以前、マスコミにデタラメを書かれる記事に反論する動画が好きと書いたけど、例えば去年の夏頃のメンタリストDさんの動画。
「N国支持のポジションを取っている彼が、立花党首を第一級の政治家として持ち上げて云々…」とネット記事に書かれたことに反論していた。
「自分はN国の支持者ではないし、投票もしていないと言ってる。なぜなら彼らの掲げる政策が、自分にとっては特別メリットがないから」
と何度も何度も言っているにも関わらず、「N国支持のポジションを取っている」にされたり、
「マニフェストは興味はないが、手法が第一級で興味がある」と言ってるだけなのに「N国党の立花党首を第一級の政治家として持ち上げている」と書かれたりしたと。
この不快な気持ちはわかる。
彼らはどう懇切丁寧に説明しようと、証拠の録画があろうと
「DaiGoはN国党の党首にのぼせ上った信者」というレッテルありきで、まずもってこれを貼りたいんでしょうね。
(そうすれば面白おかしく注意を引いてもらえるのかな)
そんなの私もしょうちゅうあるよ。
私はもともとSを嫌でやめたわけじゃない、最初から恨みつらみもないアンチで、身内とそれが原因で厄介なことになったこともない。
アンチブログはやめたけど珈琲でS記事を時々取り入れるのは、「シンパとアンチ」とか「信じること」の心理や「コミュ能力」など興味のあるテーマで書く時、自分の経験上その事情に詳しいし、題材になるからSを使うだけ。
活動がどうとか会長の誰べえがどうとか、教団そのものにはとっくに関心がないし、内容もSのアンチ記事ではないし、そういうS記事を期待する人が読んでも的外れ。
書いている内容も角度も、多くが期待するようなものと違う。
と何回書いても
「そうは言っても」「憎しなんだな」「元Sは憎しが抜けない」「卒業できない」「何年たってもマインドコントロール」「呪縛から解放されない」
という決まりきったレッテルを、どうやっても是が非でも貼り続けたい人はいる。
これこそ何の強固な呪縛だろうね?
世の中にはいろんな人がいるんですよ。
ついでに昔読んだ遠藤周作さんのエッセイを思い出した。
世の奥さんは、夫が接待などで外食してきたら決まって「一人だけ美味しいものを食べてきた」という。
夫が「あんなものは美味しくない。仕事で一生懸命気を使って例え少しくらい高級なものを食べたところで味なんかしないんだ」といくら口酸っぱく説明しても、どんなに言い聞かせても
女は「アナタだけ一人で美味しいものを食べてきた」の一点張り。
確かそんなことが書いてあったわ。
結婚する前のことだったけど、おばさんになるとこんなに頭が固くなるのかな?と笑ったことも思い出す。