「おい、箸が入ってないぞ」
コンビニエンスストアのレジで年配の男性が叫ぶ。
「あ、ごめんです」と言いながら若い男性のアルバイト店員が箸を差し出した。
「はあ!」
男性が叫ぶ。
「これ箸です」
アルバイト店員は海外からの留学生だろうか、日本語がたどたどしい。
「おい!」
年配の男性が叫ぶ。
「店長を呼べ!」
数人いるほかの客の表情が曇る。
「はぁい」
「間の抜けた返事をするな!店長を呼べ!」
年配の男性の声が大きくなる。
そこへ、別のアルバイト店員がやってきた。
少し浅黒い顔色の若い女性だ。
「店長は3時からね」
「なんで常時、店長が店にいないんだ、おかしいではないか」
周囲の客がざわめき始める。
レジが停止してしまっているので、年配の男性客の後ろに数人が並ぶ。
我慢できなくなったのだろう、すぐ後ろに並ぶ青年が声を出した。
「コンビニなんて24時間営業だろうに、ずっと店長が居られるわけもないよ、爺さん」
年配の男性はさっと振り向いた。
「誰が爺さんだ!」
青年はおどけたような仕草をする。
「お~~こわ、俺よりは確実に爺さんだろうに」
すると年配の男性はさらに声を張り上げた。
「不愉快だ!後で説明を求める、ワシは帰る!」
自分の携帯の電話番号をさっとメモし、「ここに電話くれるように」と叫ぶと、
踵を返し、年配の男性は店を出て行った。
数分後、高台の住宅街。
先ほどの年配の男性がゆっくりと自宅へ入っていく。
玄関から仏間へ、妻の写真が微笑みかける。
「コンビニの外人はとんでもないやつだ」
そう写真の妻に話しかける。
話しかけても答えなど帰ってこない。
妻は昨年に亡くなった。
ふっと、風が入った気がした。
「あなた、あまりカッカされないで、あの子たちも一生懸命頑張っているのですから」
いきなり妻の声が聞こえた。
「え?」
その男性は立ち止まり、妻の写真を見た。
なにもない、ただの写真だ。
「あなたには、わたしのぶんも長生きしてほしいんですよ」
また妻の声がする。
「このごろのあなたは、どうも苛立ってばかりで少し心配なんです」
男性は妻の姿を探した。
仏間の隅の方に妻が端座している。
「清子・・・」
「おひさしぶり、あなた・・」
「どうして・・」
「あまりにも、あなたが心配で」
「じゃ、これからここに居てくれるのか」
「こんな、影だけの姿で良ければ」
男性は思わず妻の姿を抱きしめようとした。
けれど、腕は宙を舞い何もつかめない。
「無理ですよ、実体がないですもの」
妻はそう言って少し笑った。
生前の妻そのものの姿だ。
そのとき、男性の携帯電話の着信アラームが鳴った。
「恐れ入ります、コンビニエンス・アニマの店長でございます」
電話に出ると慇懃な声が聞こえた。
「先ほどは大変、御無礼をおかけしたようで申し訳ございません」
先方が謝る。
そのとき、仏間の隅から妻が軽くウィンクした。
一瞬の間をおいて男性は相手に返事をした。
「いやいや、私こそ大人げなかった、あの外国人のアルバイトの方々にも失礼なことをしました」
妻は小さく拍手している。
「いえいえ、お客様、これからお伺いさせていただこうかと」
店長の声には真実がある気がする。
「いいですよ、今回のことはすぐに腹を立てた私も悪かった、どうかお気になさらず」
男性はそう言って電話の✖ボタンを押した。
「あなた、やりましたね・・」
妻がにこやかに男性に近寄ってくれる。
「わたしが急に逝ったものだから、あなたの心に余裕がなくなっていたのですね」
「いや、お前が悪いわけではない」
「いいえ、本当はあと20年は一緒に居たかったのに」
妻はそう言って涙ぐむ。
「いいんだ、いいんだ、お前の寿命を読めなかったワシが悪い」
男性はまた妻を抱きしめる。
不思議と、妻の身体の感触までも蘇ってくる気がした。