メディアが報じないから、或いはデタラメを言うから、SNSで懸命に情報を発信した医師らの発信を、ツイッター社が検閲して封鎖した実態がこれである。
お陰で正しい情報がとれずに、亡くなったり健康を害したり、取返しのつかない悲劇が起こってしまった。
情報の真偽をどう受け取ろうと、それは各人の自由である。
「ワクチンは安全だ」と「ワクチンは危険だ」の両方を見ての判断ならフェアだけど、一方だけ消されて一方だけを信じるしかなかった。
こんなことが許されるのだろうか?
それとも、またこんな言い訳かな?
「組織人として責任ある役職者が、愚直に職務を全うしただけで、身勝手なチョイスより良識的」
「アナタが投げても他の誰かがやるだけです。それが打ち出しというものなのです」
そんな圧力をかけて命令したのは誰なのか?
とくとご覧あれ。
https://t.co/n4PQgsHxJ3
— 石納 (@80syaku) February 14, 2023
ツイッター米公聴会★ナンシー・メイス議員『TWITTERはFBIの子会社』 pic.twitter.com/hxtfPpL3Vf
これはS問題で何度も見たことです。
「オカシイんだからブン投げろ」という一方で、ブン投げた人への軽蔑とブン投げなかった人への賛辞がある。
まして「仕事」となると、おかしくても従って当たり前。
要はしがらみってやつですかね。
ちょうどこの倫理観というのか、しがらみを持つ人の割合が、接種した割合と一致するのでは?
「しがらみがある」「波風が立つだろう!」「その場に立ってみないとわからない」「大人の対応」「愚直に従った健気さ」とうのは、「オカシイからやらない」派から見ると無勢に多勢だった。
いい悪いじゃなくて、世の中ってそういうもの。
非接種側から見ると、例えば厚労省の、能面みたいな顔をして、愚直に紙に書いてある通りの答弁を見てると、本当にいい悪いじゃなくて、違う生き物に見える。
やれと言われてもできないもんね。
分断なんて今さらで、海に住んでるか陸に住んでるかぐらい、とっくに分断している生物なんだなあと思う。