警視庁強行犯係・樋口顕シリーズの第8弾。これも愛読シリーズの1つ。「小説幻冬」(VOL.68~79)に連載された後、加筆、修正され、2023年8月に単行本が刊行された。
このストーリー、氏家譲警部が現在関わっている事件のことについて、樋口が氏家と話をする場面から始まる。氏家は捜査第二課選挙係から、少年事件課・少年事件第九係の係長に異動したばかりである。氏家は少年係の経験が長かったので適任ともいえる。話題になったのは、未成年者略取誘拐の事案だった。この導入部を読み、未成年者略取誘拐事件とはどういうものか、初めて知った次第。これは親告罪とのことで、当事者双方が事件性を否定していても、未成年者の両親が訴えると言えば、法に則った処理をすることになるそうだ。
さて、この氏家と樋口の会話が、後の殺人事件への伏線になる。樋口の発案で氏家は殺人事件の捜査に加わることになる。
樋口が氏家の話を聞いてから3日後に事件が発生。天童管理官から樋口班に指示が出る。殺人事件現場は西多摩郡奥多摩町丹三郎。近所の住人で犬と散歩中の高齢者が発見し110番通報。現場は、ホテルなどで使われる業務用シーツに素裸の未成年の少女をくるんで、ここまで来て、車を停めて、放り出していくような感じで遺体を遺棄して行った様子だった。
初動捜査で車の目撃者が現れ、黒っぽいハッチバッグの車が使われていたことがわかる。だがそこからの追跡調査が難航する。
遺体の写真を見た渋谷署・少年係の梶田邦雄巡査部長から連絡があった。被害者は梅沢加奈、17歳、高校2年生と思われると。ネット通販などをてがけているファッション系のIT企業「ペイポリ」と連携し、女子高校生だけで運営される「ポム」と称する企画集団があり、梅沢加奈はその企画集団の一員だった。梶田はその企画集団が売春グループの隠れ蓑に使われているという疑いを抱き、ペアの中井塁巡査長と二人だけで内偵を進めていたのだ。現状では伝聞程度の証拠しかなく、西城係長は確証がなければ乗り気ではない状況という。
樋口と氏家は、梶田の話を聞き、株式会社ペイポリの担当者を訪ねて、梅沢加奈と推定される被害者について、聞き込み捜査をする糸口を見出した。梶田を加えて身元捜査を実行する。ここから身元捜査の輪が少しずつ広がっていく。
*西田加奈の身元捜査と事件当時の行動確認の追跡捜査
*ペイポリとポムの関係はファッション関連での企画というビジネス上の連携だけなのか。ブラックな側面が潜むのか。
*ポムという企画集団は売春グループの隠れ簔なのか。
*ポムのリーダーが売春グループのリーダーなのか。
*ポムのメンバーの一部が売春に関わり、梅沢加奈はその一人ということか。
*黒っぽいハッチバックについての追跡捜査:聞き込み捜査と道路走行記録画像の捜査
*業務用シーツの取扱会社の究明とそこから使用が推定されるホテルの究明捜査
など、様々な観点からの捜査が遂行されていく。青梅署に捜査本部が立ち、樋口は天童管理官を介して、渋谷署に待機できる場所を拠点として確保した。梶田と彼のペアの中井を樋口の捜査に専従として参加させる根回しも行った。
殺人事件の捜査本部が立った中で、殺人犯人をストレートに追跡捜査する本流の動き。そこに売春グループの存在という観点から犯人を追跡する樋口班と協力者たち。天童管理官や捜査本部トップの了解のもとでの捜査活動とはいえ、捜査本部内のダイナミズムが軋轢を生み出す。樋口らの行動を白眼視する輩が出てくるのだ。そういう側面もまたリアルに織り込まれて行くところが興味深い。捜査とは何か。
捜査方針とは何か。命令を受けた事項に取り組み刑事たちの思いはさまざま。そんなことを考えさせられることになる。
捜査のプロセスで、何事にも慎重な樋口がある意味でトラップに陥りかける局面も織り込まれていて、おもしろい。
この樋口顕シリーズでいつもおもしろいと思う所は、樋口が内心で思っている自己像と上司を含む周囲の刑事達が捕らえている樋口像との間にギャップがある点だ。この認識ギャップが事件の推進力になっていく側面もあっておもしろい。
また、樋口には照美という一人娘が居る。娘が中学・高校の頃にはほとんど話をした事が無いという樋口自身の過去の思いが常に、未成年の少女たちの行動を考える上で、樋口の原点となる。娘と己の人間関係や心理を事件捜査の局面で幾度も内省的に振り返り、取り組んでいる事件について考えるという行為を繰り返す。その思考が捜査視点を顧みる推進力となっていく点がおもしろい。
このストーリーの根っ子にあるのは、実に地道な捜査の積み上げである。奇をてらうことなく、着実に事実を積み上げて、樋口は思考と推理を重ねて行く。今回も。樋口のキャラクターを十分に楽しめる。読ませどころは、捜査方法の王道を踏むところにある。
サイド・ストーリーとして、娘のリクエストに応えて、捜査の合間に時間を取る局面を織り込んでいく。秋葉議員と会って、女性の貧困というテーマで刑事の体験と意見を語ることを承諾する。これがちょっとおもしろいインターバルとなり、また取り扱っている事件を別の視点から眺める側面を樋口自身に生み出していく。
樋口と娘の照美との数少ない会話は、樋口の家庭人としての側面を、読者が垣間見る機会となり1つの楽しみともなる。
このストーリーの最後のシーンに樋口の真骨頂が現れている。梶田と樋口の会話である。一部抜き出しておこう。
「どうしたら、樋口さんのようになれるでしょう」
「俺のようになど、なっちゃだめだ」
「いえ、自分は目指したいです」
「ならば」「普通にしていることだ」
「普通・・・・・?」
「そう。普通の人が迷い、悩み、悲しみ、そして、感動し、笑うように・・・・。そんな
警察官でいるのは、意外と難しい」
梶田はこのやり取りで、釈然としない顔をしているところで終わるのだ。おもしろい!
樋口警部の立ち位置を楽しめるのがこのシリーズの醍醐味とも言える。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『天を測る』 講談社
『署長シンドローム』 講談社
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊
このストーリー、氏家譲警部が現在関わっている事件のことについて、樋口が氏家と話をする場面から始まる。氏家は捜査第二課選挙係から、少年事件課・少年事件第九係の係長に異動したばかりである。氏家は少年係の経験が長かったので適任ともいえる。話題になったのは、未成年者略取誘拐の事案だった。この導入部を読み、未成年者略取誘拐事件とはどういうものか、初めて知った次第。これは親告罪とのことで、当事者双方が事件性を否定していても、未成年者の両親が訴えると言えば、法に則った処理をすることになるそうだ。
さて、この氏家と樋口の会話が、後の殺人事件への伏線になる。樋口の発案で氏家は殺人事件の捜査に加わることになる。
樋口が氏家の話を聞いてから3日後に事件が発生。天童管理官から樋口班に指示が出る。殺人事件現場は西多摩郡奥多摩町丹三郎。近所の住人で犬と散歩中の高齢者が発見し110番通報。現場は、ホテルなどで使われる業務用シーツに素裸の未成年の少女をくるんで、ここまで来て、車を停めて、放り出していくような感じで遺体を遺棄して行った様子だった。
初動捜査で車の目撃者が現れ、黒っぽいハッチバッグの車が使われていたことがわかる。だがそこからの追跡調査が難航する。
遺体の写真を見た渋谷署・少年係の梶田邦雄巡査部長から連絡があった。被害者は梅沢加奈、17歳、高校2年生と思われると。ネット通販などをてがけているファッション系のIT企業「ペイポリ」と連携し、女子高校生だけで運営される「ポム」と称する企画集団があり、梅沢加奈はその企画集団の一員だった。梶田はその企画集団が売春グループの隠れ蓑に使われているという疑いを抱き、ペアの中井塁巡査長と二人だけで内偵を進めていたのだ。現状では伝聞程度の証拠しかなく、西城係長は確証がなければ乗り気ではない状況という。
樋口と氏家は、梶田の話を聞き、株式会社ペイポリの担当者を訪ねて、梅沢加奈と推定される被害者について、聞き込み捜査をする糸口を見出した。梶田を加えて身元捜査を実行する。ここから身元捜査の輪が少しずつ広がっていく。
*西田加奈の身元捜査と事件当時の行動確認の追跡捜査
*ペイポリとポムの関係はファッション関連での企画というビジネス上の連携だけなのか。ブラックな側面が潜むのか。
*ポムという企画集団は売春グループの隠れ簔なのか。
*ポムのリーダーが売春グループのリーダーなのか。
*ポムのメンバーの一部が売春に関わり、梅沢加奈はその一人ということか。
*黒っぽいハッチバックについての追跡捜査:聞き込み捜査と道路走行記録画像の捜査
*業務用シーツの取扱会社の究明とそこから使用が推定されるホテルの究明捜査
など、様々な観点からの捜査が遂行されていく。青梅署に捜査本部が立ち、樋口は天童管理官を介して、渋谷署に待機できる場所を拠点として確保した。梶田と彼のペアの中井を樋口の捜査に専従として参加させる根回しも行った。
殺人事件の捜査本部が立った中で、殺人犯人をストレートに追跡捜査する本流の動き。そこに売春グループの存在という観点から犯人を追跡する樋口班と協力者たち。天童管理官や捜査本部トップの了解のもとでの捜査活動とはいえ、捜査本部内のダイナミズムが軋轢を生み出す。樋口らの行動を白眼視する輩が出てくるのだ。そういう側面もまたリアルに織り込まれて行くところが興味深い。捜査とは何か。
捜査方針とは何か。命令を受けた事項に取り組み刑事たちの思いはさまざま。そんなことを考えさせられることになる。
捜査のプロセスで、何事にも慎重な樋口がある意味でトラップに陥りかける局面も織り込まれていて、おもしろい。
この樋口顕シリーズでいつもおもしろいと思う所は、樋口が内心で思っている自己像と上司を含む周囲の刑事達が捕らえている樋口像との間にギャップがある点だ。この認識ギャップが事件の推進力になっていく側面もあっておもしろい。
また、樋口には照美という一人娘が居る。娘が中学・高校の頃にはほとんど話をした事が無いという樋口自身の過去の思いが常に、未成年の少女たちの行動を考える上で、樋口の原点となる。娘と己の人間関係や心理を事件捜査の局面で幾度も内省的に振り返り、取り組んでいる事件について考えるという行為を繰り返す。その思考が捜査視点を顧みる推進力となっていく点がおもしろい。
このストーリーの根っ子にあるのは、実に地道な捜査の積み上げである。奇をてらうことなく、着実に事実を積み上げて、樋口は思考と推理を重ねて行く。今回も。樋口のキャラクターを十分に楽しめる。読ませどころは、捜査方法の王道を踏むところにある。
サイド・ストーリーとして、娘のリクエストに応えて、捜査の合間に時間を取る局面を織り込んでいく。秋葉議員と会って、女性の貧困というテーマで刑事の体験と意見を語ることを承諾する。これがちょっとおもしろいインターバルとなり、また取り扱っている事件を別の視点から眺める側面を樋口自身に生み出していく。
樋口と娘の照美との数少ない会話は、樋口の家庭人としての側面を、読者が垣間見る機会となり1つの楽しみともなる。
このストーリーの最後のシーンに樋口の真骨頂が現れている。梶田と樋口の会話である。一部抜き出しておこう。
「どうしたら、樋口さんのようになれるでしょう」
「俺のようになど、なっちゃだめだ」
「いえ、自分は目指したいです」
「ならば」「普通にしていることだ」
「普通・・・・・?」
「そう。普通の人が迷い、悩み、悲しみ、そして、感動し、笑うように・・・・。そんな
警察官でいるのは、意外と難しい」
梶田はこのやり取りで、釈然としない顔をしているところで終わるのだ。おもしろい!
樋口警部の立ち位置を楽しめるのがこのシリーズの醍醐味とも言える。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『天を測る』 講談社
『署長シンドローム』 講談社
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊