ぶろぐのおけいこ

ぶろぐ初心者は書き込んでみたり、消してみたり…と書いて19年目に入りました。今でも一番の読者は私です。

小泉八雲旧居

2015-10-20 07:59:04 | PiTaPaより遠くへ

 それからぐるっとお堀の周りを歩きます。3館共通入場券なるものを買い、武家屋敷小泉八雲旧居、松江城とめぐってみました。三連休の間です。松江は観光客でごった返しているのかと覚悟をしていましたが、それほどの混雑もありません。女1人旅と思える方々もちょいちょい見かけられて、こういう町並みに似合います。カメラをぶら下げたおっさんの一人旅は…どうも、ぱっとしません。


 3館共通入場券を買ったとき、また発見。料金表の円の隣に「縁」と書いてあります。ここは出雲の国ですからね。


 松江に来るまでに勉強しておきたいと考えていたものがありました。八雲が日本をどんなふうに見ていたか。電子書籍kindleに、『知られぬ日本の面影』という八雲の著書(復刻版)がみつかりました。たったの180円だったので買ってみましたが、これが1894(明治27)年の執筆。訳者によって日本語で発行されたのが昭和6年。旧字体、歴史的仮名遣いのオンパレードですから、なかなか前に進みません。ですから、松江から帰った今も頑張って「解読」中です。
 八雲は日本をベタ褒めです。例えば…

それから私は人々の足が細くて格好のよいことに気がつく-百章の褐色の裸色も、小さな小さな下駄をつけた子どもの美しい足も、雪のやうな旅を穿いた若い娘の足も。(中略)足袋をつけても、露であつても、日本人の足には古代的均整がある。西洋人の足を畸形に下した、憎むべき靴によって歪められてゐないから。

何故に日本では樹木がかくも美しいのだらう。西洋では、花の咲ける梅や桜が、驚くべき光景を呈しないのに、ここではあまり不思議な美しさなので、いかほど書物で以前に読んだことがあっても、実景は人を唖然たらしめる。

(注 原文は旧字体です)

 小泉八雲に興味をもったのは、徳島のモラエスからの流れです。ほぼ同時代に日本にやってきた二人は、日本をとても愛し、日本の魅力を海外に発信した。また、二人とも日本人を妻にしている…しかし、残念なことに、二人は会うことはなかったそうな。4才年下であるモラエスは八雲の業績を大きく称えていたそうです。
 旧居に行って教えられたのは、偉大な日本研究家であった八雲は、存外小男であったこと。160cmくらいだったということ。使っていた机の天板が随分高いので大男かと思っていたら眼が悪かったので丈の高い机を特注したということでした。窓から見える庭の景色を眺めていると、八雲がこういう庭を愛したのかと思えました。


 帰りがけに、さっきの船頭さんが教えてくれた、「逆への字」の瓦を確認してみました。確かに。私の家の近所でも「への字」つまり、屋根を葺くとき左から瓦を置いていくのに、「逆への字」なら、右から瓦を置いていくことになるのですね。


(つづく)


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