6月4~5日2日間有松絞りまつり~古戦場まつりを並行して行われています、
二っの祭りと中京競馬の開催が重なり国道1号線は有松~前後間が大渋滞でした、
平成21年に有松絞りまつりに行った時は然程の混雑は無かったが雨の止み間も有ったのでしょう、此の度は大盛況でシャッターチャンスが中々でした。
旧東海道の「有松間の宿」(あいのしゅく)有松街並み保存に指定され居るだけあって、随所に時代を感じる建物が残っています、
「有松間の宿」が出来たのが、ほかの宿場町より比較的新しく、慶長13年(1608)尾張藩が江戸や京、お伊勢参りの旅人のために、
間の宿として鳴海宿~池鯉鮒宿(知立)間に町を作る事に成り此れが有松宿です。
有松は当時まだ貴重であった木綿地(知多木綿)で絞りの手ぬぐいを作り、旅人に売ったのが始まりで以来400年、
伝統工芸の歴史を今日に伝えています、
徳川五代将軍綱吉の将軍就任を祝って絞りで馬の手綱を作り、献上した頃から天下に有松絞りの名が広まったと言われています、
東海道一の名産としてもてはやされ、絞りが飾られた立派な店々、街道一の美観とし、広重や北斎などの有名な画家が数多く絞りの町、
有松を描いています。
有松の町家は、江戸時代の商家の姿をそのまま現代に残し、瓦葺、格子、塗ごめ造り、なまこ壁、二階は虫籠窓(むしこまど)が特徴です、
今も十数軒が軒を連ね、落ち着いた風格を漂わせています。
有松の宿は、天明四年(1784)の大火で全戸消失。
そのため、商家を建築するためにあたり、さまざまな防火対策が施され現在では有松ならの風情を醸し出しています。
「塗籠造り」(ぬりごめつくり)
城の建築に用いられる技法、
「虫籠窓」(むしこまど)
虫籠の様な立て格子を付けた窓、
「海鼠壁」(なまこかべ)
土蔵に用いる工法平瓦を45度に貼り付けなめこ格子かたになった目地の部分を漆喰で馬乗り型や四半型に塗、
防火の他泥棒の被害からも土蔵を守った、
「卯建」(うだつ)
防火のため隣家との軒境に設けられた袖壁、
此の様な工夫から火事から家屋を守って現在にある。
1画は、卯建のある商家、
2画は、塗籠造りと虫籠窓の商家、
3画は、隣家の境には土蔵を造って防火の役目をしている、
4画は、絞りの実演をする職人さん、(高齢の方です)
5画は、絞りの反物を展示販売をしている、





二っの祭りと中京競馬の開催が重なり国道1号線は有松~前後間が大渋滞でした、
平成21年に有松絞りまつりに行った時は然程の混雑は無かったが雨の止み間も有ったのでしょう、此の度は大盛況でシャッターチャンスが中々でした。
旧東海道の「有松間の宿」(あいのしゅく)有松街並み保存に指定され居るだけあって、随所に時代を感じる建物が残っています、
「有松間の宿」が出来たのが、ほかの宿場町より比較的新しく、慶長13年(1608)尾張藩が江戸や京、お伊勢参りの旅人のために、
間の宿として鳴海宿~池鯉鮒宿(知立)間に町を作る事に成り此れが有松宿です。
有松は当時まだ貴重であった木綿地(知多木綿)で絞りの手ぬぐいを作り、旅人に売ったのが始まりで以来400年、
伝統工芸の歴史を今日に伝えています、
徳川五代将軍綱吉の将軍就任を祝って絞りで馬の手綱を作り、献上した頃から天下に有松絞りの名が広まったと言われています、
東海道一の名産としてもてはやされ、絞りが飾られた立派な店々、街道一の美観とし、広重や北斎などの有名な画家が数多く絞りの町、
有松を描いています。
有松の町家は、江戸時代の商家の姿をそのまま現代に残し、瓦葺、格子、塗ごめ造り、なまこ壁、二階は虫籠窓(むしこまど)が特徴です、
今も十数軒が軒を連ね、落ち着いた風格を漂わせています。
有松の宿は、天明四年(1784)の大火で全戸消失。
そのため、商家を建築するためにあたり、さまざまな防火対策が施され現在では有松ならの風情を醸し出しています。
「塗籠造り」(ぬりごめつくり)
城の建築に用いられる技法、
「虫籠窓」(むしこまど)
虫籠の様な立て格子を付けた窓、
「海鼠壁」(なまこかべ)
土蔵に用いる工法平瓦を45度に貼り付けなめこ格子かたになった目地の部分を漆喰で馬乗り型や四半型に塗、
防火の他泥棒の被害からも土蔵を守った、
「卯建」(うだつ)
防火のため隣家との軒境に設けられた袖壁、
此の様な工夫から火事から家屋を守って現在にある。
1画は、卯建のある商家、
2画は、塗籠造りと虫籠窓の商家、
3画は、隣家の境には土蔵を造って防火の役目をしている、
4画は、絞りの実演をする職人さん、(高齢の方です)
5画は、絞りの反物を展示販売をしている、




