2008.12.01に「木星、金星そして三日月」のタイトルがある。2025.01.03迄に、16年。天体観測…等とうの昔にやらなくなったけれどふっと見上げた空を撮ることはある。今日も夕闇の中に三日月が冴え冴えとしていた。 ▲ 2025.01.03 金星・三日月 ▲☆▼ 2008.12.01 木星・金星・三日月 ▼ 2008.12.01 木星・金星・三日月(2025.01.03)- . . . 本文を読む
いつもと変わりない空の青さ、変わらないことが良いのかもしれない。変らないことは良い事かも知れないけれど今年は少し出遅れたから、港の東端に着く頃には、帰り道の人たちの群れ?に紛れた。陽はもう明石海峡大橋の上だった。残っていたのは、物好きなカメラマンがわずか。ちょっとしたハプニングもあって画像は殆どない。いつもの港風景と、葦原の一部を撮って、若宮神社の『正月桜』ではなく『十月桜』撮って帰る。いつもと変 . . . 本文を読む
かなり強い風、雨量も久し振りだったけれど晴れたからオギとアシが風に揺れているだろう…そう思って明石川まで自転車を飛ばした。何という光景……。 ▲ 明石川と伊川の合流地点ではまだまだ水量は多かった。▼ ☆ ▲ アレチウリの果実も惨憺たる有様もカメムシも何とかしがみついていたのだろうか。▼ オギ(荻)イネ科ススキ属 Miscanthus sacc . . . 本文を読む
いつかの秋にも同じようなタイトルでページが出来た。今年は何時になく暑かったし、彼岸を過ぎても暑かった。久し振りに国道175号線を北に走り、明石川に出て南に走り公園を抜けて今度は大蔵海岸。カメラの出番は殆どなく、記憶に残っても居ない場所を走り回っていた。大蔵海岸からは埋立地の一番南端をひたすら市役所辺りまで走った。 ▲ 明石川右岸からの南望 遠くに明石市街 海峡大橋の舞子側支柱 手前は新幹線 ▲ . . . 本文を読む
わかりにくい場所だった。やっ左手が使えるようになって、車を軽のオートマに代えた女房どのだがナビは付けなかった。最近の携帯アプリの方がお利巧?だからだそうだ。それでも塩屋の町は迷路のような道が続く。徒歩だとさほどでもないのだけれど車で出かけたから広い道から狭い道に入り込まなくてはならない。塩屋駅は山陽電車とJR線路が高架で並走している。ナビの案内通り…と、塩屋駅のかなり西で左折した。北 . . . 本文を読む
いつもの望海浜。毎年変わり映えしないのは、遠出することも無くなったからだし安心して自転車走らせて3分の場所だからだ。明石海峡大橋が出来て以降、よほどの荒天でない限りは出かける。その程度の事でも、億劫になれば止せばいい。2024.01.01 07:07 望海浜着 07:14 07:17 07:20 07:2107:2107 . . . 本文を読む
ここ数年、冬には毎年出かけているセツブンソウの田殿神社と、アテツマンサク、セリバオウレンの新見。直後の五月に、ちょっとしたことで利き腕を痛めてしまった女房殿は愛車を手放す羽目になって暫くは不自由をかこつことになった。たまたま神奈川・藤沢で仕事している長男が故有って、秋から岡山県の最北東端部に位置する西粟倉村の仕事を手伝うことになって明石を拠点??に毎週末には藤沢に戻る計画を立てたことで車が必要にな . . . 本文を読む
ここを卒業したのは昭和39年2月のことになる。幾つかの変遷はどこか他人事になって久しいのだけれど明石公園の樹名板の取り付けに立ち会った縁で今日は母校の校庭内にある樹木の銘板付けを手伝う。同窓会に関わる人たちも参加されての一時間程度の作業を現役の高校生たちと手分けして作業。幾つもの記憶はどこかに残っている筈だけれど、殆どすべてが新しくなって60年近くも前の印象は薄い。この場所に残る幾つもの記憶は、あ . . . 本文を読む