昨日のお話。
朝 ちょうちんが 点いてました。
櫓も セッティングしてました。
【祭りの予定】
7月31日(水)
午後4時 夏越祭 本殿祭
本殿祭後、茅の輪くぐり
本殿祭終了後 一童社祭
本殿祭終了後 宇賀神社前夜祭
午後7時から9時まで
奉納 宮内踊り (宮内踊り保存会)
煙火 午後9時頃予定
毎年 7月31日に 行われる このお祭り。
その日は たまたま定時だったので 行くことができました。
輪くぐり。
PM7:00
日没の時刻。
そろそろ 祭りの始まりです。
プログラム。
「 宮内踊り 」の 写真を 記録として 使うらしく 特別に 一般客抜きで 踊ってくれました。
暗くなり 最高潮のころ。
朝とは また 感じが 違いますね。
踊りの輪が 広がります。
代々 こうやって 引き継がれるのですね。
踊りが 終わると 花火。
少し早目に移動。
でも セッティングしてたら 「 花火あげてください 」
目の前で 打ちあがる 花火。
バタバタしながら 写真と 動画を 撮ってました。
設定も 無茶苦茶で なんとか 撮れたもの。
時間にして 五分程度。
最後は 大きな花火が 上がりました。
花火の動画は 最後のとこで 録画ボタンを 押さなかったので 保存されてませんでした。
だいたい このあたりで 上がります。
コピペ
宮内は、吉備津神社の門前町として幕府や諸大名の干渉を受けない治外法権地であり、歓楽の町であった。芝居や相撲、軽業などの興業も祭礼にあわせて長期間行われ、岡山、倉敷、総社などから多くの人出でにぎわった。
宮内踊りは宝暦年間(1751~1763)に、芝居興行にきた花形役者三桝大五郎が振り付けて、この地の芸者に踊らせたのがはじまりと言われている。明治22年8月よりいったん中絶したが、浅沼男登次氏が復興に尽力し、明治40年再び踊り始められ今日に至っている。
明治時代には宮内の人だけで踊っていたが、大正時代になると扇踊りが作られて華やかとなった。しかし舞踊の素地の無い者には難しい踊りであったという。昭和10年ころ、子ども対象の「吉備津音頭」が作られ、宮内踊振興の機運が高まり「宮内踊保存会」が起こった。太平洋戦争中から戦後にかけて一時衰微したが、復活が叫ばれるようになり、昭和34年には岡山県指定重要無形民俗文化財となった。今日では白石踊(笠岡市)、大宮踊(真庭市)と共に岡山を代表する盆踊りと位置づけられている。
祭りの動画です。
いろんな踊りを 踊ります。
※ CANON EOS Kiss X4・Panasonic LUMIX DMC-FZ200で 撮りました。( 長玉は 持っていきませんでした。 )