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国語辞典

2017-06-15 02:48:11 | 教育

 文藝春秋(月刊誌)には、「日本語探偵」と称するコラムがあり、国語辞典編纂者の飯間浩明氏が担当している。今月七月号には、「戸棚」に関する文章があって、内容が主おもしろいので一部を紹介しよう。

 国語辞典というと、小学生の頃より、正しい日本語は、あの小さな弁当箱程度の本の中に、間違いなく書かれていると信じ込まされてきたのではなかったろうか。「辞書を引きなさい」という先生の言葉には、反論できなかったように記憶している。
 ところが、飯間氏の例示する「戸棚」に関する説明、記述、あるいは定義には唖然とする。
 『三省堂国語辞典』(第6版)には、次のような記述があるという。
 「三方を板でかこみ、前に戸を取りつけ、中にたなを作ってものを入れる家具」
  この定義・説明は、他の多くの辞典でも共通しているという。「三方」とは、どこをいうのであろうか。左右と奥で三方であるのなら、上下(天地)は何もないことになる。これはいかにもおかしい。
 かねてより、あの多くの見出し語の選定や、その説明を、各社あるいは各人の立場で行うとしたら大変な仕事であり、そもそも人間のなし得ることではなかろうと怪しんでいたのであるが、どうやら、お互いに参考にしたり、元本、種本のようなものがあって、それに準拠しつつ個性を出そうと努力した結果であるようだ。人間のすることだから、それで悪いことなどない。
 もっとも、中には、極めて個性的な辞典もあり、その代表は、上記の辞典と同じ出版社から出された『新明解国語辞典』である。中学生、高校生には推薦を躊躇うのだが、意外にも、学校で指定されることも多いようだ。
 『新明解』では、次のようである。
 「板を横に渡して(飾ったり陳列したりするために)物を載せる場所」
とある。もはや「家具」ではなく「場所」である。
 『新潮 現代国語辞典』でも、「板を横に渡して物を載せるところ。」とあり、これも家具ではなく「場所」系であり、『新明解』と血縁関係にある。
 が、棚とは場所であって、家具であるのかないのかには疑問が残る。

 近年は、「三方」でなく、「天地・左右、背面」というような説明をする辞典も出現しているようであるから、「戸棚」もようやく形をなしてきたと言えようか。
 飯間氏は、次のように締めくくっている。
 「辞書は利用者に信頼されるよう、正確を期しています。でも、『絶対に誤らない規範』と無批判に信頼されるのも本意ではありません。説明と利用者自身の感覚とを照らし合わせた上で、『確かにそうだ』と納得してもらえるのが、作り手としてはうれしいのです。」(p.229)
  なにやら、国語辞典なるものが頼りない存在になってしまったが、所詮、そのようなものかもしれない。「利用者の感覚」なるものがしんらいできるはずもないのであるが……。 古書店で、辞典類があまりに安価である理由が、分かったような気がする。


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