来し方、行く末に思いを続けて…
日記 … Kametarou Blog
トイレ今昔
毎日1回以上は使うトイレ、特に「大」の方についてのこと。
今は、いうまでもなく水洗。これは出した物を水で流してしまうことはいうまでもないのだが、ウンコを出した出口をもキレイに洗ってくれる意味の水洗に感慨無量だ。
私ほどの年齢の者なら誰もが体験しているトイレの歴史を思い出す。一番初めはもちろんくみ取り式。シバレのきつい冬など、トイレにはもちろん暖房などないから、底から上まで凍り付いていた。裾野は小さく丈は2尺ほどのウンコの凍った山が便槽の中に「君臨」していた。この山を棒で崩す作業が必須だった。夏はもろに臭い。
しかも今のようなトイレットペーパーなどはなかったから、新聞紙を小さく切って使った。だからキレイにとれなくて臭っていた子どももいた。
雪がとけて土がでるころ、便槽から桶で水分(主としておしっこ)とウンコをくみ上げて、馬そりで運び、田んぼや畑にまいた。貴重な肥料だった。だから春はこの臭いが連れてきた感がする。「春の香水」などと話していた。この「香水」のもとは人間のウンコ(人糞)だけでなく、家畜のそれ(馬糞)も混ざっていたはずだ。
※ 大昔の旅行などでトイレはどうしたのだろうと思うことがある。男なら誰もが体験したやり方でいいだろうが、女性は大変だったのでは、と思う。例えば「更級日記」の作者など関東から京まで旅をする話が最初に出るのだが、苦労しただろうと想像する。あまりこのテのことは記載されていない。
大学時代、寮生活だったが、トイレの仕組みは基本的に変わらなかった(くみ取り)。
水洗になったのは、1970年代ではなかったろうか。そのころ私は町内会の役員だった。「水洗化促進」の取り組みをした記憶がある。役所に「ウチの町内会も早く水洗化を」という陳情をした。
水洗化が広がると共に「春の香水」は消え失せた。水が流してくれるウンコとおしっこはどういう働きをしてくれるのだろうか。今都会の人はそういうことが体験的に分からない。タマに下水処理場を見学して、「下水」の意味などを知ることも必要なのでは、と思ったりして。
今は、いうまでもなく水洗。これは出した物を水で流してしまうことはいうまでもないのだが、ウンコを出した出口をもキレイに洗ってくれる意味の水洗に感慨無量だ。
私ほどの年齢の者なら誰もが体験しているトイレの歴史を思い出す。一番初めはもちろんくみ取り式。シバレのきつい冬など、トイレにはもちろん暖房などないから、底から上まで凍り付いていた。裾野は小さく丈は2尺ほどのウンコの凍った山が便槽の中に「君臨」していた。この山を棒で崩す作業が必須だった。夏はもろに臭い。
しかも今のようなトイレットペーパーなどはなかったから、新聞紙を小さく切って使った。だからキレイにとれなくて臭っていた子どももいた。
雪がとけて土がでるころ、便槽から桶で水分(主としておしっこ)とウンコをくみ上げて、馬そりで運び、田んぼや畑にまいた。貴重な肥料だった。だから春はこの臭いが連れてきた感がする。「春の香水」などと話していた。この「香水」のもとは人間のウンコ(人糞)だけでなく、家畜のそれ(馬糞)も混ざっていたはずだ。
※ 大昔の旅行などでトイレはどうしたのだろうと思うことがある。男なら誰もが体験したやり方でいいだろうが、女性は大変だったのでは、と思う。例えば「更級日記」の作者など関東から京まで旅をする話が最初に出るのだが、苦労しただろうと想像する。あまりこのテのことは記載されていない。
大学時代、寮生活だったが、トイレの仕組みは基本的に変わらなかった(くみ取り)。
水洗になったのは、1970年代ではなかったろうか。そのころ私は町内会の役員だった。「水洗化促進」の取り組みをした記憶がある。役所に「ウチの町内会も早く水洗化を」という陳情をした。
水洗化が広がると共に「春の香水」は消え失せた。水が流してくれるウンコとおしっこはどういう働きをしてくれるのだろうか。今都会の人はそういうことが体験的に分からない。タマに下水処理場を見学して、「下水」の意味などを知ることも必要なのでは、と思ったりして。
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