古賀茂明「働き方改革の捏造データの作られ方、教えます」
連載「政官財の罪と罰」
古賀茂明 2018.2.26 07:00
働き方改革法案の基礎となったデータの捏造疑惑が大問題となっている。
あえて「捏造」という言葉を使ったのは、今回の不祥事は、単なるミスではなく、明らかに「故意」だとほぼ断定できるからだ。
安倍政権が進める働き方改革の柱の一つである裁量労働制は、労働者が自分の裁量で日々の労働時間を自由に決められることにする一方、労働時間の上限規制は適用されず、経営者はあらかじめ決められたみなし労働時間に基づく給料を実際に働いた時間と関係なく支払えばよいという制度だ。仕事の配分や進め方を労働者がやりたいように決められるので労働者にとって便利で、効率も上がり、結果的に労働時間も短くなると政府は主張している。
現在、この裁量労働制を適用できるのは、弁護士、会計士、新聞記者、テレビ局のディレクター、デザイナーなど専門的な職種と、本社などで企画、立案、調査、分析などをする一部の職員などに限定されているが、これをもっと拡大して欲しいという経団連の強い要望に応えて、安倍政権は、裁量労働制を営業職的な職種を含めて大幅に拡大する改正を今国会に提出する通称「働き方改革法案」に盛り込もうとしている。
これに対して、裁量労働制とは言っても、本当に自由裁量で労働時間を決められる労働者は極めて限られており、実際には「働かせ放題」につながり過労死も増えるという批判が労働者側からなされている。
この争点に関して、厚労省は、裁量労働の方が一般労働よりも労働時間が短いというデータがあるとして反論してきた。そのデータは、元々は塩崎恭久厚労相時代に発表されて以来使われていたものだが、今国会への法案提出を前に、衆議院予算委員会などでも取り上げられ、安倍総理もこのデータを基にして、「平均的な方で比べると裁量労働の方が労働時間が短いというデータもある」と答弁していた。
政権側にとっては、裁量労働制の導入で「労働時間は長くなるはずだ」という批判への唯一の反論材料がこのデータであり、しかも定性的な言葉ではなく、具体的数字で示すことができるので、非常に使い勝手が良いデータだ。
しかし、逆にもし、このデータが嘘だったということになると、裁量労働で労働時間が短くなるはずだと論証する手掛かりがほとんどなくなってしまう。いわば、政権にとっては、命綱と言っても良い重要なデータだったのだ。
ところが、その根拠となる調査に根本的な誤りがあることがわかった。しかも、その誤りが並の誤りではない。
この調査では、一般労働者には「最長の残業時間」を尋ねる一方で裁量労働制で働く人には単に労働時間を聞いていた。つまり、全く異なる質問への答えを比較して「裁量労働制の方が労働時間が短い」としていたのだ。この一点だけでも、この調査結果は何の意味もないということになる。
また、個々の調査データを見ると、1日の残業時間が12時間45分なのに1週間の合計残業時間が4時間30分になっているというようなありえないデータが100件以上あることがわかり、調査の土台が信用できないということになった。
さらには、当初は調査の原票がないと言っていたのに、数日後にはそれが入った32箱の段ボールが見つかり、隠ぺいしようとしたのではないかとの疑惑も生じた。
はっきりしていることは、発見された大量の「不自然な数字」は単なる書き間違えとか転記ミスというような「過失」によっては到底説明できないということだ。日本の官僚は、創造力はないが、単純作業を正確にこなすということにかけては一流だ。そんな彼らが、これほどおかしなミスを大量に犯すとは到底考えられない。
明らかに、明確な「故意」あるいは、そういうミスはあるかもしれないなと思いながらあえて精査しない「未必の故意」があったとしか考えられないのである。
■「無理筋」な要求を通したのは政治家の命令か官僚の忖度か
では、なぜこんな「犯罪」まがいの行為が行われたのだろうか。
霞が関で31年働いた私の経験から言えば、官僚は自分たちの利権、とりわけ天下り先確保のためには相当ひどいことをするが、それ以外では案外まともに仕事をするものだ。普通の仕事をしているときに、こんな「捏造」をするなどということは聞いたこともない。とても官僚の自由意思によるものとは思えないのである。
ということは、上からの相当強力な圧力があったのではないかということになる。
そう考えると、誰でも思いつくのは、安倍総理やその側近、あるいは当時の塩崎厚労相から、そういうデータを作るように指示ないし、何らかの働きかけがあったのではないかということだ。国会でも野党がそういう質問をしていた。その可能性はもちろん、否定できない。
一方、政治家から直接の働きかけがないのに、官僚の方が、安倍総理や塩崎厚労相の意向を忖度して、勝手に暴走したという可能性も十分にある。
実は、並の経済官僚なら誰でも知っているデータがある。それは、裁量労働の方が一般の労働よりも労働時間が長いという、厚労省傘下の独立行政法人「労働政策研究・研修機構(JILPT)」の2014年のレポートだ。これによって、「裁量労働制」の方が労働時間が長くなるというのが官僚たちの間では常識になっていた。
また、官僚たちは、自分たちの経験から、日本の通常の職場では、裁量労働が事実上青天井の長時間労働になることを知っている。
どういうことかというと、まず、役所には根強い「長時間労働信仰」があり、仕事を早く終わらせたから夕方定時で帰りますということが許されない雰囲気がある。多くの民間企業と同じだ。
一方、役所では、労働基準法の適用がないから、何時間残業させてもお上にとがめられる心配はない。もちろん、建前上勤務時間は決まっていて、それを超えると残業代が払われるが、実際には予算の制約があり、一定時間以上働くとそれ以上は残業代はもらえなくなる。残業代定額制のようなものだ。そして、残業は上からの命令ではなく「自発的に」行われる。多くの上司は、夕方、若手にこう語りかけるのを日課にしている。「あまり遅くなるなよ。早く帰れよ」。いかにも、若手職員が労働時間を自由に決められるかのような言葉だ。
つまり、役所の働かせ方は、民間企業で行われている「企画型裁量労働」の実態に非常に近いのだ。そんな彼らは、国会の作業なども含めて、深夜勤務が続くことも多いが、だからと言って、国会がない期間は4時間労働で帰りますということはよほどのことがない限り言えない。
こんな経験を積んでいる官僚たちにとって、裁量労働制が普通の労働者に拡大すれば、きっと自分たちと同じ状況になるだろうと想像するのは非常にたやすいことだ。
ところが、裁量労働制の拡大を進める安倍政権の「働き方改革」は、初めから結論ありきだった。労働の実態を調査検討して、最適な改正案を作るというまともな仕事をする自由は厚労省の官僚にはなかったのだ。
そうなると、厚労省の官僚たちは非常に苦しい立場に陥る。自らは裁量労働制で労働時間は長くなると確信しながら、また、それを実証するデータの存在も熟知しながら、裁量労働拡大の正当性を証明しなければならないからだ。とりわけ、彼らにとって、JILPTのデータは、まさに「不都合な真実」であった。
追い詰められた彼らは、これと反対のデータを自ら何とか作れないかと考えたのだろう。その際、確実に「良い」結果が出るように、質問の仕方、集計の仕方に「工夫」を加えて良い結果を導こうとしてしまった。
■寸劇風「歴史的捏造データの作られ方」
私が30年以上の官僚の生活で得た知見をもとに、全くの仮説だが、いったいどうしてこんなことになったのかということを想像してみた。もちろん、実際に起きたことは、これとは全く異なる経過をたどったかもしれないが、役所ではこんなことが起こり得るのだということを知っていただくために紹介したい。
ある日大臣室で
大臣 「裁量労働にすれば労働時間は短くなると言えるんですよね」
局長 「実は、データではその逆になっておりまして、なかなか悩ましいところです」
大臣 「こっちはただ言葉で短くなるはずですと言うだけということか。それでは、苦しいな。何かうまいデータはないんですかね。安倍さんは経団連に約束しちゃってますからね。失敗は許されませんよ」
帰りの廊下で
局長 「大臣も相当なプレッシャーを感じてるんだな。確かに、労働時間が長くなるというデータしかないというのは苦しいな。短くなるというデータはないのかね」
課長 「色々見たんですが、ないんですよ。そもそも、今の日本の職場で裁量労働なんて入れたら労働時間が長くなるのは目に見えてますからね」
局長 「君、そんな他人事みたいなこと言ってちゃ困るな。何とかしてくれよ!」
課内で
課長 「いやあ、参ったなあ。大臣は安倍さんのことしか見てないし、局長も大臣のプレッシャーを感じちゃって、無理なこと言うんだよ。だけど、局長の立場もわかるよな。下手すると官邸に目をつけられて次官の目もなくなっちゃうしな。何とかうまくやっていいデータはできないかね」
課長補佐 「まず無理だと思いますよ」
課長 「……」
課長補佐 (小声で)「でも、やるだけやってみますか」
係長 「そんなこと絶対に無理ですよ! 相当なイカサマ調査をやるということになりますよ!」
課長 「イカサマやれとは言ってないよ!何とかいいデータはできないかなと言ってるだけだ。とにかく、やるだけやってみてくれよ。責任は俺が取るから」
深夜、課長退庁後の課内で
係長 「色々考えましたが、これくらいデタラメやれば何とかなるかもしれませんが……、あまりにもひどすぎますよね。やっぱり、無理だなあ」
課長補佐 「でも、俺たち、どっちにしてもこの法案出して、それを国会でディフェンドしなくちゃいけないんだよな。できなければクビだよ。馬鹿みたいだけど、やるだけやってみて、上に上げてみるか。どうせボツになるだろうけどな」
数カ月後、課内で
課長 「おおっ!よくこんなデータができたな!やっぱり、何でもやってみるもんだ」
課長補佐 「課長、これ、相当滅茶苦茶ですよ。その注釈(比較の仕方などを解説したもの。ひどい内容であることをアリバイのために書いておく)をよく読んでください」
係長 「それを読めば、誰も使えませんよね。このデータ」
課長 「うーん。確かに、ずいぶん無理をした比較だな。これじゃあちょっと無理かなあ。でも、これしかないんだろう?じゃあ、局長と相談してみるよ」
局長室で
局長 「いやあ、よかったなあ、いいデータができて。注釈は気になるけど、こんな細かいことはいちいち言う必要はないよな」
課長 「大臣に説明する時は必ず、無理のあるデータだということをよくご理解いただいたうえで、それでも使うということであれば、やむを得ないかと思いますが……」(官僚の責任逃れの常套句)
大臣室で
大臣 「おうおう、これで、立派に反論できるな。さすが、局長、お見事!」(官僚をおだてるのができる政治家)
局長 「いやあ、いろいろ無理をしまして。部下にもずいぶん文句を言われましたが、何とか……」
大臣 「法案が通ったら若い連中を呼んで盛大に慰労会をやらなくちゃいかんな」
課内で
課長補佐 「えーっ!?局長はあのデータの問題点を大臣に言わなかったんですか?大臣は知らないってことですか?それ、話が違うじゃないですか!課長、ひどいですよ!」
課長 「いやあ、俺も、局長が言わないから、自分で言おうかと思ったんだけど、局長は確信犯だな。全くそんな雰囲気じゃなかったんだ。帰りにおかしいと言ったら、そのうち、俺から話しておくからって」
夜、課長退庁後の課内で
係長 「局長絶対に大臣に言わないでしょ。今更言えないと思いますよ。後でばれたら、全部俺たちの責任ってことですよ!」
課長補佐 「……」
係長 「すみません。補佐も被害者ですよね。こうなったら、ばれないように祈るだけということですね」
課長補佐 「でも、絶対にばれるだろうな。あー、大臣がブチ切れる姿が目に浮かぶなあ……」
■独裁者安倍晋三にひれ伏し、良心、正義感、勇気、全てを失う官僚たち
「捏造」されたデータは、その後も使われ続けた。あと数カ月嘘がばれなければ、彼らの目論見は成功したかもしれない。
しかし、悲しいことに、結局失敗に終わった。今回の問題の発覚は単に厚労行政の不祥事というだけでは済まされない。どうして、こんな大それたデータ「捏造」が起きたのか。官僚は悪人ばかりなのだろうか。
確かに、最近、官僚の評判はすこぶる悪い。しかし、彼らは決して悪人というわけではない。もちろん、聖人君子でもない。普通の人だ。普通の人は、良心もあり正義感もあり勇気もある。しかし、同時に弱い心も持っている。官僚も同じだ。官僚には能力の高い人がたくさんいる。良心も持ち合わせているだろう。正義感も不正と闘う勇気もあるはずだ。しかし、彼らの良心、正義感、勇気全てが劣化していると感じるのは私だけだろうか。
どうしてそんなことになるのか。それは、安倍総理の独裁性が極限にまで高まり、少し前までは強大な力を持つと信じられていた官僚たちにさえ、最初から良心を放棄させ、正義感を忘れさせ、政権の過ちを指摘する勇気も失わせてしまったのではないか。
今回の厚労省のあまりにもひど過ぎる不祥事を見て、あらためて、日本には、「独裁者」が誕生しつつあるのだということを痛感させられるのだ。