“きみのや”のマンプク日記

ここは赤ちょうちん“きみのや”。
あなたの心にポッと温かい火が灯りますように。
そんな私の、日々のあれこれ綴ります。

愛しのぺんぎんず。

2012-04-08 21:00:21 | 雑記

2日後の水曜日に「第三回ミライのランチ」を控えて、

テーマは決まったものの、資料作れてないけど、

きっと前日に天からイベントの神様がしゅるしゅるしゅると降りてきて、

力を貸してくれるやろ、と、なぜか余裕のよっちゃん(古~(^^;))なわたしです。

 

さて、久々のブログですが、最近コムズカシイ記事が続いてたから、

今日は癒し系いってみよーーー☆☆☆

写真は夕暮れのまちをゆく、通称ぺんぎんず。

ご存知の方も多いかと思いますが、うちの母と叔母であります。

忙しい時に店の応援を頼むと、いつもふたり一緒に気持ちよくやってきてくれます。

私たちの昼ごはんのお弁当作って、晩ご飯のおかずと酒のアテまで作って、

なんじゃらかんじゃら(←母の口ぐせ)、大きい袋にずっしりと担いで堺からやってきてくれます。

もう歳も歳だし、血圧高かったり腰や膝が痛かったり(太りすぎ~(@@;))、あちこち弱ってきてるけど、

一昨年に47年続けた商売をやめてからは、すっかり気力がなくなっていたので、

遠く堺から電車乗り継いで手伝いに来てもらうのは悪いなぁと思いながらも、

気分転換と運動不足解消に一役買ってるかも!と都合よく考えて甘えています。

そんな母は仕事一筋で男みたいな気性で生きてきた人なので、なんせ気前が良すぎます。

宵越のカネはもたねぇ!!と、会社勤めの若い頃は給料前借りして夜な夜な男友達と豪遊。

帰りのタクシー代で毎月すっからかんになるの繰り返し。

自分で商売始めると早速家を買って、7人兄妹で長女でもないのに九州から両親呼び寄せ同居。

前の〇〇〇との〇〇の際は、当時としては大金のウン百万円をポーンと渡したらしく、

「女が慰謝料はろたんは(払ったのは)、日本でママが一番最初や。」と、

堂々と自慢げに語ってしまうくらい、豪気な人なのです。

ま、そのあと一緒になった、つまり私の亡くなった父も、お腹に切腹未遂の痕があるような人やったから、

(父も父で、途中で部下に止められたんやと自慢げに語っていた。)

おあいこやねぇ~。

ほんで母は今になって毎日節約の日々なんやから、、ほんまにおばかさんやねぇ~~。

ああ、素晴らしい人間ドキュメントで、話がおかしな盛り上がり方してしまった。

で、そんな男のような母と私は、昔からいろいろ確執があって、大人になってからも、よう喧嘩してたけど、

自分も歳とって結婚して商売始めてみると、

もう母親のやってきたこと全てに、ただただ尊敬と感謝の気持ちがあるのみで、

過去の怨みつらみが、白いベールかけたように薄まっていくから不思議。

それでも相変わらず人の傷口にブスッとベチョッと辛子すり込むようなとこあって、

そんなときは思わず

「そのマツコデラックスばりにたぷたぷしたあごか首かの肉に指突っ込んだろかーーー!!」

って大声出しそうになるけど…。

あ、ちなみにぺんぎんずってのは、私が愛と尊敬を込めてつけた愛称です。

叔母も母とずーっと一緒に商売をして私を育ててくれて、育ての母のような存在です。

ふたりともいつも小さなかばんを斜めがけしてますが、

母は左から、叔母は右からと決まっています。

ぺんぎんず、心配と迷惑かけてばかりなのに、ほんまにいつもありがとう(;д;)。

 


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