最近めっきり冷えてきました。長袖を着、みそしるをすすり、風呂につかるようになりました。つい先日まではタオルケット一枚で寝てたのになあ…
さて、ジュンパ・ラヒリは10年前までほとんど完全に無名の存在だった。それが、最初の短編集『停電の夜に』であれよあれよという間にO・ヘンリー賞を受賞、ピュリツァー賞を受賞して、邦訳が新潮クレストブックスから出され、日本でも広く名前が知られるようになった。しかしそれでも、いまだにメジャーな存在だとは言えないし、ぼく自身、本の存在は知っていてもそれを意識することはなかったし、またジュンパ・ラヒリという一風変わった名前の持ち主のことなど、全く知らなかった(ぼくは彼女を男性作家だと思っていた)。
ところが最近、新潮クレストブックスに載った作品で短編集が出るという話を聞いて、その中にこのジュンパ・ラヒリの作品が含まれているようで、そのとき初めて彼女の名前を意識し出した。それからまもなく古書店で新潮文庫版の『停電の夜に』を目にし、思わず買ってしまったのだった。
ブックカバーの折り返し部分に載っている彼女の写真を見ると、恐ろしく美人である。両親がインド人で本人はアメリカ育ち、英語で小説を書いている。今年で41歳になるはずだが、この写真よりはいくぶん老けたことだろう。それでも、この整った顔立ちを見ると、本当に美しい女優が歳をとってもずっときれいなように、彼女もその容貌は衰えていないのではないか、と想像してしまう。
短編小説には、最後にどんでん返しのあるもの、世界の一瞬を切り取ったものなどがあるが、彼女の小説はどちらかといえば、前者に近いと言えるかもしれない。『停電の夜に』にはそういう類の小説ではないものの方がむしろ多いのだが、しかし「停電の夜に」と「病気の通訳」の印象が強くて、そういうふうに感じてしまう。
表題作「停電の夜に」は、互いにすれちがいを感じている若い夫婦が停電の夜々に秘密を打ち明けあい、再び距離を縮めてゆくという内容なのだが、最後に男が言ってはならないことを言ってしまう、という話。
「病気の通訳」は、インドのタクシードライバーが若い夫婦とその子供たちを乗せ、インドを案内するのだが、妻が一人タクシーに残って、思いがけない秘密をドライバーに告白する、という話。
いずれも後半にはっとするような展開が待っていて、小説の醍醐味を味わえる。しかも両方とも読み終わった後に色々と考えさせられる。
著者がインド系ということもあり、小説にはインド人が多く登場する。パキスタンとの国際問題を背景に置いている作品もあるが、人種の軋轢や言葉の壁、といった問題は表面化されない。 それよりも、夫婦関係の機微を扱った作品が圧倒的に多い。ジュンパ・ラヒリは特にその亀裂を描き出すが、短編集の最後に収録されている「三度目で最後の大陸」は、逆にその関係の幸せな成就を描き出していて、締め括りに相応しい内容になっている。
他には、「本物の門番」が印象的だった。
日常描写がきめ細かい作家だが、それなりに読ませる構成力も持っている。短編の魅力を堪能できる一冊である。
さて、ジュンパ・ラヒリは10年前までほとんど完全に無名の存在だった。それが、最初の短編集『停電の夜に』であれよあれよという間にO・ヘンリー賞を受賞、ピュリツァー賞を受賞して、邦訳が新潮クレストブックスから出され、日本でも広く名前が知られるようになった。しかしそれでも、いまだにメジャーな存在だとは言えないし、ぼく自身、本の存在は知っていてもそれを意識することはなかったし、またジュンパ・ラヒリという一風変わった名前の持ち主のことなど、全く知らなかった(ぼくは彼女を男性作家だと思っていた)。
ところが最近、新潮クレストブックスに載った作品で短編集が出るという話を聞いて、その中にこのジュンパ・ラヒリの作品が含まれているようで、そのとき初めて彼女の名前を意識し出した。それからまもなく古書店で新潮文庫版の『停電の夜に』を目にし、思わず買ってしまったのだった。
ブックカバーの折り返し部分に載っている彼女の写真を見ると、恐ろしく美人である。両親がインド人で本人はアメリカ育ち、英語で小説を書いている。今年で41歳になるはずだが、この写真よりはいくぶん老けたことだろう。それでも、この整った顔立ちを見ると、本当に美しい女優が歳をとってもずっときれいなように、彼女もその容貌は衰えていないのではないか、と想像してしまう。
短編小説には、最後にどんでん返しのあるもの、世界の一瞬を切り取ったものなどがあるが、彼女の小説はどちらかといえば、前者に近いと言えるかもしれない。『停電の夜に』にはそういう類の小説ではないものの方がむしろ多いのだが、しかし「停電の夜に」と「病気の通訳」の印象が強くて、そういうふうに感じてしまう。
表題作「停電の夜に」は、互いにすれちがいを感じている若い夫婦が停電の夜々に秘密を打ち明けあい、再び距離を縮めてゆくという内容なのだが、最後に男が言ってはならないことを言ってしまう、という話。
「病気の通訳」は、インドのタクシードライバーが若い夫婦とその子供たちを乗せ、インドを案内するのだが、妻が一人タクシーに残って、思いがけない秘密をドライバーに告白する、という話。
いずれも後半にはっとするような展開が待っていて、小説の醍醐味を味わえる。しかも両方とも読み終わった後に色々と考えさせられる。
著者がインド系ということもあり、小説にはインド人が多く登場する。パキスタンとの国際問題を背景に置いている作品もあるが、人種の軋轢や言葉の壁、といった問題は表面化されない。 それよりも、夫婦関係の機微を扱った作品が圧倒的に多い。ジュンパ・ラヒリは特にその亀裂を描き出すが、短編集の最後に収録されている「三度目で最後の大陸」は、逆にその関係の幸せな成就を描き出していて、締め括りに相応しい内容になっている。
他には、「本物の門番」が印象的だった。
日常描写がきめ細かい作家だが、それなりに読ませる構成力も持っている。短編の魅力を堪能できる一冊である。