** のりこキッズマム歯科医院 ** 生えかわり・食育のご相談をどうぞ 筑紫野市原田 歯科・小児歯科・矯正歯科

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幼稚園さん、はいポーズ! 筑紫野市原田 のりこキッズマム歯科医院

2018-10-22 | 筑紫野市 小児歯科
幼稚園児さんの兄弟♪
幼稚園帰りで制服でした。


体操服や制服姿で来られる皆様も多いですよ。
お気軽に...!


健康咀嚼指導士と胃ろう 筑紫野市原田 のりこキッズマム歯科医院

2018-10-12 | 筑紫野市 小児歯科
最近読んでいる本です。




本を読む時間も阻まれるほどにさまざまなことをやっていますが、それを理由にばかりもしていられません。

新しい知識をテレビやインターネットでのみ吸収しても、一般の方々と同じになってしまいますから、専門書も一般の本もなるべく読むようにしています。
テレビやネットの見たままを「こうだってよー」って言うのは、簡単です。
井戸端会議(カフェランチ会議?)の話題程度になってしまっていては、歯科医師・健康咀嚼指導士の仕事には不足します。

話している話が人に伝わる、という意味では私があまり風格の無い風貌なので、若い頃からかなり大変な思いもしました。
「こうですよ」と伝えても、「っていうかー、前の先生はこう言ったんでー」
と第一声では大体言われてきました。

話す時にワザワザ威圧もかけませんし、威厳もだしませんし、自分がそうされるのは嫌なことなので、そういう「自分スゴイ!」みたいなのを薄めて話しているからでしょうかね? 笑

え?じゃあ今はどこに何しに来てるの?

と思いますが、
診療所らしくなく相談ができる『駄菓子屋のおばちゃん』みたいな診療所、というのも私が目指してきたものなので、
まあ確かにそうなってしまうでしょう。

井戸端会議のおばちゃんや、駄菓子屋のおばちゃんを装う『専門家』なのですが...(変ですよね。)
ただ、患者さんが話をされることが大切だと考えていますので、対話することは優先できていますね。

この画像の本は専門書ではありません。一般の方々がお読みになっても大丈夫です。
しかし先述の、現場主義のリアルな実態が赤裸々に語られており、こちらの長尾先生は専門医として研鑽を積むこともされておられ、かつご自身の壮絶な人生体験も話していらっしゃいます。
それらを明るく優しく話しておられ、
大変読みやすくなっていますので、おススメします。

私は一般の人に何かをわかりやすく語ることをしていきたいと思っていますので、その時のためにそうやって、本を読んだり研修に出たりして、知識を深め、いい具合にブレンドすることに努めているわけです。
今月は歯科衛生士専門学校の授業が控えていますし、1月には幼稚園講演を控えています。
ちょうど読書の秋ですしね...。

8月の猛暑の中、健康咀嚼指導士の研修&認定試験を受けました。
画像の長尾先生の本を読んでいるきっかけは健康咀嚼指導士として、他科の「胃ろう」現場についてを知りたかったためです。

健康咀嚼指導士とは、食事をする時に噛むことで身体の健康を保てることを広める役割があります。
歯科衛生士専門学校では口腔生理学の授業をしていますが、
食べるためには様々な器官の働きがあります。
目で食物を認知→咀嚼(噛むこと)→口腔→咽頭→嚥下→食道...の働きです。
それらを人間は反射的に行っています。
嗅覚、味覚を脳で知覚すること、唾液など消化液が分泌することも、食事の際の器官の働きの一つです。

健康咀嚼指導士はその「咀嚼=噛むこと」についての大切さを広めるわけですが、様々に関わる他の知識も学習しました。
その講座の最後に学んだのが「胃ろう」について。
つまり、正しく口から食事を出来なくなるということはどういうことか?
ということです。

咀嚼を学ぶ場で、咀嚼出来なくなるとはどういうことか?も学びました。
(これらについて詳しくはまた機会あれば。)


身体的にはほぼ健康で、旅をしたり、いろんなお店でグルメを楽しみにできる人が、お口の中やかみ合わせのバランスを崩し、それがかなわなくなっている状態を診てきました。
歯科治療を施せば大抵噛めなくなっている状態は回復できます。
咀嚼する機能を歯科治療で補助してあげるということが可能なのです。

しかし身体的にも神経や反射が出来なくなると、歯科治療を施すことはできません。
出来ることは、患者さん自体の身体機能の訓練。
舌の動きだったり、飲み込む動きのための訓練になります。

それらも機能低下が見られた場合、栄養補給として別の方法を考えないといけませんが、対応法の一つに、「胃ろう」があります。
ただ、この本に繰り返し書かれているように、
胃ろうの造設には、造設決定の時点から大変慎重さを伴うようです。
また、胃ろうで栄養補給をしながら、お口を衛生的に保つことを施したり、飲み込む訓練を受け、口から栄養補給出来るようになる場合もあるようです。

健康咀嚼指導士として、知っておかないといけない「現実」「現場」だと思いながら、少しずつ本を読んでいるところです。




台風25号接近のため 筑紫野市原田 のりこキッズマム歯科医院

2018-10-05 | 筑紫野市 小児歯科
10月6日(土)は、台風25号接近のため、
午前中は臨時休診とさせて頂きます。

午後の部14:30より診療致します。

よろしくお願い致します。



スタッフさんが植えて下さいました




ノーベル賞とおっぱい展 筑紫野市原田 のりこキッズマム歯科医院

2018-10-03 | 筑紫野市 小児歯科
2018年ノーベル生理学賞に本庶佑氏が共同受賞されたニュースが流れています。
研究は免疫機能を発見してから新薬発売までに22年に及んだということです。

22年前と言えば長男が生まれた頃ですが、
その時に22年後がどうなるか、など予想できはしませんでした。
ただ、新しい生命を守ることに徹した22年だったと言えます。
今やらなければならないことと、遠くにはたぶんある、しかしどうなるか見えない将来に向かい、風雨が吹きすさんでもただただ立ち向かって来ました。

学問や研究事業とはどこかそういうふうに、見えない未来に向かって突き進んでいくことに似ている気がします。
研究の中には日の目をみないものもあるはずですから、今回のノーベル賞受賞は、未来に向かって突き進み、よい結果が出たものだと言えます。

この22年間の間に、たくさんの生命が誕生したわけですが、たくさんの生命も失われてきました。
特に今回の受賞はがん治療薬ですから、がんにより失われた生命にとっては口惜しさも残るものです。
研究とはどのタイミングに合うかは想定できないものだとも言えます。

このノーベル賞受賞の研究により発売された新薬は2014年発売ですが、それまでに私の親友2人は、がんで亡くなりました。1人は胃がんから、1人は乳がんからでした。

「この薬を試すことができたなら、どうなっていただろう...」
と、
受賞の喜びを感じながら一方で、そういう深い思考を感じながら今回の発表を眺めています。
それは、そういう経験をしている皆様ならば同じかもしれません。
少し寂しい気持ちも浮かびます。

そういう私はそのような研究畑には縁遠かった、現場主義の臨床医です。

先述のように、研究とは未来に向かい立ち向かい続ける必要があります。
つまり、そういう環境がまず必要なのです。
本庶氏は、「ノーベル賞の賞金も、新薬で得る特許料も未来の研究者に捧げる」と言われていますが、学問や研究を進めるための環境がないと、まい進出来ないものなのです。

私の場合は「女は25歳を過ぎたら12月25日のクリスマスケーキ」と言われていた当時の女性はこうあるべきという社会現象で、現代で言えばやや偏った女性の在り方で、母として生きる道をまずは優先順位として歩み始めていましたし、身辺環境が整いませんでしたので、現場主義、臨床医という道を歩むことになったのでした。

開院してから長く通院して頂いている患者さんと一緒に生きてきた思いです。

私が治療したから患者さんの歯や食生活を守り生かして来れたという思いはありません。
その時その時の相談を受け、どうしたらその患者さんが生きやすいかを考えながら、
私も母親として子供を育てさせてもらう環境を得ていた、という感じです。

開院当初から来ていただいている皆様で私と同世代の皆様の、
出産、育児、お子さんの入学、卒業、就職を見て来ました。

すでに中高年の年齢から当院にいらして下さっている方々は、
いかに食べるための歯を残すか、残らない場合はどうしたらいいかを、患者さんの通院や生活環境まで考えながらやって来ました。

そうやって自分も一緒に生かせてもらいながら、
今までなんとか生きて来れました。
現場主義とは「一緒に生きること」に尽きる気がします。

さて、ノーベル賞受賞と同時に見たニュースに、「おっぱい展」なるイベントがあります。

こちらはまさに、現場主義。
研究事業とは、遠い見えない未来に成果を出すものですが、現場主義は、今現在に直接触れるものです。

今を生きる人々、それは、まだ生物学的な人間としての平均寿命(平均寿命とは巷での把握とは違います。正確には生まれたての赤ちゃんがあとどれだけ生きれるか、の平均余命のことを言うのです)が残っている人々が、
より良く生きて行けるために、今すぐにでも改善できることのためにはどうすればいいか、がテーマになります。

「おっぱい展」は、私の臨床医療や、私がやりはじめている、食育事業にも通ずるものがあります。

ノーベル賞受賞と「おっぱい展」のニュースをほぼ同時に見たことは、
私がどうして現場主義を貫かざるを得なかったか、と今後どのように現場主義を貫いてやって行きたいか?の、折り目をつけたような出来事でした。

「現場主義でもいいじゃない?
現場があるならやりたかった」

と、やりたいことがまだまだあったにも関わらず早く亡くなってしまった親友たちは思っているのではないかと思います。
とても有能だった親友たちでしたから、生きていたらきっと何かしら社会に貢献している人達でした。
そんなふうに、とある時々に親友たちを思い返すことは、支えられているような、また、原動力のようなものにもなっています。


現場で生きてきたこと、たぶんこれからも現場で生きることに腑におちた、ノーベル賞受賞と「おっぱい展」のニュース,
かけはなれているようで、私を通じて繋がっている二つの出来事でした。