遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『白い謀殺』   門田泰明   徳間文庫

2025-02-21 00:39:43 | 諸作家作品
 先日来、青森県下の某病院内で発生した患者間殺人の隠蔽事件が報じられている。報道を読み、隠蔽行為に愕然とする。隠蔽に到る経緯と事実の究明はこれから進展するのだろう。医療業界での隠蔽行為もここまで広がるか・・・・そんな思い。

 さて、先日久しぶりに著者の小説を読んだ。読後のブログ記事を書き始める遥か前に著者のシリーズものを愛読していた。本書はいわば、医療ホラー小説とも呼べそうな、医療業界におけるおぞましい、恐ろしい局面を想定したフィクション。短編連作集である。

 長らく積読本にしていたのを読み終えた後、しばらくして冒頭の事件報道を目にした。この短編連作集の内容、単なる絵空事ではないかも・・・・と改めて感じさせる。事実は小説より奇なり、とも言われるから、医療業界の闇は恐ろしく深いのかもしれない。

 本書は、1981年11月に『謀殺病棟』(広済堂出版)と題して刊行され、1984年3月、標記の改題で文庫化された。

 本書には5つの短編が収録されている。医療という人間の命を扱う領域において、医療法人のトップや医師が己の金銭欲につき動かされ、あるいは大病院という組織内での地位・名誉欲に魅入られる局面が、テーマとなったフィクションである。隠蔽という要素を強固に組み入れれば・・・・起こりうる事象と感じさせるところがホラーである。
 各編について、読後印象を含めて、簡略にご紹介する。

< 金のなる病棟 >
 京都・嵯峨野の大覚寺に近い青山邸で、善道会総合病院の運営会議が行われる。総合病院の基礎を築いた理事長・青山宗次郎は7年前に脳卒中を起こし、病床にある。青山夫人紫津が理事長を継承している。宗次郎の前で病院運営の御前会議が行われ、紫津が会議を主導する。善道会は京都府医師会を完全に制圧するほどの勢力を持つようになっていた。 紫津は、志賀正彦を最高責任者としてOC班という入院患者数確保活動部隊を運用した。病院内の老人センターの病床を埋める老人患者獲得を主体に、手段を問わず目標数の患者を確保させる方法をとった。一方で、紫津は全国に総合病院を展開する計画を抱き、その為に手段として密かに株の買い占めを推進していた。そのためにも、総合病院の効率的な病棟運営は必須条件だった。
 志賀の幼い一人娘奈美は、急性リンパ性白血病で、当病院の小児科病棟に入院している。志賀にとっては、愛娘が唯一の生きがいであり、一方で無意識の枷にもなっていた。
 だが、OC班の活動と紫津の計画は、ほころび始めることに・・・・・・・。
治療行為が心理操作の手段に使われるという恐怖。それが絡められていく。
 それぞれの局面での手段が悪因となり、連鎖していく顛末が読ませどころとなる一編。

< 白き悪魔の館 >
 朝吹コンツェルンの総帥で、その中核となる世界的な弱電メーカー、亜細亜電機の代表取締役会長、朝吹権兵衛は、わが国で最大級と言われる企業内病院、亜細亜総合病院で診断を受けた後、トップ人事についての最重要な会議に臨む。朝吹・貝堂体制を終焉させ、経営者の若返りを図るとして、己の息子・一郎に社長を継承させる構想を発表した。発表した直後に、決議以前の段階で朝吹権兵衛は倒れ、騒然となる。院長・富永信州の執刀で総勢7名の手術団が、胃癌手術に臨む。
 そこから、コンツェッルン内のトップ人事について、密かな対立・確執、裏工作が蠢き出す。人事問題は、役員人事に留まらず、亜細亜総合病院のトップ人事にも波及していく。
 手術を無事終了し、特別病室で療養に専念する朝吹権兵衛の許に息子の一郎が訪れた時、権兵衛は矢庭に両手で虚空をつかみ「ガアッ」と叫ぶという症状を起こした。院長は出張中で不在。関根副院長が対応処置をとる。
 事態は新たな局面に入って行く。後の精密検査で、脳腫瘍が発見された・・・・・。
 一方、長年の朝吹・貝堂体制は、思わぬ副産物を生み出し、密かに継続していた。
 この短編、医学領域でのSF的発想と、社会における起こりがちな泥臭い人間関係が巧妙に組み合わされていて、おもしろい。権力への欲求が人を変える。あり得るだろうなと思う。

< 遺体生産病院 >
 この短編には、次の一文がテーマの底流にある。
 「充分な解剖体を持っているのは、東大、阪大、京大、金沢大などの一流校に限られており、新設の私立医大になるほど、解剖体の不足は深刻の度を増していた」(p132)
 冒頭に記したように、この短編は1981(昭和56)年以前に執筆されている。令和時代の現在、解剖体の供給という裏事情はどうなのだろうか。ふと、その点が気になった。
 主人公は、鬼面坂老人総合病院を経営する院長の烏丸弁重郎。彼は、病院の敷地内に、県の福祉協力施設の指定を受け、「鬼面坂老人ホーム・清鈴荘」を別に経営し、主に身寄りのない老人を収容している。県とのタイアップであり、老人ホームの運営資金のほとんどは協力金という名目で、清鈴荘に支給される関係を維持している。
 烏丸は洛陽医大の第一期生だった。母校を訪れ、学長と面談した時に、解剖体不足の件で相談を受け、協力すると約束した。
 この短編は、金銭欲の旺盛な烏丸院長が何を企んだかの顛末譚である。
 このストーリーは途中から、用務員として病院に勤めることになった加藤善作の視点で進展していく。
 私の想像だが、この短編のは、読者がパート2を想像して、顛末のシナリオを描けるスタイルではないか。この短編の終わり方がおもしろい。

< 白衣の殺人鬼 >
 神奈川県厚木市郊外の高台に建つ、6階建てでベッド数県下最大の富士産婦人科病院が舞台。理事長・北見早太郎は医者ではないが病院経営に特異な能力を発揮する。院長は妻の北見千津子。彼女は国立大学の医学部を卒業後、ドイツに留学した優秀な女医。院長をがっちりと支えるのは彼女と同い年の副院長・黒井高男。患者はこの三人を御三家と呼ぶ。
 <金の力で医者たちを抑える>のが、北見理事長のやり方だった。医師たちは他の病院と比較して、高級で処遇されることにより、要求される医療行為に従う風土が出来ている。理事長は時価2億円の超音波断層装置の導入という投資を行った。病棟増築工事代の負債が残り、滞納している状況下で、病院への信用を強固にするために、超音波断層装置の導入という逆手戦法を取った。
 そして、その装置の操作を自分が担当すると言い出した。
 この短編、勿論創作当時の医療機器の科学技術水準を前提としている。理事長は、この装置の操作をするという役割から、意図的に一歩を踏み出して、写し出された映像判定に関わって行く。このストーリーの怖さは、ここから始まる。
 この短編のタイトルに「殺人鬼」が使われている。実に象徴的なネーミングだと感じた。

< 白い復讐 >
 ブラジル政府専用機に便乗し、羽田空港に着陸した対日通商使節団一行と共に、東都医大消化器外科の浅川英雄助教授が帰国した。学長はじめ幾人かの教授が彼を出迎えた。一方、空港内の気づかれないような位置から、青山礼子が浅川の帰国を確認していた。礼子は、東都医大寄生虫研究所という、人目に触れない職場で、主任研究員として、寄生虫学を研究する女医である。
 このストーリー、高校1年生だった礼子が、東都医大の学生主催によるダンスパーティに参加した時、4回生だった浅川と知りあい、その夜、浅川に凌辱されたことが発端となっている。タイトルにある通り、女医青山礼子が復讐に踏み切るというストーリーである。
 青山は己の研究領域で修得した知識と技術を手段として巧妙に利用する周到な計画を実行する。この行動自体がいわばホラーである。だが、さらに礼子のシナリオにはなかった想定外の事態が連鎖的に発生した・・・・・・。
 エンディングの余韻は複雑!!

 昭和の時代の末期にフィクションとして創作された短編連作。だが、今、令和の時代においても、絵空事とは断言できない側面が医療の領域にありはしないか。それこそ、ホラーになりかねない尻尾が、形を変えて今も闇に潜んでいないか。そんな余韻が残る。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
解剖体委員会  :「日本解剖学会」
人体解剖学実習を終えて  :「東京科学大学」
献体にご協力ください   :「山梨大学」
献体について  :「三重大学大学院医学系研究科 発生再生医学研究分野」 
公益財団法人 日本篤志献体協会 ホームページ
Anatomage Table 革命的な解剖学教材   :「Anatomage」
Q:CTとはどんな装置? :「キャノンメディカルシステムズ株式会社」
CT装置を扱うのに必要な資格とは?   :「医療機器情報ナビ」
公益財団法人 目黒寄生虫館 ホームページ

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