これは小説(フィクション)ではない、と村上春樹は「はじめに」で語っていて、というのも、この本の中に収められている作品はいずれも人から聞いた話を文章にしたものだから。要するにどれも実話らしい。だからこれは小説ではなく、スケッチなのだと言う。ところが。読んでみて感じるのは、とても実際にあった話だとは思えないってこと。40日間、同じ人物から毎日奇妙な電話を受け、そして嘔吐し続けた男の話、好きな女性を望遠カメラで観察し続け、生活が破綻してゆく男の話など、現実にはありそうもない話の数々が開陳される。だから本当にあった話というのは嘘かもしれない。小説家というのは嘘をつくことを正当化されている人たちだから、ある本の括りを「小説」ではなくて「スケッチ」とするような嘘をついたのかもしれない。これは実際にあった話で…と語りだされる虚構の物語はたくさんあるけれど、村上春樹のこの本も本当を巧妙に装ったそういう類の本かもしれない。
分量が24ページの物語が多く、そういう点から見ても、これはきちんと計画された物語なのだよ、と暗示されている気がするんだけど、それは考えすぎだろうか?同じページ数の物語なのに、当然のことながら、全く違った内容が展開されて、しかもそのいずれもがとても興味深い、奇怪な物語なので、非常に楽しめる。奇怪な、と言っても、作中人物の行動や彼/彼女に生じる出来事がいつも変わっているとは限らず、むしろ一般的な場合さえある。ところがそういう場合、その人物の考え方が普通ではない。これらの物語はどこかしらが歪んでおり、よく日常に亀裂が入りそこに幻想が忍び込んでいる、というような説明をする人がいるけれど、幻想性のない非日常的な不思議が微妙に立ち現れていると言っていいと思う。決して幻想ではない。でもどこかがおかしい、ずれている。
村上春樹の作品の中では比較的マイナーな部類に入る本だと思うけど、初めて飲むうまく調合されたカクテルみたいに味わい深くて、ぼくは好きだ。村上春樹特有の、外国語の文章を訳したような、且つ端正な文章も十分堪能できる。
「よいご旅行を」と男がギリシャ語で言った。
「どうもありがとう」と彼女は言った。
肩の凝らないこういう些細な描写が本当に上手な作家だと思う。
分量が24ページの物語が多く、そういう点から見ても、これはきちんと計画された物語なのだよ、と暗示されている気がするんだけど、それは考えすぎだろうか?同じページ数の物語なのに、当然のことながら、全く違った内容が展開されて、しかもそのいずれもがとても興味深い、奇怪な物語なので、非常に楽しめる。奇怪な、と言っても、作中人物の行動や彼/彼女に生じる出来事がいつも変わっているとは限らず、むしろ一般的な場合さえある。ところがそういう場合、その人物の考え方が普通ではない。これらの物語はどこかしらが歪んでおり、よく日常に亀裂が入りそこに幻想が忍び込んでいる、というような説明をする人がいるけれど、幻想性のない非日常的な不思議が微妙に立ち現れていると言っていいと思う。決して幻想ではない。でもどこかがおかしい、ずれている。
村上春樹の作品の中では比較的マイナーな部類に入る本だと思うけど、初めて飲むうまく調合されたカクテルみたいに味わい深くて、ぼくは好きだ。村上春樹特有の、外国語の文章を訳したような、且つ端正な文章も十分堪能できる。
「よいご旅行を」と男がギリシャ語で言った。
「どうもありがとう」と彼女は言った。
肩の凝らないこういう些細な描写が本当に上手な作家だと思う。