かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

危うく国庫金に入るところだった

2019-04-19 09:38:37 | ブログ記事
昨日、日帰りで帰省したのは、
兄嫁から、私名義の預金のお知らせハガキが転送されてきたからだった。

私名義と言っても、私の旧姓の名義だった。

これは、母が私にくれると言っていた貸家の家賃の溜まったものだったと思う。

が、母が亡くなったとき、
兄嫁や甥や甥のお嫁さんが、母の部屋の中のものをよく分別しないで捨てたから、
たぶん通帳も印鑑も捨てられてしまったと思う。

私は母が亡くなったあとで、兄嫁に、「母の遺品の片付けに行きます」と連絡したのだが、
兄嫁は、「決算で忙しい時期だから来ないでください」と返事があった。

それで母の四十九日まで行かなかった。

四十九日に行くと、母の部屋はきれいさっぱり何もなくなっていた。

兄嫁は、
「前からお願いしてあった大工さんが来てくれることになったから急いで捨てました」と。

まあ、確かに母のガラクタは尋常の量ではなかったから仕方なかったかもしれない。

が、今回のように、通帳や印鑑のない預金のお知らせがくると、
ひょっとすると、ほかにも大事なものを捨てられたのでは?と心配になる。

今回の預金は、通帳がなくなっているだけでなく、印鑑もなくなっているし、
それより名義が私の旧姓のままなので、いろいろ手続きをしなければならなかった。

それで夜行で行って、朝いちばんに我が家の本籍のある南国市役所に行き戸籍謄本を取り、
それから該当の銀行に赴いたのであった。

事情を話すと、担当の行員さんはとても親切に対応してくれた。

それで時間は多少かかったが、昨日の午前中に全部の手続きを終えることができた。

その際、親しくなった行員さんが
「今日は、どういうふうなルートで来られましたか?」と聞かれるので、

「実は朝いちばんに取り掛かれるように、昨夜の夜行バスで来ました。
が、夜行バスだと高知市には早朝6時前に着いてしまうから、
わざわざ安芸まで行く夜行バスに乗り、
安芸から土佐くろしお鉄道で南国市まで戻ると、
ちょうど朝9時の開庁に合わせることができました」と話すと、

親しくなった行員さんは感心してくれた。

われながら、無駄のないいいやり方だったと思う。

それで、結構手間のかかる手続きも午前中に終えることができた。

その後、実家に寄ることもできたが、
母のいない実家は、急に行くと迷惑しかないだろうと思って、
兄嫁にはメールで、
「帰省していますが、今回は日帰りですので、寄らずに帰ります」と知らせた。

兄嫁からも、あっさりと「お気をつけてお帰りください」と返信があったのみであった。

まあ、義理の仲はこういうものだろう。

その後、実家の横は通ったが、素通りして、氏神様に参拝だけして帰途に就いた。

それにしても、今回、こうして帰省して手続きをしなかったら、
母が私に残してくれていた預金は国庫金に入るところであった。

世の中には、こういうふうな経緯で国庫金に入る預金も多いかもしれない。

その後、帰りの高速バスは舞子駅で降り、JRに乗り換えて孫の保育園に行った。

お嫁さんにメールすると、
「仕事が終わって今から保育園にお迎えに行くところです」と返信があったので待って、
高知で買った土産を分けてあげて帰宅した。

疲れたが、半日でややこしい仕事を片付けることができたし、
夕方は、4月から違う保育園に通い始めた孫の今度の保育園も見られたし、
お嫁さんとも孫とも会えて充実した一日であった。

*

☆届きたるハガキのみにて印鑑も通帳もなき預金引き出す

☆危うくも国庫金行き免れし母の蓄へくれし預金よ

☆大方は兄の名義にしてありし母の預金は兄嫁たちに

☆不動産すべて放棄を頼まれて放棄をしたり兄の遺児らに

☆三人の息子のこしし亡兄は親孝行かはた親不孝か

☆家あまり時代であれば住みくるる人がゐること幸運なりや

☆高知市の一等地とは言はるれど住む身でなくば関係あらず