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<疑う力>の習慣術
和田秀樹著
PHP新書
新幹線に乗る前に、車内で読む本を持っていないことに気づき、構内の本屋でタイトルだけで選んだ一冊。
なかなか面白かったです。ふだん当たり前に信じていることを疑おう。そこから正しいものの見方ができる。疑う力がより判断を正しくしたり、創造性を養ったりする。そういう趣旨の本だったように、記憶に残っています。
ところが、後半になってどうも、この文章はどこか変だと思うようになってきました。
本文には、「思う」が結構多い。自分の考えをグイグイ読者に押し付けて、その根拠を明確に示し、読者を納得させるのがこの手の本の論法だと思っているのですが、どうもそれが肝心なところで弱い気がするのです。
具体的な箇所を挙げるのは適当ではないと思うので、たまたま開いたあるページから、「思う」に関わるところの構造を載せます。
正直に言いますと、人間、新書の一冊や二冊読んでも生き方は変わらないはずなんです。それが可能なら、刑務所で何冊も「立派に生きる道」を説いた本を読ませれば再犯なんてなくなるでしょうし、私たちだって、読むほどに全うな人間になっていくと思うのです。読んでも変わらないのに、それでも本を買って読むのは、私たちが頭の中で思考を楽しもうとしているからなんでしょうね。若干乱暴ですが、楽しむために読んでいる。それが説得力として頼りなければ、うまく酔えないのです。
私は著者の本をこれまで読んだこともないし、どんな方かも存じ上げません。だから先入観は何もないはずなのです。面白い見方をする人だという発見はありましたが、少し酔い切れなかったという感想でした。
もしかしたら、著者である和田氏はまっすぐで正直な方で、強引に引きつけることをよしとしない方なのかも知れません。
和田秀樹著
PHP新書
新幹線に乗る前に、車内で読む本を持っていないことに気づき、構内の本屋でタイトルだけで選んだ一冊。
なかなか面白かったです。ふだん当たり前に信じていることを疑おう。そこから正しいものの見方ができる。疑う力がより判断を正しくしたり、創造性を養ったりする。そういう趣旨の本だったように、記憶に残っています。
ところが、後半になってどうも、この文章はどこか変だと思うようになってきました。
本文には、「思う」が結構多い。自分の考えをグイグイ読者に押し付けて、その根拠を明確に示し、読者を納得させるのがこの手の本の論法だと思っているのですが、どうもそれが肝心なところで弱い気がするのです。
具体的な箇所を挙げるのは適当ではないと思うので、たまたま開いたあるページから、「思う」に関わるところの構造を載せます。
…いいと思う。おそらく、…可能性は高いと思う。…よくなるはずだ。
なんのこっちゃさっぱりわからないと思いますが、「思う」の連発では説得力が落ちるのではないでしょうか。
正直に言いますと、人間、新書の一冊や二冊読んでも生き方は変わらないはずなんです。それが可能なら、刑務所で何冊も「立派に生きる道」を説いた本を読ませれば再犯なんてなくなるでしょうし、私たちだって、読むほどに全うな人間になっていくと思うのです。読んでも変わらないのに、それでも本を買って読むのは、私たちが頭の中で思考を楽しもうとしているからなんでしょうね。若干乱暴ですが、楽しむために読んでいる。それが説得力として頼りなければ、うまく酔えないのです。
私は著者の本をこれまで読んだこともないし、どんな方かも存じ上げません。だから先入観は何もないはずなのです。面白い見方をする人だという発見はありましたが、少し酔い切れなかったという感想でした。
もしかしたら、著者である和田氏はまっすぐで正直な方で、強引に引きつけることをよしとしない方なのかも知れません。
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