story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

めがねの向こうのあなた

2024年10月16日 22時07分45秒 | 詩・散文

 

スマートフォンの目覚しアラームが鳴った
時刻は午前六時ちょうど

ベッドから起き上がり、ダイニングキッチンに向かおうとした
おっと、その前に
枕もとの「めがね」をかける

明るい日差しが差し込むキッチンで
妻が健気に働いている
「おはよう、あいこ」
声を掛けると「あら、今日は自分で起きられたのね」
妻がフライパンを持ったままおかしそうに笑う
「まぁね、朝くらい自分で起きないと」
「わたしの手が掛からなくてよくなったのね」
「そ、僕も少しは大人になるんだ」
そういうと、妻が吹き出した

リモコンでテレビのスイッチを入れる
目の前には旨そうなベーコンエッグと軽いサラダ
僕は手を伸ばしてそれを掴み口の中に入れる

「箸で食べなさい」
妻が注意してくれながら笑う
「ああ・・」
そう言って僕は箸でそれを掴むがうまく掴めない

暖かい珈琲、ゆっくりとした時間
だがこの空間には香りがない
食べ物の香りも妻の香りもない
テレビニュースでは昨日の衆議院解散を報じていたが
すぐに某野球チームの敗退へと流れが変わった

「タイガースは残念だったわね」
妻がさして残念そうでもない表情でそう言う
「エーアイ、そこは違う、愛子はオリックスバッファローズのファンだ」
妻は一瞬、僕の顔を見る
「オリックス、今年は駄目だったわね」

僕はXRAIゴーグル通称「めがね」を外した
ダイニングキッチンの明かりはついておらず
テレビニュースの音声だけが広がる
窓の外は朝から暗い雨
目の前には昨夜買っておいたロールパンがある
僕はそれを箸で取ろうとしていた

涙が染み出る

「愛子・・・」
テーブルの上には小さな写真立てに入れた妻の笑顔
急激に進行する癌で逝った妻
妻の死から一年、僕はまだ妻の死を受け入れられない

「めがね」をかける
明るい部屋の中で妻が悲しそうに立っている
「ね、わたしは、こうしてここにいるよ」
「ああ、ありがとう」
「わたしが至らないことがあれば、さっきのように教えてください」
「うん、そうだな」
「本当の愛子さんに近づけるよう頑張りますから」
妻は僕の目を見る
褐色の大きな瞳はまさに妻のものだ

僕は両手を広げた
妻は一瞬ためらいながらも僕の腕の中に入ってきた
もちろん、体温も感触もない妻だ
ぎゅっとそのまま抱きしめて口づけなんてことは出来っこない
だが、この時の妻は耳元で「愛してる」と囁いてくれた

妻の身体の感触が蘇る
妻の香りが蘇る
妻の体温まで蘇る
着ているブラウスをはぎ取って
胸の中に顔をうずめたい衝動に駆られる

だが所詮は映像でしかないのだ
そのはずなのだ
妻は自分でブラウスのボタンを外す
あの、懐かしい妻の胸が僕の前に広がる
僕は泣きながらそれに顔をうずめる
不思議に感触までもが蘇ってくる

しばらくして僕の心が落ち着いてきた
「あいこ、ありがとう」
妻は僕から少し離れ、ボタンを直す
「エーアイすごいなぁ、ここまで出来るなんて」
涙を拭きながら妻に向かって言う
「今、あなたは「めがね」をしてないのよ」
「え・・」
「さっき、わたしが抱きついた時にあなたは無意識に「めがね」を外したの」
テーブルの上にはXRAIゴーグル通称「めがね」が置いてあった
部屋の明かりはついていない
外は暗い雨だ

だのに「あいこ」いや、死んだはずの「愛子」がそこにいた
「愛子なのか・・」
「あなたが不憫すぎて・・でも、あなたにしか見えないわ」
「本物の愛子なのか」
「本物よ、怖い?」
「怖くなんかない、ずっといて欲しい」
「幽霊でもいいの?」
「幽霊なんかであるはずがない、愛子の思いが目の前にいる」
そう僕が答えると妻は軽く頷いた
「わかった、天上に行く時は一緒に行きましょう、その時まで」

僕は照明のリモコンで明かりをつけた
明るい部屋の中、ややブラウスの乱れた妻が立っている
妻は嬉しそうだ

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裕子さんのこと

2024年07月30日 21時53分56秒 | 詩・散文

 

 

四月三十日の夜、タクシーの運転を少し休もうと公園脇でクルマを停める
ふっと、窓を開けて夜の空気をクルマに入れる
スマホに何か着信があった
ボタンを押すとビデオチャットが着信している
珍しいことだ

出ると、女性の横顔が写っている
「こうさん、聞こえますか」
裕子さんの声だ
「聞こえるし、横顔が見えるよ」
「あら、画像も行ってるんですね、わたしには分からないから」
「タブレットやろ?画面に見えているやろうに」
「よくわからんのです、なんだかお話したくて」
「なるほど」
「今いいですか?」
「ちょうど休憩に入った時やし、短時間ならいいよ」
「嬉しい、声が聴きたかったの」
「こちらの顔も見えてるはずなんやけど」
「駄目なんですよね・・わたし、こういうの」
「SNSでブイブイ言わせてるくせに」
「興味のないことは覚えないんですよ」
「はぁ、なるほど」
「どうですか?わたし綺麗に写ってますか」
「きれいやけど、病院着の胸元はだけて胸が見えてるよ」
「あら・・・」
「ちょっと直したら」
「いいです、今日はサービスしときます」
「それはありがたい、美女のセミヌードつきや」
というほど見えていたわけではなく
胸の稜線がゆったりとしている部分がそれとなくわかる感じだ

「今日、娘の結婚式に行って、先程病院に帰ってきました」
「ご苦労さん、しんどかったでしょう」
「いえいえ、主人が「ひのとり」展望席を取ってくれて、快適に往復できました」
「それは良かった」
「我が家で「ひのとり」に乗っていないかったの私だけだったんですよ」
「初乗車ですね」
「嬉しかった~」
如何に特急「ひのとり」でも、乗ってしまえば快適この上ないだろうが
難波へ行くまでにあなたの家からはJRと地下鉄を乗り継がねばならない

先月、病院から自宅への三日間の外泊をした時に
いきなり、神戸舞子に現れて僕を驚かせてくれた貴女だけれど
その時はもう、殆ど歩くのも難儀なようで
舞子駅へ迎えに行った僕のクルマから降りることなく
ただ僕の案内する桜の名所を車内から感嘆してみていた
今年の桜はことのほか長生きで
ちょうど裕子さんが舞子に来られた時は雨の前日で最後の花見の日だった

花は美しかったが裕子さんは弱り切っていた
「焦らずとも良いのに・・」
そう言った僕の声を遮って「会いたかったの、無性に」と少し笑ってくれた
桜にも舞子の景色にも、そして僕にも会いたかったそうだ

今宵、あなたは僕に無理にでも声を聴かせたかったのだろうか
いや、僕の声を聴きたかったのだろうか
自分の命を知っていたのだろうか

「娘さんの写真、綺麗やったね」
「ありがとう・・自分の目で見てもほんと、素敵な新婚カップルでした」
昼間、「ひのとり」車中から送ってくれたのだろう
新郎新婦の写真が二十カットほどもSNSで送られてきていた
「行けてよかったね」
「はい、本当に行けたことが信じられない、行けたんだって思いました」
病院着の合わせ目からの胸の稜線が眩しい

津市のホテルがいかに良かったか
桑名市の史跡になっている建物での結婚式が如何によかったか
娘さんを生んで本当に良かったと、心の底からのその思いを伝えてくれる
夜遅い病院の個室、窓の外は吹田操車場だ
「あ、貨物が行きます」
彼女は鉄道ファンでもある
「何が牽引して(ひっぱって)る?」
「たぶん、銀色のゴトー(EF510)さんですよ」
北陸方面からの貨物列車は赤、青、銀の三種の色に塗り分けられた同じ形式の機関車が牽引する
中でも銀色が二両しかなく一番珍しい
「それは芽出度い」
「わたしね、感謝したいことがあるんです」
「感謝?」
「六年ほど前かな、わたしが仕事で揉めて落ち込んでいた時」
「そんなことあったかな・・」
「明日、ドクターイエローが走りますよって、こうさんが教えてくれて」
「何となく思い出してきた」
「はじめて西明石駅へ行ってドクターイエローに逢えた」
「そうやったかな」
「あの日から何か自分に自信がついたのです」
「その前から自信たっぷりに見えていたけど」
「表向きはね・・でもメンタルはぐちゃぐちゃでした」

その後しばらく話をして、それじゃと、またねと、電話を切った
うす暗い部屋の中の白い横顔がいつまでも心に残っていく

五月九日まではお互いいろいろなメッセージを送りあったけれど
ちょうど僕が地元神戸での大きなイベントに参加することになり
結構忙しい状況が続いて折角くれたメッセージへの返事も
短文の短いものばかりになってしまっていた

五月九日、明け方に「おはよう」と
可愛い漫画スタンプでLINEがあった
続けて「おはようございます、生きてますよ」
僕の返事は「入院中ですか?ですよね」だ
「入院しております」
「治療の方向性はどうなりましたか?」
数日前に医師に家族ともども呼ばれると聞いていたからそのことを伺ってみた
「今日は、吹田市の介護保険認定係の方が来られました。治療、どの向きで行くのでしょう・・。」
「あら、その話はなかったのですか?」
「おいおい、あるとは思います。輸血については、うけてくれる在宅医がいませんから輸血の必要なうちは入院でしょうと」
「なるほど、しばし病院住まいですか」

この医師から治療方針の説明があると言っていた時
あとで知ったのだが医師は彼女のご主人に「十日は持たないでしょう」と伝えていたそうだ

イベントを終えた五月十一日、その日の夜
D51を守る会のグループチャットに
たったひとこと「日の経つのは早いものです」と書き込みがあった
しかし、それ以来、なにをしても返事が来なくなった

五月十九日、あまりにも裕子さんと連絡が取れないので
ご主人と以前、何かの折に交換したメールアドレスがあったのを思い出し
お伺いの文を送ってみた
「ご無沙汰いたしております。奥様のご様子は如何なのでしょうか。誰も連絡も取れず、仲間内で心配しあっています。携帯も切られているようです」
翌朝、着信に気がついた
「五月十二日、母の日に逝去いたしました。葬儀は十五日に家族のみで行いました。生前のご厚情に感謝申し上げます」
一瞬、自分の息が停まったかと思った
裕子さん、逝ったの・・・・
嘘だろ・・
嘘だろ・・

この大きな喪失感は僕がこれまで味わったことがないものだった
会いたい、なんとしても会って
イベントでぐちゃぐちゃだったあの時のことを詫びたい
僕らの活動をものすごく気にしてくれたのに

裕子さん、どうかどうか幽霊になってでもいいから出てきてくれないか
まだまだ話がしたいんや

仕事中、彼女が大好きだった明石海峡大橋を見て
僕の口から独り言が漏れた

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機関車磨き

2023年09月02日 18時25分08秒 | 詩・散文

神戸駅前の大きなD51機関車を磨く
数人の仲間とともに無心だ
機関車は磨けば磨くほどに黒光りして

カッコよくなっていく
ハーバーランドへ買い物や遊びに来た人が
足を止めてスマホで撮影していく
機関車を磨いている僕たちに
いろいろ質問を投げかけてくれる人もある
そう言えば、地元兵庫県のラジオやテレビ
大阪の関西キー局のテレビなどでも報道された
それを見た人たちだろうか
興味深そうに僕らの作業を見つめている

作業をしている中心は六十歳台だ
だが、若い人もいるし女性もいる
無心になれる
何も考えず汗をかける
それは現代においては苦痛などではなく

むしろ喜びなのだと僕は後から参加した人に教えてもらった

 

ボランティアと人は言う
でも仲間は言う・・好きな機関車を触ってボランティアと呼んでもらえる
鉄道ファンとは不思議な人たちで
電車や機関車を写して悦に入っているだけだと思っていたのに
その人たちが機関車を嬉々として磨いている
最近、撮り鉄と言われる鉄道ファンが
世間を困惑させ、驚かせ、迷惑をかけ
それゆえに世間から疎まれる存在になってきたのを僕は哀しく思っていた
だけど、こうやって機関車磨きをすればそれは街のシンボルを守ることであり

世間の方々に少しは鉄道ファンが認められることになるのではないかとも

思うようになってきた

 

磨かれ、その都度一部を補修された「デゴイチ」は美しい
こうして夕陽に照らされる彼の姿を一番に写真に収めること

それは撮り鉄冥利に尽きる

 

作業を終え、作業後の歓談も終え
僕は仲間とはずれて一人、デゴイチを眺める
日の暮れた都会の真ん中で
昨年、ライトアップされるようになった二十一メートルの巨体が
光を浴びて堂々としている
もう、君はあの北海道の山野を走ることはない
いや、この神戸でも真横のJR神戸線を走るなんてことはない
だが、半世紀もの間

ここでこうしてたくさんの市民に視てもらっていた
それも一時期、君がサビサビの姿になって
哀しく佇んでいた頃には人は君の周りに集まらなかった
君を避けて人々は歩いていたんだ

だが、美しくなり

男の色気を全身に漂わせたいま

君はたくさんの市民に写真を撮ってもらっている

人の流れは変わった
君の横を通って元町の方向へ
さぁ、これからだ
君が看板を続けてきた神戸・元町の再発展は

 

ありがとう
僕たちにこんな仕事をくれて
ありがとう
デゴイチ君よ、こうして磨かせてくれて

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待っているのに

2023年08月23日 16時57分19秒 | 詩・散文

翔くん、ね、いつ来るの?
もうここで二時間も待っているのに
ラインもこない
「早く来て」って送っても既読もつかない

翔くん、今日はお仕事だって昨日言ってたよね
土曜出勤で、でも半ドンだからと三時に待ち合わせしたんだよね

翔くんの会社からここまで歩いても十分もかからないよ
今、五時四十五分の列車がお客を乗せて発車を待ってる

そっか、汗かいて仕事してるからシャワーでも浴びてから来るのかな
ね、電線のお仕事、大変なのはわかるけど・・
暑い真夏でもいつも電柱に昇っているんだもんね

でも、約束の三時過ぎがもう二時間だよ
三時過ぎにこの駅でって
ちゃんと翔くん、昨日のラインに書いてたじゃない
三時三十九分の列車に乗るんだって言ってたよね

翔くん、前にも何度かこんなことあったよね
あなたはいつも、可愛い顔して謝ってくれるけど
流石に今日はきついよ

早く行っていい場所を取ろうっていってたよね
だのにいい場所どころか、花火が終わってしまうよ

みんな、楽しそうに列車に乗ってるじゃない

ね、翔くん、汗臭くてもいいから早く来て
いやいや、それよりせめてライン寄こしてよ
列車が行ってしまうよ

次の列車はまた一時間後だよ
花火は七時からだよ
ここから列車で三十分、歩いて十分
六時の列車だったらもう無理だよ

いいなぁ、あの子
浴衣着て、彼氏に甘えて
わたしもあんなふうになりたいの

でも翔くん、あなたはいつも、わたしに甘えてくるよね
わたし、あなたのお姉さんじゃないわ
彼女なの、わかる?
女の子が甘えなきゃ
あなたのほうが二つ年上だし
おかしいよ、今の状況

もう、彼氏を代えようか
そうそう、同級生の剛くん
前からずっといいなぁって思ってたのよ
頼りがいありそうだし
野球部の部長なんだし、みんなに信頼されているんだろうね

それに比べて翔くん
二つ上なのに
甘えん坊で、ちょっと頭の良くないところがあって
ちょっと注意するとすぐに切れるんだから
おまけに「俺は帰宅部の部長だった」ってバカじゃないの・・

わたし、剛くんに告ろうかなぁ
わたし自分でも、ちょっとイケてるかもって思うくらいまぁまぁだから
きっと、剛くんに告ったら喜んで受け入れてくれそう
でも剛くん、彼女はいないらしいけどモテそうだもんなぁ
でも彼女いないという事は野球一筋かなぁ
なんか、野球以外は人生じゃないとか言い出したら
わたしがドン引きするかもだし

(駅のアナウンス)
「お待たせしました、十七時四十五分発粟生行き、間もなく発車いたします」
ええ~マジ?
この次の列車なら花火の始まる前に会場に着けないよ
もういいか、ほっといて一人で花火行こうか
うん、そうしよう、せっかくここまでチャリ漕いで来たんだし
花火見たいもん・・・

って、あのカップルや友達連ればかりの列車に一人で乗るのかぁ
知ってる子に出会ったら
「あれ?彩花、ひとりなん?」って絶対訊かれるし
いやだよ・・そんなの
でも家に帰ったら「あれ?彩花、翔くんと花火と行ったのじゃないの?」
って絶対お母さん訊いてくるし

だめ、詰みだわ
人生終わったな・・
翔くん、まだかなぁ、なんか泣けてきちゃった

あ、運転士さんが乗り込んでいくよ
この列車、もう出るよ、翔くん、叫びたくなる

(その時、息を切らせて少年が駅に駆け込んできた)

「ごめん、待たせてごめん」
翔くん・・知らない、拗ねてやる
「ごめん、とにかく乗ろう」
知らないもん、知らないもん、知らないもん
翔くんなんて嫌いなんだもん

********

一両の気動車はゆっくりと始発駅を出ていく
先ほどまでベンチで誰かを待っていた女の子の姿はホームにはなく
花火を見物に行く大勢のお客を乗せた列車は
ディーゼルの排気を上げて去っていく

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夢(なおちゃんへ・・3)

2022年12月02日 21時02分00秒 | 詩・散文

なおちゃんへ、また夢を見たんだ
ここ何か月か、君のことを思い出すことも少なくなって
それは僕が、これまでに経験したことのないような
公私の私の部分での忙しさゆえだったのだろうけれど
あるいは最近、素敵な女性が友達として傍にいてくれるおかげで
気持ちが安定していたのかもしれないけれど

夜勤明けで帰宅して今朝、一度起きた時に
時計を見たらまだ二時間ほどしか寝ておらず
もう一度寝ようとして布団にもぐりこんだ
そのあとに出てきた夢だ

僕は今生最後の君への手紙なるものを書いた
それは気恥ずかしいような文章が並ぶまるで中学生の
恋愛ごっこの時のような手紙だったけれど
僕が全魂を込めて書いた手紙には違いない

そしてなぜか、その手紙を専門家の方に見てもらおうと
手紙をA4の封筒に入れ、鞄に詰めてその方に会う
そして優しそうなその方の前で手紙を読もうとするのだが
なぜか、肝心の思いを込めた言葉が並ぶ部分を書いたところだけがなくなっている
おかしい・・鞄の中を探すが見つからない
そうださっき見ていた時にほかの用紙に紛れたのかと
いっしょに鞄に入っていた他のA4の分厚い封筒を片端から明けるのだが
探している手紙のその部分は見つからない

僕はついに泣き出してしまった
すると、その専門家の方の娘さんたちまでもが
いろいろ探してくれたり、手紙の文章を考えてくれたりする
けれど、どうもうまく行かない
その間になぜか、傍にいた妹のスマホが鳴り
ずっと鳴っているので「早く出ろよ」と促すと
相手はこのところ世話になっている禅宗の僧侶だったようだ
内容は法事にあの方がこられるので迎えに行ってくださらないかというものだ
「それは、先生、ご自身でお迎えに行ってあげてください」
妹は明るく上手に断り、また手紙を探すのを手伝ってくれる

やがて、ほかの人に迷惑をかけるようなことはやめようと思う
そうして僕は妙にすっきりとした気持ちで
君への手紙を出すことを諦める
諦めたところで「もうこれで生涯君に会えることはないのだな」と
達観して街中を歩く
夢の中では夕空だ。

そこで目が覚めた
時刻は午後になっていた

誰かに書いた手紙をその人に出す前にほかの誰かに見てもらうとか
周囲に関係のない人がいる場所で声を出して手紙を呼んだりとか
全く関係のない事柄が出てきたりとか
夢とは面白いものだと思う

だがこの夢で僕が目覚めた時に驚いたのは
最後のところで、僕自身が君に生涯会えないと達観してしまうところだ
今の僕は全くそのような達観には至っていないはずなのに
夢の中のぼくが達観しているのは
夢の中のその時の風景が秋の夕空の下
爽やかな風が吹く野原のようなところだったにしても
・・寂しい・・

人生、残すところはたぶん、三分の一もないと思う
その中でもはや君に会うこともないのかと夢に知らされたような気になる
今日の外は12月らしい寒さではあるものの
明るく陽が注ぎ、蒼く綺麗な空が見えるが
夢の中で達観していた僕とは異なり
自分の老い先僅かの命の中で
その中でなおちゃん、君に会えないということが悲しみとして心の奥に溜まる

そうか、そうなのか・・・・
もう会えないのか…
今、パソコンを開けたら
若いころからテレビなどで親しんできた同世代の俳優が亡くなったと
ニューストップに表示される

僕も持病がいくつもある
本当にもう、君に会うことはないのだろうか
空を見て立ちすくむしかない

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