海辺で男女が座っている。
初夏の風がかすかに吹く薄曇の日である。
遠くに島が見える。
海は凪いでいる。
男女の視線の先の波打ち際では、彼らの子どもが二人、波と戯れている。
恵子「お天気でよかった・・」
陽平「ほんまやな・・」
屈託なく遠くを見る恵子とカップ酒を手に空を見上げる陽平。
恵子「子どもらにも、後で話をせなあかんわね・・」
陽平「せなあかん・・か・・」
陽平は溜息をつきながら、子供達を見た。
未練が嵐のように襲ってた。
恵子「永いこと、世話になったわね・・ほんまに色々あったし・・」
陽平「世話になったか・・ほんまにそない思うのやったら・・」
恵子「思うのやったら?」
陽平「別れてくれって、いわへんやろ・・」
恵子「何べんも説明したやない・・あたし、疲れたんや・・」
陽平「そやけど・・疲れることもあるやろけど、反対に楽しいこともあったやろ・・」
少し未練を残してか、陽平は悔しそうに言う。
恵子「あらへんわ・・なんも・・あらへんわ・・」
陽平「俺かて、おまえや子どもらを喜ばそう・・そない思て、必死やったんや・・」
恵子「あんたの必死は、勝手の必死やわ・・」
陽平「勝手の必死って、どういうこっちゃ・・」
恵子「そういうこっちゃ・・」
陽平「俺は未だに意味がわからへん」
恵子「意味?」
陽平「なんで、おまえが別れる気持ちになるんかが・・」
恵子「何べんも言うたやん・・」
陽平「どれもこれも、無理に付け足したような理屈や」
恵子「そんなこと、あらへん・・あたしがずっと思ってたこと・・」
陽平は、また大きく溜息をつく。
波打ち際では彼らの子どもが相変わらずはしゃいでいる。
姉の翔子が、弟の幸平に、水をかけたらしい・・
二人が走りまわって追いかけっこのようなことになっている。
恵子「大きくなったわね・・」
陽平「もう・・中学生や・・色気も出てきた・・」
恵子「そうかな・・あたしにはまだ・・」
陽平「翔子が生まれた時は大変やったなあ・・」
恵子「うん・・」
陽平「お腹の中にいたい・・そんな子やったな・・いつまでも出てこんで・・」
恵子「そや・・あたしのお腹を切った子やな・・」
陽平「生まれてきた時は、声も上げへんかったんやな・・死んでたかと思った」
恵子「すぐに嗄れ声で泣いたらしいけど・・」
頷きながら、陽平はカップ酒をあおる。
彼の目からは涙が溢れ出してくる。
恵子「泣いてるのん?」
陽平「ああ・・そんなやつが・・いまや中学生・・」
恵子「子供って・・ホンマにすぐに大きくなるような気がするわ・・」
陽平「俺は・・俺は・・ほんまにあいつらと離れなあかんのか?」
陽平は泣きながら、唸るように言う。
陽平「俺が、何をしたんや・・」
声を上げて、泣く。
大の男が泣く。
恵子「あんたが、家族を省みない・・それやったら、あたし一人の方が楽や・・」
陽平は泣いたまま、首をふる。
幸平が二人のところへやってくる。
幸平「お父さん・・どないしたん?」
恵子「なんでもあらへんの・・あっちで遊んどき・・」
幸平「お父さん・・泣いてるのん?」
恵子「ええから、お姉ちゃんとこへ行っとき・・」
不審気に立ち去る幸平、向こうで翔子が呼んでいる。
恵子「翔子は・・分かってるみたいやね・・近寄ろうともしないわ」
陽平「そらそうやろ・・」
恵子「別れても、子供らには会えるようにしておくわね・・」
陽平「なんで、おまえは、そこまでクールになれるのや?」
恵子「あんたが、ずっとクールやったやないの・・家族には」
陽平「そうか・・俺は必死やっただけや・・」
恵子「永いこと、盆も正月も必死やったの?お酒呑んで帰ることが必死やの?」
陽平「俺も、反省はしとるんや・・」
恵子「何回、その言葉聞いたか・・」
陽平「考え直してくれ・・頼むさかい・・」
恵子「もう、何回も考え直してあげたやないの・・もうあかんねん・・」
陽平「なんでや・・なんでや・・」
陽平は砂浜に跪き、土下座をしていた。
恵子は知らぬふうを装い、空を見上げていた。
そこへ夫婦の子供、翔子と幸平が駆け寄ってくる。
「おかあさん!お父さんをいじめちゃダメ!」
翔子が叫ぶ。
「本当だ・・お父さん可哀想!」
幸平も叫ぶ。
恵子「あのね・・聞いて頂戴・・」
翔子「嫌・・聞かない・・」
幸平「聞きたくない」
恵子「いい子だから・・」
翔子「子供じゃないもん・・」
幸平「僕も子供じゃない・・」
恵子「何言ってるの・・まだ中学生と小学生・・立派な子供よ」
幸平「立派な子供というのがおかしい・・」
翔子「お母さん!変!何考えてるの?」
恵子「だから・・あたしは・・あなた方のためを思って・・」
翔子「なんで?」
恵子「あなた方に素敵な大人になってもらいたいから・・」
翔子「素敵な大人って・・何?」
幸平「きっと・・大人の言いなりになる大人だぜ!」
恵子「幸平!あんたまで何を言っているの!」
幸平「お母さんの考えてるようなことは、とっくに分かってるよ!」
恵子「誤解しないで・・」
翔子「誤解って何よ・・あたし達からお父さんを取るってこと?」
恵子「違うの・・そうやないの・・」
幸平「違うもんか!僕はお姉ちゃんから全部聞いてるんや!」
恵子「ちょっと待ってよ・・」
翔子「まったら、お父さんがいなくなるかもしれない!」
幸平「いやだ!」
恵子「あんたたちね!・・」
そのとき、恵子の前で黙っていた陽平が立ち上がった。
「うるさい!」
大声で叫んだ。
驚く恵子、翔子、幸平。
陽平「お父さんは絶対に別れることはないから!あっちへ行ってなさい!」
宣言し、威圧されたのか子供二人は夫婦から離れて、また波打ち際に行く。
呆然とする恵子。
陽平「どないした・・」
恵子「なんなの・・あの子達・・」
陽平「当たり前さやろ・・ああなるのは・・」
恵子「あたしが必死で頑張って、育ててきたのに・・」
陽平「俺も、少しはかかわってきたように思う・・」
恵子「そうかしら・・」
恵子の目に涙がたまっている。
陽平「風呂にも入れてたし、勉強も良く見てやったし・・」
恵子「そんなの・・ほんの少しじゃない・・」
陽平「少しの時間やったのは・・その通りや・・そやけど、子供なりにその少しを、大切に思ってくれたんと違うか・・」
恵子「母親の努力を無視して・・」
恵子が泣き始めた。
陽平は飲んでしまったカップ酒のビンをもてあそんでいる。
陽平「もしも・・子供たちが俺を選んだらどうするんや・・」
恵子「あんたを?」
陽平「そう・・」
恵子「そんなこと・・あるはずないわ・・」
陽平「言い切れるか?」
恵子「言い切れる」
陽平「じゃあ・・子供たちに聞いてみようか・・」
恵子「ええよ・・聞いてみても・・」
陽平「じゃあ、あいつらを呼ぼう・・」
恵子「・・・」
陽平「呼んでもええのやな・・」
恵子「それで、子供たちがあたしを選んだら・・」
陽平「あきらめる・・」
恵子「ホントに・・?」
陽平「仕方がないやろ」
恵子「・・・」
陽平「俺を選んだら・・」
恵子「そんなはずはないわよ・・」
陽平「分からんぞ・・」
恵子「あんたは子供だけは愛してたんやね・・」
陽平「ちがう・・」
恵子「そうよ・・」
陽平「俺はおまえを愛している。だから待ってくれといってるんや・・」
恵子「よく言うわね・・」
陽平「ホントや・・おまえの方こそ、俺を愛せなかったんやろ・・」
恵子「そんなことないわ・・」
陽平「他にオトコが出来たんやろ・・」
恵子「何言ってるの・・!あんたが家庭をほったらかしにするからじゃないの・・」
陽平「オトコが、いるのか・・」
恵子「何言ってるの?馬鹿と違う?」
陽平「やっぱりそうなんやな・・おまえは何時までもきれいやもんな・・」
恵子「なんでよー!そんなこというの?」
陽平「それしか考えられへんやないか・・」
恵子「この、単純!単細胞!」
陽平「意味がわからへんな・・」
恵子「あんたがきちんと愛してくれへんからや!」
陽平「・・・」
黙ってしまった二人・・風が少し強くなってきた。
波の音、はしゃぐ子供たちの声・・
恵子「寒くなってきたね・・」
俯いたままの恵子を見つめる陽平。
陽平「俺、別れとうないねん!」
恵子「・・・」
陽平「おまえが好きなんや・・」
恵子の肩に手をおき、彼は自分の方に引き寄せる。
素直に応じる恵子。
抱きしめ合い、口づけを交わす二人。
長い口づけのあと、二人は見詰め合っている。
陽平「久しぶりやな・・」
頷く恵子。
子供たちが様子を察して駆け寄ってくる
翔子「わ!どうしたの!お父さん、母さん・・」
幸平「わお!愛が復活や!」
照れて、頬を染める二人・・
冷やかす子供たち・・
そろそろ夕方の日差しになってきた海岸。
初夏の風がかすかに吹く薄曇の日である。
遠くに島が見える。
海は凪いでいる。
男女の視線の先の波打ち際では、彼らの子どもが二人、波と戯れている。
恵子「お天気でよかった・・」
陽平「ほんまやな・・」
屈託なく遠くを見る恵子とカップ酒を手に空を見上げる陽平。
恵子「子どもらにも、後で話をせなあかんわね・・」
陽平「せなあかん・・か・・」
陽平は溜息をつきながら、子供達を見た。
未練が嵐のように襲ってた。
恵子「永いこと、世話になったわね・・ほんまに色々あったし・・」
陽平「世話になったか・・ほんまにそない思うのやったら・・」
恵子「思うのやったら?」
陽平「別れてくれって、いわへんやろ・・」
恵子「何べんも説明したやない・・あたし、疲れたんや・・」
陽平「そやけど・・疲れることもあるやろけど、反対に楽しいこともあったやろ・・」
少し未練を残してか、陽平は悔しそうに言う。
恵子「あらへんわ・・なんも・・あらへんわ・・」
陽平「俺かて、おまえや子どもらを喜ばそう・・そない思て、必死やったんや・・」
恵子「あんたの必死は、勝手の必死やわ・・」
陽平「勝手の必死って、どういうこっちゃ・・」
恵子「そういうこっちゃ・・」
陽平「俺は未だに意味がわからへん」
恵子「意味?」
陽平「なんで、おまえが別れる気持ちになるんかが・・」
恵子「何べんも言うたやん・・」
陽平「どれもこれも、無理に付け足したような理屈や」
恵子「そんなこと、あらへん・・あたしがずっと思ってたこと・・」
陽平は、また大きく溜息をつく。
波打ち際では彼らの子どもが相変わらずはしゃいでいる。
姉の翔子が、弟の幸平に、水をかけたらしい・・
二人が走りまわって追いかけっこのようなことになっている。
恵子「大きくなったわね・・」
陽平「もう・・中学生や・・色気も出てきた・・」
恵子「そうかな・・あたしにはまだ・・」
陽平「翔子が生まれた時は大変やったなあ・・」
恵子「うん・・」
陽平「お腹の中にいたい・・そんな子やったな・・いつまでも出てこんで・・」
恵子「そや・・あたしのお腹を切った子やな・・」
陽平「生まれてきた時は、声も上げへんかったんやな・・死んでたかと思った」
恵子「すぐに嗄れ声で泣いたらしいけど・・」
頷きながら、陽平はカップ酒をあおる。
彼の目からは涙が溢れ出してくる。
恵子「泣いてるのん?」
陽平「ああ・・そんなやつが・・いまや中学生・・」
恵子「子供って・・ホンマにすぐに大きくなるような気がするわ・・」
陽平「俺は・・俺は・・ほんまにあいつらと離れなあかんのか?」
陽平は泣きながら、唸るように言う。
陽平「俺が、何をしたんや・・」
声を上げて、泣く。
大の男が泣く。
恵子「あんたが、家族を省みない・・それやったら、あたし一人の方が楽や・・」
陽平は泣いたまま、首をふる。
幸平が二人のところへやってくる。
幸平「お父さん・・どないしたん?」
恵子「なんでもあらへんの・・あっちで遊んどき・・」
幸平「お父さん・・泣いてるのん?」
恵子「ええから、お姉ちゃんとこへ行っとき・・」
不審気に立ち去る幸平、向こうで翔子が呼んでいる。
恵子「翔子は・・分かってるみたいやね・・近寄ろうともしないわ」
陽平「そらそうやろ・・」
恵子「別れても、子供らには会えるようにしておくわね・・」
陽平「なんで、おまえは、そこまでクールになれるのや?」
恵子「あんたが、ずっとクールやったやないの・・家族には」
陽平「そうか・・俺は必死やっただけや・・」
恵子「永いこと、盆も正月も必死やったの?お酒呑んで帰ることが必死やの?」
陽平「俺も、反省はしとるんや・・」
恵子「何回、その言葉聞いたか・・」
陽平「考え直してくれ・・頼むさかい・・」
恵子「もう、何回も考え直してあげたやないの・・もうあかんねん・・」
陽平「なんでや・・なんでや・・」
陽平は砂浜に跪き、土下座をしていた。
恵子は知らぬふうを装い、空を見上げていた。
そこへ夫婦の子供、翔子と幸平が駆け寄ってくる。
「おかあさん!お父さんをいじめちゃダメ!」
翔子が叫ぶ。
「本当だ・・お父さん可哀想!」
幸平も叫ぶ。
恵子「あのね・・聞いて頂戴・・」
翔子「嫌・・聞かない・・」
幸平「聞きたくない」
恵子「いい子だから・・」
翔子「子供じゃないもん・・」
幸平「僕も子供じゃない・・」
恵子「何言ってるの・・まだ中学生と小学生・・立派な子供よ」
幸平「立派な子供というのがおかしい・・」
翔子「お母さん!変!何考えてるの?」
恵子「だから・・あたしは・・あなた方のためを思って・・」
翔子「なんで?」
恵子「あなた方に素敵な大人になってもらいたいから・・」
翔子「素敵な大人って・・何?」
幸平「きっと・・大人の言いなりになる大人だぜ!」
恵子「幸平!あんたまで何を言っているの!」
幸平「お母さんの考えてるようなことは、とっくに分かってるよ!」
恵子「誤解しないで・・」
翔子「誤解って何よ・・あたし達からお父さんを取るってこと?」
恵子「違うの・・そうやないの・・」
幸平「違うもんか!僕はお姉ちゃんから全部聞いてるんや!」
恵子「ちょっと待ってよ・・」
翔子「まったら、お父さんがいなくなるかもしれない!」
幸平「いやだ!」
恵子「あんたたちね!・・」
そのとき、恵子の前で黙っていた陽平が立ち上がった。
「うるさい!」
大声で叫んだ。
驚く恵子、翔子、幸平。
陽平「お父さんは絶対に別れることはないから!あっちへ行ってなさい!」
宣言し、威圧されたのか子供二人は夫婦から離れて、また波打ち際に行く。
呆然とする恵子。
陽平「どないした・・」
恵子「なんなの・・あの子達・・」
陽平「当たり前さやろ・・ああなるのは・・」
恵子「あたしが必死で頑張って、育ててきたのに・・」
陽平「俺も、少しはかかわってきたように思う・・」
恵子「そうかしら・・」
恵子の目に涙がたまっている。
陽平「風呂にも入れてたし、勉強も良く見てやったし・・」
恵子「そんなの・・ほんの少しじゃない・・」
陽平「少しの時間やったのは・・その通りや・・そやけど、子供なりにその少しを、大切に思ってくれたんと違うか・・」
恵子「母親の努力を無視して・・」
恵子が泣き始めた。
陽平は飲んでしまったカップ酒のビンをもてあそんでいる。
陽平「もしも・・子供たちが俺を選んだらどうするんや・・」
恵子「あんたを?」
陽平「そう・・」
恵子「そんなこと・・あるはずないわ・・」
陽平「言い切れるか?」
恵子「言い切れる」
陽平「じゃあ・・子供たちに聞いてみようか・・」
恵子「ええよ・・聞いてみても・・」
陽平「じゃあ、あいつらを呼ぼう・・」
恵子「・・・」
陽平「呼んでもええのやな・・」
恵子「それで、子供たちがあたしを選んだら・・」
陽平「あきらめる・・」
恵子「ホントに・・?」
陽平「仕方がないやろ」
恵子「・・・」
陽平「俺を選んだら・・」
恵子「そんなはずはないわよ・・」
陽平「分からんぞ・・」
恵子「あんたは子供だけは愛してたんやね・・」
陽平「ちがう・・」
恵子「そうよ・・」
陽平「俺はおまえを愛している。だから待ってくれといってるんや・・」
恵子「よく言うわね・・」
陽平「ホントや・・おまえの方こそ、俺を愛せなかったんやろ・・」
恵子「そんなことないわ・・」
陽平「他にオトコが出来たんやろ・・」
恵子「何言ってるの・・!あんたが家庭をほったらかしにするからじゃないの・・」
陽平「オトコが、いるのか・・」
恵子「何言ってるの?馬鹿と違う?」
陽平「やっぱりそうなんやな・・おまえは何時までもきれいやもんな・・」
恵子「なんでよー!そんなこというの?」
陽平「それしか考えられへんやないか・・」
恵子「この、単純!単細胞!」
陽平「意味がわからへんな・・」
恵子「あんたがきちんと愛してくれへんからや!」
陽平「・・・」
黙ってしまった二人・・風が少し強くなってきた。
波の音、はしゃぐ子供たちの声・・
恵子「寒くなってきたね・・」
俯いたままの恵子を見つめる陽平。
陽平「俺、別れとうないねん!」
恵子「・・・」
陽平「おまえが好きなんや・・」
恵子の肩に手をおき、彼は自分の方に引き寄せる。
素直に応じる恵子。
抱きしめ合い、口づけを交わす二人。
長い口づけのあと、二人は見詰め合っている。
陽平「久しぶりやな・・」
頷く恵子。
子供たちが様子を察して駆け寄ってくる
翔子「わ!どうしたの!お父さん、母さん・・」
幸平「わお!愛が復活や!」
照れて、頬を染める二人・・
冷やかす子供たち・・
そろそろ夕方の日差しになってきた海岸。