かに考えるはずはないのだ。阿比留の失踪の理由はわからないが何等かの危機的状況が背後にあるに違いない。
そんな最中に石垣課長から分室長に電話が入るが、高城は、インフルエンザで熱を出して休んでいるとその場を繕う返答をした。
ここから、分室総力を挙げての室長の行方捜しが始まって行く。阿比留を失踪人とみなして、分室総力での捜査活動である。通常の捜査手順が次々に踏まれていくことになる。
そんな矢先に、三方面分室に相談人が来室した。広瀬哲司と名乗る大学生が、恋人の鈴木美知が行方不明になったと言う。一昨日の土曜日に会ったのが最後。電話での連絡も取れない。今日(月曜日)、合鍵を持っているので、彼女の部屋に行ってみたところ、鍵がかかっていなくて、部屋は家捜しした感じになっていたという。彼女は写真嫌いなので、写真はない。つき合って半年になるが、彼女の実家のことは知らない。家族のことを話したがらなかったと言う。その話を聞き、高城は取りあえず、鈴木美知の件は醍醐と法円・森田に捜査を任せて、阿比留の捜査は高城と明神で取りかかることにした。
勿論、捜査の定石が踏まれていく。阿比留分室長の家族関係の捜査である。住民票記載内容の確認から始まる。鈴木美知の件は、醍醐らが彼女の部屋、現場の検分をすることから始まって行く。
課長査察の準備として、高城の指示を受け六条舞は備品のチエックをしていたのだが、拳銃の保管ロッカーから室長の拳銃がないことに気づき、高城に報告した。それは、阿比留が一度は分室に現れ、自分用の拳銃を持ち出していることを意味する。高城は状況が深刻な方向に転じて行きそうだと予感する。
高城は公子と一緒に、阿比留と同期である女性、今は交通部交通規制課の管理官である尾花遼子から話を聞くことにした。行方不明であることを話し、尾花から話を聞き出そうとしたが、阿比留真弓の私生活については多くを語ろうとはしなかった。夫の名前は鈴木孝弘で、山梨に住んでいるはずということだけわかる。尾花はそれだけで、「もうかなり、危ないところまで話してるのよ。私、真弓に殺されたくないから」(p62)と言う。
高城と明神は、山梨へ捜査に向かうことになる。
このストーリーの面白味は、阿比留真弓分室長の過去が、捜査結果が累積するにつれ、少しずつ明らかになっていくことである。阿比留が黙して語らなかった彼女の私生活、家族関係の状況が明らかになっていく。警察官として結婚後も旧姓のままで通し、刑事として職歴を積み上げてきた過去の実績もまた明らかになっていく。三方面分室員の誰もが知らなかった阿比留の実像が明らかになっていく。
その阿比留の過去の人生の何が、阿比留に忽然と姿を消させる事態になったのか。
捜査の過程で、阿比留の家族関係という側面からは、思わぬ接点が立ち現れてくる。
阿比留の刑事としての実績の中には、現在の失踪とリンクしそうな要因も推定されてくる。それは、拳銃を持ち出すという行為とリンクしかねない要素を含む。読者にとってはその経緯に着目せざるをえない。ストーリーの展開に引きこまれていくことになる。
最終ステージで、高城らは、拳銃を携行して事件に対処していく事態になる。
このストーリー、一方で「失踪課課長査察」という年中行事が厳然としたタイムリミットとなっている。査察は三日後、木曜日、午後三時。
それまでに、阿比留が分室に戻り、拳銃も戻すことが、この査察をクリアする必須要件になるのだ。
高城は明神に言う。「見つからなければ、俺も君もやばいことになるんだぞ。警察は、連帯責任が大好きな組織だから。石垣課長が何を言ってくるか、想像もしたくない」(p75)と。
時間は刻々と過ぎ去って行く。捜査は軽やかに、スピーディに進むわけではない。紆余曲折、行きつ戻りつするようなまどろっこしさを伴いながら捜査が地道に積み上げられていく。断片的な情報が、少しずつリンクし、合理的な分析と推論で、徐々にまとまった絵柄となっていく。捜査が査察に間に合うのかが問題である。
このタイムリミットが、このストーリーの進展に緊迫感を与え、読者も興味津々とならざるを得なくなる。タイムリミットのあるストーリーの醍醐味である。
プライバシーという厳然たる問題があるとはいえ、一読者として読んでいて、少しいらつく印象を持つのは、尾花遼子の高城に対する一線を画した対応である。逆にいえば、そこに一つのストーリー構成上でのおもしろさが発揮されているともいえる。
たとえば、最終ステージで、遼子は高城に次のように答えている。
「結果としては、私の考えた通りになったんじゃないかしら。捜査の過程で真実に行き当たるのは仕方がない。自分で調べ出したことなら、覚悟もできるでしょう。でも最初に種明しされてしまうと、心の整理は簡単にはつかないはずよ・・・・それより、勝算は?」(p378)
「だったら成功するわね。あなたは、こういうぎりぎりの時は、絶対に失敗しない人間だと聞いているから」(p378)
印象深い箇所を一つご紹介しておこう。
「人は生の感情をぶつけ合って初めて、心を開いた関係を築けるという。
そんなことは嘘だ。私と真弓は今夜、これまでにないほど露骨な言葉の応酬を続け、互いの胸の内を曝け出し合った。その結果残ったのは空しさだけである」(p450)
「失踪課課長査察」を無事に受けられるとしたら、阿比留失踪に関わる事件が解決していることになる。果たして、どうなるのか? それは本書でお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
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「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 26冊