かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

ひどい言いがかり

2019-04-27 23:09:40 | ブログ記事

まだ書いてはいけないと思っていたのですが、

yahooニュースのコメント欄のコメント群にたまりかねて書いています。

悠仁さま安全は…改元前の異様な犯行 問われる管理体制

これらコメントは今回の犯人に怒ったふりして

意図的に秋篠宮家を貶める書き方をしています。

この際、秋篠宮家の教育方針がどうのこうのという問題ではないでしょ(怒)。

秋篠宮家は秋篠宮家のお考えがあって選ばれた学校だと思います。

それを「学習院に行かれていれば~」とかいうのは言いがかりです。

学習院に行かれていても事件は起きたかもしれません。

それなのに、事件が起きたことをこれ幸いと秋篠宮家を貶める材料にしています。

悠仁様がお茶の水中学校に行かれたから、他の生徒にまで被害が及ぶとか・・・。

卑怯です(怒)。

学習院も昔は皇族の行かれる学校だったかもしれませんが、

近年は他の学校とあまり変わりないようにお見受けします。

学習院だから絶対大丈夫ということは言えない世の中です。

それを、こういう事件があったからと言って、

秋篠宮家を貶める口実に使うのは何か理由があってのことでしょうか?

私は、ご夫妻は、学習院に安心して行かせられない理由があったから、

他の学校を選ばれたのだと理解しています。

最近のyahooニュースの秋篠宮家貶め記事は目に余ります。

いったいどういう目的があって、ここまで秋篠宮家を叩くのですか?

誤解されないように書き添えておきますが、

私は一国民として中立の立場で書いています。

私のように思っている国民は多いと思います。


犯人は利害関係から探れ

2019-04-27 21:13:01 | ブログ記事
と書くと推理小説の謎解きのようですが、
事件とは、そういうものだと思います。
それにしても、物騒な事件ですね。

警護体制を強化することも、もちろん大事ですが、
それより、この犯行を画策した人物(団体?)を特定したほうが早いでしょう。

これ以上書くと具合が悪いので、ここまでにしておきます。

寒い

2019-04-27 12:57:12 | ブログ記事
汗ばむほどの陽気が続いたから、春服を洗ってしまおうとしていた。
ところが今日は、朝から寒い。
夫に「寒くない?」と聞くと「いいや」と応える。
「え、私、こんなに寒いのに」と思ったが、
私の体調が変なのかと思い直した。
が、やっぱり寒いので、洗ってしまおうと置いてあった春服をまた着た。
温度計を見ると、午後になっても19度より低い。
寒いはずだ。
夫のほうがどうかしている。
夫は、この寒さの中、半袖でテニスの合宿に出かけた。
楽しい仲間と合宿する歓びで寒さも感じなかったのだろうか?
風邪を引かなければいいのだが・・・。

*

☆寒いのに寒くないとぞ応へるは後期高齢間近の夫

☆半袖で張り切る夫(つま)を見送りて上着重ねる妻なりわれは

☆ストーブを点けて半身ぬくめつつ取り掛からむか評論文に

☆無理をせぬことが鉄則無理せずに書けるものかは評論文が

☆読書する根気も失せて読まぬまま書けるものかは評論文が

無理は禁物

2019-04-27 05:52:58 | ブログ記事
昔から「年寄りの冷や水」という言葉がある。

これは「老人が年齢にふさわしくない危険なまねや、出すぎた振る舞いをすること」
という意味らしいが、
これをする老人は多い。

昨年亡くなった私の母もそういう老人であった。
とにかく年寄りらしく大人しくしているということのできない人であった。
亡くなる前の年も、入院中で、胸にコルセットを当てられているのに、
私がお見舞いに帰省したことを利用して外出許可をもらって、
私が帰る日になって、JRに乗って自分の従妹の家に泊りがけで行った。
それを止める私とは高知駅で大ゲンカになったが、母は決行した。

それもただ行ったのではなく、
JRで久礼という漁港のある町まで行って、
そこでお土産にお魚をいっぱい買って持って行ったのだ。

母の言い分は、これだけお土産を持っていくのだから迷惑ではないと。

その言い分は、母の従妹が元気であればのことで、
その母の従妹は軽い認知症になっている。

だから、その母の従妹の息子さん夫婦には迷惑だったようで、
その後、その母の従妹のお連れ合いが亡くなったときも、
わざわざその息子さんから私の母に来させないように兄嫁に連絡があったらしい。

だれでもコルセットを当てた90歳過ぎの老人に一人で来られると対応に苦慮する。

そんなことは誰にでもわかりそうなことなのに、わからない人が私の亡母であった。

母は若いころから何事でも、自分のしたいことを無理しても、やり通す人であった。

私が心臓の手術を受けた翌月、
母は乗っていた自転車で大けがをして、杖をついてやっと歩くという状態になった。

が、毎月お稽古に行っていた香川県には杖をついて教えに行ったから、
お弟子さん達が驚いたらしい。
当時の母は78歳であった。
だいたい自転車に乗るのも危ない年齢である。
が、母は、まだ乗っていたのである。
そして事故を起こしたのだが、
静かにしている人ではなかったので、お稽古に行ったし、
その月の終わりごろには心臓の手術後ひと月の私のところに手伝いという名目で来た。

が、そんな身体で来られて手伝いになるはずもなく、
まだ寝ていなければならない私のほうが母の世話をするという羽目に陥った。

母は、とにかく若いころから無理をする人であった。
それで通してきた人だった。

亡くなった日の前日も、
病院で外出許可をもらって、
母の世話に来てくれていたおばちゃんに付き添ってもらって頭にパーマをかけている。
生け花の新年会に行くつもりだったのだ。

そのパーマをかけた翌日、
私の甥の子で、母には曾孫である子のピアノ演奏を聴いてから後は一日中寝ていた。
しかし、夕方には寝込んでいた私を起こしてホテルの夕食を一緒に食べに行った。
そして、その次の朝、未明に心不全で亡くなった(=亡くなっていた?)のだった。

最期の最後まで、したいことをして死んだ。

ある意味、幸せな一生であったかもしれない。

が、ふつうは、こういう無鉄砲なことはしない。

と、前置きが長くなったが、
昨日、私の「やはり歩きすぎはよくないようだ」の記事にコメントくださった
通りすがりの方があった。

その方は、「歩いている70代、多い。  少し、スリムになった方がいいのでは。」
と書いてくださったのだが、
私は母と違って無理をしないのがモットーなので、
大きなお世話と申し上げたい。

私も腰に痛みのないときは、機会を見つけて歩くよう心掛けている。

病院に行くときも一駅分くらいなら歩いて行く。

が、腰痛を起こしているときに歩くのは逆効果だと思うから歩かないだけのことである。
また、亡くなった自分の母のように、人に迷惑をかけてまで頑張ることはよしとしない。

無理は禁物と思う所以だ。

(それでも、私も母の娘であるからには、かなり無理をするような場面もあるが・・・)

とにかく、そんな私の信条を知らずに通りすがりで無責任なことは書いてほしくない。

と、記事にして反駁してみた。


類は類をもって集まるのか、私の夫もかなり頑張りすぎる人である。

一昨日は、
この春売却した大阪のマンションから川西市の自宅まで自転車をこいで帰ってきた。

マンションにあった家財は、人手不足の折から、ほしい人たちにもらっていただいたが、
買ったばかりだった自転車は、自分で乗って帰ってきたのだ。

今年の誕生日がくれば後期高齢者の仲間入りをするというお人なのに・・・。