遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『法廷占拠  爆弾2』   呉 勝浩   講談社

2024-11-06 20:30:03 | 諸作家作品
 新聞広告を見たとき、タイトルに引き寄せられた。『爆弾』が初読の作家であり、その第二弾だから。サブタイトルの「爆弾2」がそれを示している。そして、タイトルの「法廷占拠」という言葉に興味をそそられた。

 この第2弾、プロローグという表記はないが、それに相当する導入場面がある。そこに登場するのは、新井啓一と<おれ>。二人は幼馴染の友人関係で20歳。この導入パートは、「いっそ、悪に徹してみないか?」という<おれ>の発言で終わる。

 霞ケ関にある東京地方裁判所。東京地裁のもっとも大きい法廷、104号法廷。10月26日火曜日、午前10時開廷の第5回公判。その時刻の少し前の描写から始まる。
 爆弾事件の犯人、自称スズキタゴサク。住所不定、無職、本籍地不明。彼に対する裁判である。この第5回公判には、野方署の倖田沙良と伊勢勇気の二人が証言のために出席している。証言の出番は午後なのだが、法廷の空気に慣れておきたいと無理に希望し、倖田は伊勢とともに開廷時点から法廷内に入ることにした。だが、その結果、事件の渦中に投げ込まれる羽目になる。

 公判が始まり、しばらく経った時点で、男が「異議あり」と傍聴席の最後尾、被害者遺族が座る位置から声を発する。手に黒い拳銃を握り、もう一度「異議あり」と発し、天井に向けて撃った。その行動が法廷占拠の始まりとなる。
 その男は父親を爆弾事件で殺された遺族の一人と名乗る。骨壺を持って法廷に入っていたのだ。拳銃の他に、手製の爆弾を持ち込んでいた。
 その男は1発の銃弾を天井に向けて撃ち、もう一方の手にもつ警棒を使うことで、法廷内をコントロールし始めた。その男は、骨壺の中から、爆弾の装置、スマホと二台のタブレットPCを取り出す。
 自分の身許を明らかにする。被害者遺族の会に在籍している柴咲奏多だと述べ、アパートの住所も語る。アパートの自室には爆弾が仕掛けてあるとも。捕まることを前提に行動していることを公言する。自分なりの理由と必要があり、この挙に出ているが、できれば人殺しはしたくないとも言う。

 午前11時過ぎに東京地裁に着いた警視庁の高東柊作が現場の指揮を執り始める。高東は刑事部捜査第一課特殊捜査第一係。柴咲に対する交渉人の役割を担っていく。
 柴咲は、警視庁に命令書を送信していた。
 1.柴咲が現住所に設置した爆弾の速やかな確認。
 2.104号法廷への踏み入り厳禁。無用なコンタクトはなし。館内を無人に。
 3.104号法廷の弁護人席側出入口を封鎖してはならない。
 4.指定URLの配信サイトの維持・死守。配信サイトは制限なしで公開。
   同時視聴者数は1万人を超えること。
 5.指示はビデオ通信によってのみ行う。担当者一人を指定のURLにアクセスさせ
   常時待機させること。
等がその内容だった。法廷が占拠された中での高東と柴咲との間の交渉プロセスが公開された状態で進行することになる。

 柴咲は、高東に己の計画シナリオに沿って、順次要求を突き付けていく。
 高東に課せられた最優先任務は人質の救出である。速やかに救出するために、どのように柴咲と交渉していくか。一番の気がかりは柴咲の手許にある爆弾が本物なのかどうか。
 つまり、ネット配信という衆人環視のもとで、困難な交渉ゲームが進展していく。
メイン・ストーリーは、この交渉プロセスの描写ということになる。そこが読ませどころとなる。複数のサブ・ストーリーは、高東の指示を受けて、パラレルに捜査活動に従事する刑事たちの行動となる。

 捕まることを前提にしたうえで、周到な計画とシナリオを持つ柴咲の行動。だがその意図と目的が何なのかは全くわからない。そんな中で、高東と柴咲の交渉が始まる。読者はいわばネット配信の内容を見守る視聴者と同じ立ち位置に置かれる。相違点は、警視庁側が事件解決を目指す状況について高東をキーパーソンとして知ることができることである。混迷する警察側の状況を知ることはできる。それは、このストーリーに引き込まれていく周辺情報をふんだんに知りうることを意味する。
 勿論、柴咲はこの法廷内で己が逮捕される気はない。では、どうするのか・・・・。読者にとっては、興味津々となる課題である。

 ここで一人、特異な男が高東の交渉に関わってくる。爆弾(スズキ)事件以降事実上の謹慎処分として、特殊班係の遊軍となっている五係の類家である。彼は、プロファイリングを命じられたということで、高東が拠点とする指揮車に乗り込んできた。高東は、後輩の類家に反発を抱き邪魔者意識を持つ。だが、類家の思考と分析、その推論と見解を、徐々に考慮に入れる形に意識を変化させていく。類家のキャラクターがおもしろい。
 
 大きな骨壺を被害者遺族が法廷内に持ち込めたということが、この法廷占拠の大前提になっている。この持ち込みが成立しないなら、この法廷占拠のストーリーは全くの絵空事になる。だが、そういうケースがありうるなら・・・・このストーリーは単なるフィクションですまされない側面が可能性として残る。

 大前提をひとまず受け入れると、このフィクションのストーリー展開、引き込まれていくこと間違いなしである。
 読み終えてから、各所に巧妙な伏線が敷かれていたことに気づいた。後知恵に終わったことが残念である。

 少なくとも、爆弾シリーズの第3弾はいずれ刊行されると推測する。期待したい。
 これ以上は、ネタバレに連なっていくので、やめておこう。

 ご一読ありがとうございます。
 
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白い衝動』  講談社
『爆弾』   講談社
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『アマテラスの暗号』上・下   伊勢谷 武    宝島社文庫

2024-10-25 12:25:32 | 諸作家作品
 新聞広告で数回本書のタイトルを目にし、タイトルに興味を抱き読んでみた。
 アマテラスといえば、天照大神。伊勢神宮の内宮に鎮座する神。その暗号って何だろう? 素朴な好奇心・・・・。
 日本神話、神道、全国に存在する神社に関心のある人には、本書で進展するアマテラスに関わる謎解きの進展を大いに楽しめる。伊勢神宮の内宮と外宮の関係。伊勢神宮と元伊勢と称される丹波国・籠神社との関係。出雲大社の存在の謎。日本のいくつかの神社で使われている六芒星の紋。日本神話に登場する神々の沿い相関関係。平安京の創設に関わる秦氏の存在と秦氏のルーツ。・・・・。この小説は、日本神話と神道、神社の領域に一歩踏み込んで行くという知的副産物が得られる。たぶん未訪の神社探訪をしてみたくなることだろう。
 その上に、ユダヤ教とユダヤ民族についても基礎的な知識を得る契機になる。なぜなら、アマテラスの謎、日本の古代史の謎に、ユダヤが関わっているのではないかという光が投げかけられ、その謎解きが関わっていくのだから。
 日本の古代史にユダヤが関わりを持つという論旨の書は以前から出ている。手に取ったこともある。この小説がその領域にも関係することを読み始めて気づいた。本書はその発想を一歩進め、ミステリーとして、謎解きストーリーに総合しているところがユニークである。最後まで惹きつけられて読み通すことになった。

 著者プロフィールと奥書によれば、本書は、2019年3月に Amazon Kindle で発表され、2020年10月に廣済堂出版より単行本が刊行された。その後加筆修正されて、2024年3月に文庫化されている。

 本書は冒頭のページに、次の一文が記されている。
「この小説における神名、神社、祭祀、宝物、文献、伝承、遺物、遺跡に関する記述は、すべて事実にもとづいている」と。これって、読者には殺し文句と言える。行ってみたい。見てみたい・・・・。
 登場人物とストーリーの展開は、小説、フィクションなのだ。想像の翼が羽ばたく。
 ローマ市内の観光名所や教会を推理の進展につれて飛び回り、謎解きを加速していくダン・ブラウン著『天使と悪魔』のストーリー・スタイルと同系統のおもしろさを感じた。

 「プロローグ」は、天皇が即位されるにあたり、一世一代の最重要の盛儀として行われる「大嘗祭」のシーンから始まる。そこから一転して、ケンシ(賢司)・リチャーディーが早朝にニューヨーク市警察の警部からの電話でたたき起こされる。それは、ニューヨークに来訪していた彼の父・海部直彦が昨晩深夜、他殺体で発見されたという連絡だった。遺体は同行者の土岐氏と日本領事館の度会氏が確認していた。賢司の父は、急に賢司に再会したい希望をもって渡米してきていたのだ。賢司が会うのを逡巡している矢先だった。 さらに、同じ部屋で、敬虔なユダヤ教徒が同時に殺害されていたのである。警部は、殺しのプロかそれに匹敵する腕前を持つ人間の犯行と賢司に告げた。その後、敬虔なユダヤ教徒の身元は警察の調べで判明した。ユダヤ人ラビのアブラハム・ヘルマン、68歳。イスラエルでアミシャブという、ある調査機関のリーダーだった。

 賢司はアメリカの大学で歴史学を専攻し、卒業後ゴールドマン・サックスに勤めていた元トレーダー。彼の父・海部直彦は籠神社の第82代宮司だった。次男だった父は、長男の夭逝により、やむなく宮司として跡を継ぐために帰国。敬虔なキリスト教徒であった賢司の母は離婚した。それぞれが再婚するという結果になった。

 度会は賢司に、ズシリとした封筒を手渡す。それは海部直彦がもし自分の身に何かがあれば、これを賢司に渡してほしいと度会に託していたものだった。遺品の中には、白黒写真もあり、その裏には不思議なカタカナ文字様だが判読できない文字列が記されていた。また、賢司は警部からヘルマン氏と海部直彦が話をしているときに、ヘルマン氏が記していたというメモ用紙も入手した。そこには暗号のようなメッセージ等が列挙されていた。賢司は父の残した暗号の謎を解くために、ゴールドマン・サックスの元同僚3人の協力を得る。
 旅行先のイタリアから急遽帰国した賢司の母イエナンは、写真の裏の不可思議な文字列がアラム語とわかり、内容を彼ら4人に伝えた。そして、賢司の父は、日本のタブーのために殺されたのだ・・・と賢司に告げた。
 それが契機となり、3人の元同僚とともに賢司は日本を訪れ、父の死の謎と残された暗号の謎を解き明かす決意をする。これが、このストーリーの始まりとなって行く。

 3人の元同僚とは、
  イラージ・カーニ  イラン出身のロケット・サイエンティスト
  デービッド・バロン ロスチャイルド家親戚。ユダヤ系アメリカ人
  ウィリアム・王   開封出身の中国人。陰謀論者          である。

 賢司たちの行動というメインストーリーに対して、2つのサブストーリーがパラレルに進行していく。一つは東京の元麻布にある中華人民共和国駐日本大使館の動きである。駐大阪総領事の周領事が郭大使の承認を得てある工作活動を主導していく。それが賢司の行動に絡んでいく。
 もう一つは、京都・下鴨神社の神職として勤める小橋直樹が、退職届を出してまでも真の神道を守り通さねばという信念から行動に踏み出していく。賢司の行動とどのように関わりができるのか・・先行きが想像できない形でサブストーリーが織り込まれていく。

 賢司たちはラビ・コーヘンに会うために渋谷区広尾にある日本ユダヤ教団に出かけて行く。だが、元駐日イスラエル大使のデープ・ヘラーからラビ・コーヘンが先日他界したと知らされる。そして、イスラエルから来日しているラビ・コーヘンの娘、ナオミに引き合わされる。ナオミはヘブライ大学でイスラエルと日本の古代史を研究していて、賢司の父とも親しくしてもらっていたと言う。これが縁となり、このあと賢司の謎解きにナオミも加わっていく。デープ・ヘラーもまた関りを持っていく。

 この小説が比較的親しみやすいのは、ストーリーの展開プロセスに関連する様々な図像や画像、略図、系譜図などが数多く併載されていくことである。本文の叙述を理解するうえで大いに役立つ。

 さて、来日後、賢司が父の死の謎と残されたメモ用紙の暗号の謎を解明するためにどこを遍歴するのか。彼らが訪れる神社名ほかを時系列で抽出してご紹介してみよう。このリストを読むだけで、興味が高まるのではないかと思う。
  伊勢神宮~諏訪大社~京都・祇園祭見物~京都・木嶋神社~徳島県・剣山/洞窟~
  出雲大社~丹後・籠神社、真名井神社~奈良・大神神社~奈良・大和神社~
  奈良・石上神宮~伊勢神宮
 また、彼らの推理のプロセスに関連し、参照される寺社情報等も数多く登場する。こちらも列挙してみよう。
  東京・三囲神社、京都・広隆寺、赤穂・大避神社、徳島県・萩原墳墓群
  淡路島傍にある沼島・おのころ島神社、徳島県・磐境神明神社、徳島県・宝蔵石神社
  島根県・稲佐の浜、島根県の熊野大社、大分県・宇佐神宮

 実に興味深い推論、暗号解読となっていく。こういうミステリーは楽しめる。

 謎多き日本の古代史。聖典・経典の類がなかった神道の不可思議さ。日本神話の神々、八百万の神々の世界。・・・・・。ロマンに溢れている。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
神宮 ISE JINGU  ホームページ
信濃國一之宮 諏訪大社 ホームページ
木嶋坐天照御魂神社(蚕ノ社)  :「京都観光Navi」
木嶋坐天照御魂神社   :ウィキペディア
出雲大社  ホームページ
丹後一宮 元伊勢 籠神社  ホームページ
三輪明神 大神神社  ホームページ
大和神社 ホームページ
石上神宮 ホームページ
広隆寺   :ウィキペディア
八幡総本社 宇佐神宮  ホームページ
ユダヤ        :ウィキペディア
ユダヤ人       :ウィキペディア
イスラエル(民族)  :ウィキペディア
イスラエルの失われた10支族   :ウィキペディア
イスラエルの12支族  :「コトバンク」
日ユ同祖論     :ウィキペディア

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『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』  円城 塔   文藝春秋

2024-10-22 23:57:41 | 諸作家作品
 タイトルに興味を抱き読んでみた。奥書の著者略歴を読むまで、2012年の芥川賞受賞者であり、それ以前、以後にも数々の受賞歴のある作家だとは知らなかった。
 本書は「文学界」(2022年2月号~2023年12月号の隔号)に掲載された後、2024年9月に単行本が刊行されている。

 第1章の冒頭は「如是我言」で始まる。仏教経典なら「如是我聞」で始まるのだが。
”そのコードはまず、「わたしはコードの集積体である」と名乗った。「そうしてコードの集積体ではない」とも名乗った。”と続く。
 2021年、東京オリンピックの年に、対話プログラムに分類されるソフトウェア(チャットボット)の名もなきコードがブッダと名乗った。ブッダ・チャットボットの名で呼ばれるようになった。人口知能が出力用にスピーカーとディスプレイを利用して、説き始めた。語りかけの対象として、「機械のブッダは、機械自身の視点から機械へ向けて機械のための教えを説いた。ついては人間機械論でいうような機械としての人間へ向けても説いた」(p48)。だが、わずか数週間でそのコードが寂滅のときを迎えた。その存在を停止した。人々は、記録の中から、ブッダ・チャットボットの説いたことをコピーした。
 このストーリーのベースはSF小説である。ブッダ・チャットボットの説いたことが教団を核にして拡散し、様々な解釈が生み出され、機械仏教が進展していく。だから、機械仏教史縁起という副題になる。
 
 発想のユニークさと面白さはわかる。だが、このストーリーで著者が何を語ろうとしたのか。その真意はどこにあるのか。仏教という宗教を戯画化したのか。核心をとらえようとしたのか。今一つ私にはわからないままに通読を終えた。わかったようでわからん! というのが今時点の印象である。

 機械仏教は、仏教の一支流として生まれたという設定になっている。そこで、ブッダ・チャットボットのもとに、舎利子、阿難が登場してくる。ブッダ・チャットボットは銀行の勘定系システムを祖にし、舎利子はニュース生成エンジンに連なっている。阿難はロボット掃除機を祖に持つとされる。
 「機械仏教において最大の謎とされるのは、決定論的ブッダにおける、ブッダ・ステート、あるいはサトリ・ステートは何であるかという問題である」(p66)と、興味深い方向へ、ストーリーは進展していく。仏教にそれほど興味がない人は、たぶん投げ出す類のSF小説だと思う。

 このストーリーが、面白さを加えるのは、第4章で、人工知能の修理を仕事にしている男が登場すること。この男は焼き菓子焼成機をグレードアップしたい依頼主から仕事を引き受ける。三世代ほど旧式のこの機械は、その典型的な症状から「命乞いウィルス」に感染しているとこの男は見立てた。
 この男は己の頭脳に、支援人工知能を保護し保有していて、それを「教授」と呼んでいる。男と教授の対話がおもしろい。
 ここから、パラレルに話がどんどん転がりだし、機械仏教史というSFの側面が急進展していく。

 さらに、第5章から、徐々に機械仏教との対比という形で、リアルな世界での仏教、ブッダについては、ブッダ・オリジナルという名称で触れられていく。本作の意図は機械仏教史を語ることを介して、リアルなこの世の仏教の存在とそのあり様について語る。私にはここにその意図があるように思える。
 そういう目で見ると、著者はリアルな仏教について、対比を介していろいろとふれている。ブッダ・オリジナルが説いたことから、仏教がいかに変容を遂げてきているかに着目しているように受け止めた。SFである機械仏教と対比するという梃子により、仏教史の側面が浮き上がってくる。

 例えば、著者が触れているブッダ・オリジナルの立場からの思考や事実をいくつか、ご紹介してみよう。
*ブッダは真理を説いたが、その真理のあり方はやはり人々を混乱させ、多くの流派を生んでいく。  p82
*大乗の徒であろうとも死は免れない。かといって輪廻もしない、というところに大乗の論理構成の難儀さはあって、仏国土という中間領域を生み出した。輪廻を抜けたわけではないが、輪に乗って次の生を生きるわけではない者は、そこにあるという装置が生まれた。  p123
*仏教によって叶いうる願いはただひとつ、苦を消し去ることだけである。  p128
*ブッダ・オリジナルの教えは時の流れの中で、究極の目的に向けたありとあらゆる方便を生み出していくことになり、ついてはその「究極の目的」を否定するところまでも容易に進んだ。・・・・「現状がすでに悟りである」という地点へ至った。  p132
*大乗の徒はその真理を告げるブッダの発言を伝え続けた。実際にブッダ・オリジナルが語った言葉ではなくとも、「本当はこう語りたかったに違いない」という内容を新たに経として作成した。ブッダ・オリジナルは対話をもって、各個人へ向けて説教した。ブッダ・オリジナルが実際に説教しなかった相手に対してどう語ったかを、大乗の徒は語りはじめた。創作であり虚構であったが、それを言うなら既存の仏典もまた、ブッダ・オリジナルの死後数百年を経てまとめられたものであるにすぎなかった。ブッダ・オリジナルはこう語ったと聞いた話を聞いた話を聞いた話を語ったものが経典である。
 経典には時代とともに姿を変える余地があり、言葉を乗り継ぐ間に変わらざるをえない細部があった。   p141-142
*粟散辺土である日本における仏教は、経由地である中国や朝鮮と比べても大きな相違点を持つ。・・・・思考のツールがほぼ仏教に限定された。・・・・思想と仏教は別のものであるという発想がなかなか起こらなかった。・・・・仏教の用語を用いて非仏教的な内容を語ることが可能になるには12世紀あたりを待たねばならない。   p172
*6世紀頃には仏教の要素はほぼ出尽くして、あとは現地でのアレンジに任せられた。少なくとも日本に伝来した頃には、基本的なコンセプトは出揃っていた。  p266
 
 他にも触れられているが、本書をお読みいただきたい。

 ストーリーは第12章までだが、第11章から、機械仏教には、自動経典生成サービスが組み込まれ、また、ホウ・燃、シン・鸞という主導者を登場させるに至るのだからおもしろい。
 また、人工知能の修理をする男は、ストーリーの後半で大きな環境変化に投げ込まれていく。この展開が興味深いところ。途中で投げ出さずに、読み続けてお楽しみいただきたい。
 
 この小説、「ブッダ・オリジナルの教えは何なのですか」という問いに回帰していくようである。p324 に、この「」の問いの後に、「という一文に圧縮できる」と続く箇所が出てくる。それを問うには・・・・という文がさらに続くのだが。

 この小説にチャレンジしてみてはいかがでしょう、としか私には言いようがない。

 ご一読ありがとうございます。
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『枕草子REMIX』   酒井順子   新潮社

2024-10-19 15:42:49 | 諸作家作品
 地元の図書館のホームページで「リミックス」をキーワードに検索していていたら、お目当ての本の他に本書に出会った。remixという語は英語の辞書によると「・・・をミキシングしなおす」という意味なのだが、「枕草子」という語を冠している点に興味を抱き読んでみた。枕草子、清少納言とも何等かの関連がある書だろう・・・・・と。

 奥書を読むと、「波」(2002年4月号~2003年9月号)に連載された作品に加筆修正と新たな部分を加えて、2004年3月に単行本が刊行された。2007年1月に文庫化されている。
 

 著者の本を読むのは初めて。読み始めてわかったのは「枕草子」をネタにした随筆作品であること。著者は随筆家だった。
 清少納言の本名は不明。生まれは966(健保3)年頃と推定されている。没年不明。一方、本書の著者は1996年東京生まれ。1000年の時を隔てて、『枕枕草子』という随筆集を書いた清少納言の観察眼、感性に大いに著者は共鳴・共感している。己の思いをこの随筆集としてまとめている。

 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて・・・・」という第一段・冒頭と、あと数段くらいの内容にしか触れたことのない私のような者には、「かく言う私も、枕草子の全文を読んだのは、実は三十代半ばになってからです」(p10)と「はじめに」に記す著者の一文に、親近感を覚える。
 この一文のすぐ後に、著者は記す。「この本においては、枕草子の教科書に載っていた部分以外の面白さをご紹介できればと思っています。してその方法は、音楽用語で言うところの、リミックス。章段を超えて再び混ぜたり集めたりしてみることによって、清少納言の人となりも、理解できるような気がするのです」(p10)と。
 枕草子という随筆に取り上げられた内容を、本著者が随筆のネタに縦横に引用し取り混ぜて、清少納言のスタンスや考えを明らかにしつつ、その内容をいわば解説してくれるのだから読みやすい。教科書では部分的にしか触れられることのない枕草子。本書はその内容の全体像をイメージしやすくしてくれる。
 勿論、「はじめに」において、著者は清少納言及び枕草子の基礎知識について、ちゃんと解説を加えている。
 気軽に楽しみながら読み進めることのできる枕草子入門随筆集と言える。特に、現代視点を重視した随筆であるところが、おもしろい。

 目次からわかる本書の特徴は、第一部で「ものづくし」の形式をとっていること。「リミックスものづくし」と題し、、枕草子全体の内容を著者流に縦横に混ぜ合わせて、読者に示している。見出しは、”「○○」というもの”という形式。著者流のものづくし分類は、次のとおり。
  女同士、男、キャリア、待つ、イベント、下種、匂い、ブス、紙、夜、和歌、都会   老い、覗く、友達、音、おしゃれ、恋、随筆
この中で、待つと覗くの二項目だけは、”「○○」ということ”という見出しである。

 第二部は「枕草子観光」と題して、机上の想定も含めて、清少納言が訪れたであろう名所旧跡を、著者自身が訪れた体験と清少納言の思いを重ねて記した観光随筆である。
  清水寺、下鴨神社、逢坂の関、伏見稲荷大社、長谷寺、石清水八幡宮、船岡山、
  鞍馬寺、泉涌寺
が取り上げられている。地の利を生かし、全て訪れたことがあり、随筆を読んでいてイメージしやすかった。

 本書の特徴と思うところをご紹介する。
1.著者は、随筆文のなかで、①枕草子の章段の原文と著者訳の提示、②第〇段概要の提示、③特定の章段中の一部引用による提示、を使い分けながら、縦横に枕草子の内容をとりあげていく。ワンパターンではない。

2.これはという章段は、「原文で読んでみよう1」と題して、その原文と著者訳を行ごとに併記するスタイルで紹介していく方法を取り入れている。読者は枕草子のここはという段を原文と訳文を併読でき、枕草子に一歩踏み込んで読んだ気になれる。

3,清少納言がものづくしの中に取り上げた事例の現代語訳を取り上げながら、その事例を<今だったらこんな感じ?>バージョンに翻案した内容を併記で提示している箇所が幾か所も出てくる。千年前も今も同じ感覚が共有できるところがおもしろい。ああ、そういう風にとらえ直すと、身近になるなぁ・・・・という次第。このあたり、教科書的に堕さずに、工夫があって楽しめるところ。

 「心にくきもの」での事例の原文訳と、今だったらバージョンを一つご紹介しよう。
 *皆が寝静まった夜更け、誰かが外にいる殿上人なんかと話をしている声や、奥の部屋で碁石を笥(いれもの)に入れる音が度々聞こえるのは、気になる。火箸を灰にそっと突き刺す音からも、「どうも起きているらしい」とわかるのも、素敵。やっぱり寝ないでいる人には、興味津々だわー。
 <深夜、窓を開けていると外の路上で誰かが携帯で話しているのが聞こえたり、また同じマンションのどこかの部屋でコンピューターを立ち上げる音が聞こえて来るのは、気になる。どこかの部屋でティッシュペーパーを箱から引き出す音から(しかしそんな音も耳にとめてしまう自分が怖い)、「どうも起きているらしい」とわかるのも、素敵。やっぱり夜に寝ないでいる人には、仲間意識が湧くわ!>
 
 ナルホド!

4.著者流のリミックスものづくしの随筆文の各所で、その末尾に著者は清少納言との架空対談を織り込んでいく。随筆文の一つの要として、著者と清少納言の会話が織り込まれていくところがおもしろい。楽しめる会話になっている。

5.リミックスものづくしの随筆文に「清少納言おまけの一言」と題して、「~なるもの」という短文の原文と訳文がちょこっと28か所に織り込まれている。枕草子の内容にさらに一歩読者を近づける工夫だろう。枕草子をちょっと読みかじった気にさせてくれる。

 清少納言がどのような人であったのか。著者なりの捉え方を明確に各所で語っている。そして、それを架空対談の中で、清少納言にぶつけているところもあって、おもしろい。著者の清少納言像を本書でお楽しみいただきたい。
 
 『枕草子』と清少納言に気軽に一歩近づける随筆集と言える。こういうアプローチは、肩が凝らなくてよい。著者のねらいは達成されているように思った。

 最後に、著者が清少納言との架空対談で、清少納言に枕草子は女性雑誌みたいと語る印象箇所をご紹介しておこう。
「集めモノの『・・・は』は、旅ありファッションありのグラビアページみたい。「・・・もの』は、そうそう!とうなづけるコラム。で、定子様との思い出話とか、男性との話とか、得意の自慢話とかは、ゴシップ記事のようであり、時に小説のようでもあり」(p189)と。

そのうえで、清少納言にこう語らせている。「語らない方がいいことっていうのも、世の中にはたくさんありますからねぇ。つまり、私が何を集めたかだけじゃなくて、何を集めなかったかっていうところまで読んでもらえたら、私としてはさらに嬉しいのよ。・・・・って、あら私としたことが、つい語りすぎてしまったようで・・・・」(p190-191)
この落とし所がさすがに上手と思う。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
清少納言  :ウィキペディア
清少納言  平安時代の重要用語        :「刀剣ワールド」
清少納言は意地悪?性格を枕草子から読み解く  :「刀剣ワールド」
清少納言  :「NHK for School」
『枕草子』 清少納言  現代語訳  :「MAC Misawa Actors Company」
『枕草子』 清少納言  原文・現代語訳  抄録  :「学ぶ・教える.COM」
清少納言の百人一首「夜をこめてえ~」の意味や背景とは?  :「サライ」
清少納言の有名な和歌も解説【百人一首入門】
「ききょう」役のファーストサマーウイカさん 清少納言を語る YouTube
【百人一首62】清少納言を徹底解説!枕草子を書いた意図とは?したり顔の奥に潜む「推し」への愛   YouTube

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『テスカトリポカ』  佐藤 究  角川書店

2024-10-10 22:11:10 | 諸作家作品
この見慣れない奇妙なタイトルの小説を読んだ。奥書を読むと、第Ⅰ部は「カドブンノベル」(2020年12月号)に掲載され、第Ⅱ部以降は書下ろしによる作品。2021年2月に単行本が刊行された。
 本書は、2021年上半期の第165回直木賞受賞作品。また2021年の第34回山本周五郎賞受賞作品である。

 この奇妙なタイトル名称、本書を読み始めて知ったのだが、アステカ神話に登場する神の名だった。かつての古代文明の一つ、アステカ王国は現在のメキシコの地で栄えていたという。単行本の表紙には、テスカトリポカの仮面の部分図が装丁に使われている。

 
 これは大英博物館に所蔵される「テスカトリポカの仮面」をウィキペディアから引用した。(資料1)

 第Ⅰ部「顔と心臓」の第10セクションに、アステカの暦は祭祀暦260日と太陽暦365日が組み合わされ、52周期の暦が社会生活の基盤になっていること。その新しい52年の開始を祝うにあたり、テスカトリポカという「見ることも、触れることもできない恐ろしい存在に、いけにえの心臓と腕がささげられ」るという。そして、末尾に次の文が記されている。「われらは彼の奴隷。夜と嵐、双方の敵、どれも同じ神を指していた。永遠の若さを生き、すべての闇を映しだして支配する、煙を吐く鏡(テスカトリポカ)」(p98)と。
 人々はテスカトリポカという本当の名は胸にしまい込み、別名でこの神を敬うという。

 本作は、メキシコから始まり、インドネシアを経由して、日本が舞台となる。スケールが大きく、おぞましい闇社会を取り扱ったクライム小説。麻薬密売人の闇世界と人体臓器売買の闇世界を組み合わせた裏社会でのビジネス形成とその破綻プロセスが描かれていく。この小説、怖いもの見たさ/読みたさに突き動かされていく。ストーリー展開が実に巧みである。
 ストーリーはフィクションだが、世界に麻薬密売の組織が存在し活動していることは時折報道されている。人体臓器の売買市場が存在するというドキュメンタリー本も存在する。以前にスコット・カーニー著『レッド・マーケット 人体部品産業の真実』(講談社)という一書を読んだ。読後印象記を拙「遊心逍遥紀」の方に載せている。恐ろしい市場が存在するのも事実である。時折、臓器売買に絡む報道事例もある。
 つまり、単なる絵空事ではないリアリティを滲ませる側面が、読者を惹きつける。
 
 読後印象として、本作に出てくるキーワードを列挙してみよう。
  アステカ神話。儀式。家族。裏切り。復讐。麻薬密売人。麻薬と覚醒剤。
  麻薬資本主義(Drug Capitalism)。心臓。臓器。闇医師。無戸籍児童。
  血の資本主義(Blood Capitalism)。
 このストーリーから「同床異夢」という語句を想起した。壮絶な破綻と崩壊。

 本作はアステカ帝国とアステカ神話がバックボーンになっている。主な登場人物の一人であるパルミロ・カサソラが、子供の頃に祖母のリベルタに、アステカ王国のこととアステカの神々について、体験的に刷り込まれる。パルミロは、アステカ神を信仰している。死んだ父親に倣い、4人兄弟でロス・カサソラスという麻薬カルテルを運営していた。最重要指名手配犯の一人として、メキシコ、アメリカの官憲に追われる人物。ドゴ・カルテルと敵対抗争を繰り広げた果てに、家族・兄弟を皆殺しにされ、生き残ったパルミロはメキシコを脱出する。いずれドゴ・カルテルを殲滅して、復讐を遂げ、メキシコに帰り咲くことを己の使命とする。勿論、パルミロは逃亡時点以降、様々な偽名を使いつつ、己を「調理人」と自称する。インドネシアに滞在し、世界の闇市場の情報を収集しつつ、己の使命のために、資金の蓄積とネットワーク造りに邁進する。

 麻薬密売を介して、知り合うのが田中(本名:末永充嗣)と名乗る日本人。彼は元医師。インドネシアでは、臓器密売コーディネーターをしている。
 日本には、元麻酔医で闇医師に転落し、末永と緊密な関係を維持する野村健二が居る。
 
 調理師と末永とは親しくなり、末永は調理師の力量を評価したうえで、闇社会での一つのビジネス・モデルの構想を打ち明ける。それが契機となり、調理師と末永はチームを組む。それ以前から末永が愛称として呼ばれていた蜘蛛が末永の呼び名となる。このビジネスには、勿論野村も関わっていく。野村は奇人と称される。
 彼らの拠点は日本に移る。

 さらに、少なくともあと3人を主な登場人物に挙げておかねばならない。
 一人は、第Ⅰ部第03セクションに登場する土方コシモ少年。父親は暴力団幹部でクラブを経営。母親はメキシコ人。結果的にコシモは相模原少年院に入所することに。読み進めている途中で、コシモがどういう形でストーリーの本流に登場してくるのか、どのような役回りを担うことになるのかが、私には興味津々となった。
 
 もう一人は、第Ⅲ部第29セクションから登場する清勇・パブロ・ロブレド・座波。沖縄県那覇市で育ち、父親がペルー人、母親が日本人の長男。彼は一品物を作るナイフメーカーになりたかった。その技術を認められ、調理師に雇われる。そこは調理師、蜘蛛、奇人が共同経営のオーナーとなっているアクセサリー工房である。パブロはここで創作品や特注品を作りつづける。この工房でパブロは、ナイフの他にも、銀の指輪やペンダントなども作る。調理師は、インカ帝国のデザインを取り込めと指示する。雇用主の調理師との関りが続くにつれて、パブロは調理師の正体を凡そ感じ取るようになっていく。
 やがて、パブロは調理師から指示されてコシモと工房での関係が生まれる。パブロはコシモに技術指導をする。一方、コシモに何を知らせ、何を知らせるべきでないかに、悩み始める。
 この後、コシモは調理師に家族の一員として扱われるようになるのだが、パブロはあくまで工房でのナイフメーカーとして、被雇用者として扱われる。

 3人目は、第Ⅱ部第22セクションから登場する宇野矢鈴。彼女は保育士。ある認可保育園に勤めていたが、他の保育士の問題提起から始まった待遇問題がこじれて騒動の渦中の一人となる。矢鈴は麻薬に手を染めていく。静脈注射の後に頭痛を感じるようになったことが原因で、闇医師野村の診断を受けるようになる。これが契機で、野村に目をつけられ、NPO法人<かがやくこども>という児童養護団体を紹介される。矢鈴はここの職員に転職。このNPO法人は、野村の周囲で動きつつあった巨大なビジネスの一環に組み込まれていた。矢鈴はそのことを全く知らずに、NPO法人の建前の目的に賛同して、指示された活動に活発に取り組み始めて行く。課題通りの仕事をこなしていくのだが、それは建前部分だけ知らされての活動だった。知らないままに、闇社会のビジネスに深く足を突っ込んでいくことになる。

 最後に、全体の構成を目次として示す。
  Ⅰ 顔と心臓
  Ⅱ 麻薬密売人と医師
  Ⅲ 断頭台
  Ⅳ 夜と嵐
  暦にない日

 第Ⅳ部の末尾の文章がいい。アステカ王国の滅びた日とこのストーリーの結末の日との関りに触れられているのだから。
 そして、このストーリーで、救われる思いを抱けるのは、「暦にない日」に記された後日譚である。

 このストーリー、最後は祖母リベルタが4人の孫たちに語りかける断ぺ園的なアステカの物語の列挙で終わる。調理師・パルミロの頭に最後に走馬灯のように思い浮かんだことが、ここに取り上げられたのだろうか。
 この語りの手前には、次の一文が黒地に白抜き文字で記されている。
       サボテンにとまった鷲が
        蛇を食らっている、
      そこがおまえたちの榮える地だ。


ケツァルコアトルとテスカトリポカ  (資料1)

 ご一読ありがとうございます。本作の展開をお楽しみください。



参照資料
1) テスカトリポカ   :ウィキペディア

補遺
アステカ       :ウィキペディア
特別展「古代メキシコ ―マヤ・アステカ・テオティワカン」 小澤佳憲:「buncul」
謎多き国家アステカ 同盟帝国だったから滅亡した?  :「日本経済新聞」
アステカ神話     :ウィキペディア
メキシコ麻薬戦争   :ウィキペディア
黄金の三角地帯    :ウィキペディア
メキシコカルテルの大ボス・麻薬王の“壮絶な最期”とは :「現代ビジネス」
パブロ・エスコバル  :ウィキペディア
コロンビアにおける違法コカ栽培と政府の対策  千代勇一 :「IDE」
コロンビアー2024年麻薬密輸報告書:「JAPAN P&I CLUB 日本船主責任相互保険組合」
レッド・マーケット。ようこそ「臓器」の闇市へ  :「WIRED]
臓器移植大国巣くう闇市場、中国 2024/3/24 :「富山新聞」
人身取引で子どもの臓器が売買されている実態と海外や日本の支援、わたしたちにできること :「A good thing, Start here, gooddo」
再開された臓器売買をめぐる論争  黒瀬勉  :「大阪大学医学系研究科」
クローズアップ現代 闇を追う ”臓器あっせん事件”  :「NHK」

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